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122 届かぬ力

「気抜かないでよ、レオ。アンタが乱れたら、アリスが死ぬよ」

「言われなくてもわかってるよ、アリア。お前こそ、へたんじゃねぇぞ」


 レオとアリアが力を合わせ、とても分厚い炎の壁を作り出している。

 幾重にも合わさった炎が、ジャバウォックから放たれる黒い波動をなんとか押さえていて、私と氷室さんはそれに守られていた。


 けれど未だに衝撃が続く攻撃は、徐々に炎の壁を削っていく。

 アリアの繊細なコントロールによって、その壁は複数の魔法が組み合わさってできているようで、ジャバウォックの攻撃を受けても一気に崩されることはない。

 それでも、一瞬一瞬と炎は分解されていって、二人は歯を食いしばっていた。


「レオ、アリア! そのままじゃ二人が……!」

「いいから、お前は伏せてろ! あんまり広くは防げねぇ……!」


 大きく轟く黒の波動は、その破壊をなんとか防げても、鈍い衝撃が受けての二人まで届いていた。

 直接的な攻撃は押さえられても、ジリジリとダメージが二人に与えられ、また急激な魔力消費に疲労もまた蓄積していっている。

 今この時攻撃を防げていても、このままだと二人が倒れてしまう。


「いいから、ここは私たちに任せて。今下手に飛び出したらひとたまりもないから。アリスは、今のうちに力を蓄えて」

「でも……!」


 周囲を蹂躙する轟音に包まれながら、アリアは苦しさを誤魔化す笑顔を向けてきた。

 少しでも気を抜けば押し切られそうな攻撃を前に、全神経を集中させている二人。

 それでも少しずつ黒い波動が食い込んできて、二人をジリジリと蝕む。


「いいの。私たちは、大丈夫だから。ここで、あなたを守るのが、私たちの役割なんだよ……!」

「俺たちは、結局お前に何もしてやれなかった。お前を振り回して傷付けるだけで、守ってやれなかった。だからよ、こんな時くらい、お前のために体を張らせてくれ!」

「そんな、勝手なこと……言わないでよ……!」


 周囲に流れる黒を辛うじて切り開く、二人の炎。

 私はその背中に守られながら、納得いかないと叫んだ。


「そんな理由で、私はあなたたちが傷付くところを見過ごせない。どんなに喧嘩したって、どんなにすれ違ったって、私たちは親友なんだから! そんなこと、償わなくていいんだよ!」


