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6 何者なのか

 仕方がないので、私は昨日の出来事を夜子さんに話して聞かせた。

 事態を把握していても、事情まではわかっていないだろうし。

 夜子さんはひたすらうんうんと頷きながら私の話を聞いた。


「『魔女ウィルス』そのものをどうにかして魔女を救う、か。アリスちゃんもなかなか大それたことを掲げるねぇ」

「無謀、でしょうか」

「君がそれを望むのなら無謀かどうかは問題じゃないよ。まぁ可能か不可能かという話をすると、決して可能性がゼロとは言わない」


 夜子さんはテーブルに両膝をついて、顔の前で手を組んで薄く微笑んだ。

 それは完全に他人事として客観視している顔だ。傍観者として私の動向を楽しんでいるみたい。


「『魔女ウィルス』は形式上そう形容しているだけであって、いわゆる病原菌とは存在自体が違うからね。それ事態を根絶する術も、探せばあるかもね」

「どういう意味ですか?」

「『魔女ウィルス』は概念に近い。実際の病原菌は人間に知覚できないだけで実態があるだろう? けれど恐らく『魔