 確かに、二人とのすれ違いで負った傷はある。

 けれどそれは、決して二人が背負うべき業じゃない。

 そんな格好つけたこと、絶対にさせられない。


 荒れ狂う力がすぐそばを駆け巡る中、私は『真理の(つるぎ)』を構え直した。


「私は絶対、二人を諦めない。犠牲になんて、させない! もしこれしか切り抜ける方法がないんなら、私が新しい選択肢を切り開いてやる!!!」


 二人が展開する炎の壁が、残り僅かとなって黒が迫る。

 もうそこまで迫った破滅に向かって、私は大きく剣を振り上げた。


 レオとアリアはそんな私を止めようと口を開いて、けれど声は出なかった。

 魔法に力を込め続けたせいか顔は青白く、攻撃をずっと受け止めていた影響で膝は笑っている。

 震える二人の瞳が、さっきの言葉とは裏腹に、私に縋るように向けられた。


 そして私は、二人と入れ替わるように前へと乗り出し、『真理の(つるぎ)』を振るった。

 今にも瓦解しそうだった炎の壁ごと叩き斬って、周囲に破壊の限りを尽くす黒の波動に白い斬撃を食い込ませる。

 剣から放たれた極光は、視界を埋めつくほどに広く鋭く輝いて、剣撃に沿って真っ直ぐに突き進んだ。


 白い輝きが闇を喰らい、暴れ回っていた波動が全て掻き消える。

 それでも尚、私が放った斬撃は突き進み、黒が晴れた先の空にいたジャバウォックへと伸びた。

 大きな力を振りまいていたジャバウォックは、咄嗟に身を捻ったけれど、避けきれず片翼に極光が掠めた。


『ッッッ────────────!!!』


 ジャバウォックは大きくビクンと体を跳ねさせると、そのままドスンと地面まで落っこちた。

 攻撃は直撃させられなかったし、ダメージは大して与えられたいなと思うけれど。

 でもジャバウォックは、少しでも攻撃が当たったことに怒っているように見えた。


「氷室さん、援護お願い!」


 ジャバウォックからの攻撃が止んだことで、レオとアリアはその場にぐったりと膝をついた。

 防御にありったけの力を費やし、それでも尚響くダメージを請け負ってくれた二人は、もうあまり動けないようだ。

 なんて無茶をと思うけれど、でもそうして守ってもらわなければ、私はやられていたかもしれない。


 今度は私が守る番だと、私は氷室さんを伴って飛び出した。

 私が先行してジャバウォックに向けて走り出し、後へと続く氷室さんがジャバウォックの周囲に凍結を放つ。

 それがすぐさま崩壊させられる瞬間に、私は出力を抑えた斬撃の波動を、いくつにも分けて乱発した。


 ジャバウォックは集中的に私の攻撃を回避しようと、大きい動きでゴロゴロと動き回る。

 魔法を振り払うことにはもはや気を留めていない様子で、私のことばかりをギョロ目が凝視している。

 それでも入り乱れるように放った斬撃は、少しずつだけれどその体に刃を立てた。


 そうやって私が接近していくと、ジャバウォックはそれを拒むように再び周囲の空間を掻き回しだした。

 近寄れない時空の乱れを私たちは逆に利用して、手を取り合ってその奔流の中に身を投げる。

 本来ならそのまま空間ごと引き裂かれてしまうだろうけれど、私は持てる魔力を全力投入して空間の流れを読み取り、間を縫って進んだ。


 私たちを掻き乱すはずのそれは、逆に私たちの隠れ蓑になった。

 ジャバウォックですら予期できない乱流の中を流れ、私たちは撹乱するように更に距離を縮める。

 そして、ジャバウォックの目の前まで来たところで、一気に時空の歪みから飛び出した。


 ジャバウォックの頭はガラ空きだ。

 唐突に飛び出した私たちに、ジャバウォックは全く反応できていない。

 氷室さんが私たちごとジャバウォックを包むように氷を張って、時空の乱れによる暴風や、余計なものの阻害を防いでくれる。

 そして同時にその六本の脚と、翼、尻尾を凍結させて、完全にその場に張り付けた。

 阻むものは何一つなく、ジャバウォックもまた身動きが取れない、剣はすぐにでも届く瞬きの時。


「世界をこれ以上、壊すな────!!!」


 全身全霊の力を込め、全ての想いを糧にして、『真理の(つるぎ)』に魔力を集結させる。

 もはや剣の形がわからないほどに、漲った力は鮮烈な輝きを放って膨れあがる。

 その特大の光の剣を、私は雄叫びとともにジャバウォックの脳天に叩きつけた。


 剣に込めた力が一気に弾け、白い衝撃が爆発する。

 それに反するように、ジャバウォックからも黒い力の波動が広がって、白と黒が共鳴した。

 全てを混濁に沈める混沌の力。全てに答えを示す真理の力。

 相反する力がぶつかり合って、世界を割るような衝撃が広がって。そして────


「…………え?」


 パキン、と軽い音がして、『真理の(つるぎ)』が折れた。


 純白の刀身が、中腹辺りでぱっくりと割れて。輝きが消え、私の腕は(くう)に振われて。

 何が何だかわからず、私はその場で、ジャバウォックの目の前で、呆然と固まってしまった。


「アリスちゃん!!!」


 張り裂けそうな声で氷室さんが叫んだのが聞こえた瞬間、とても鈍い衝撃が全身を震わせた。

 それが、ジャバウォックの尾が私に叩きつけられたのだと気が付いた時には、私は吹き飛ばされ、地面に倒れ伏していた。


「どう、いう……」


 身体中に響く重い痛みと、心を掻きむしられたような気持ち悪さに苛まれて、頭が働かない。

 朦朧とする意識の中、地に這いながら手元に目を向ける。

 そこにあるのは、刀身が折れ、どこか霞んだ白い剣。

『真理の(つるぎ)』が、ジャバウォックに対する唯一の対抗手段が、打ち砕かれていた。


「アリスちゃん! 逃げて、アリスちゃん!!!」


 氷室さんが必死の形相でこちらに駆けてくるのが、辛うじて見えた。

 その呼びかけに応えようとしても、体がまるでいうことを聞かない。

 物理的なダメージもあるだろうけれど、ジャバウォックの攻撃を直に受けたから、頭と心にごちゃごちゃと黒いものが蔓延っている。


 これが混沌の因子なのか、私の心にぐちゃぐちゃと気持ち悪い闇が覆い被さってくるのがわかる。

 心が影らされ、精神が掻き乱れ、思考をかき混ぜられて、何が何だかわからなくなる。

 そのせいか、さっきまでの覚悟や意気が全く湧いてこなくて、どうしようもない絶望が心を満たした。


『真理の(つるぎ)』が通用しなかった。

 今まで、私に降り掛かるあらゆる脅威を振り払ってくれた剣が、最悪の絶望に屈した。

 なら、あれに勝てる要素が全くない。私たちじゃ、ジャバウォックには勝てない。

 だって、あれは世界による破滅の意思。触れたもの全てを台無しにする破壊のシステム。

 そんなものに、私たち人間が敵うわけ、ないんだ。


 立ち上がることのできない私に、ジャバウォックが大口を開く。

 逃げなきゃダメなのに、そうしないと死んでしまうのに、どうしても体が動かない。

 立ち上がるための手と足に力が入らず、剣を握り直す気力が漲ってこない。

 戦わなきゃと頭ではわかっているのに、心と体が言うことを聞いてくれなくて。


「アリスちゃんッ────────!!!」


 そして、ジャバウォックがその大きな口から闇を吐き出した。

 全てを混沌に飲み込む邪悪な力の放射が、一直線に私へと放たれる。

 その冷たい力に包まれて、私の意識は深い闇の底に沈んだ。

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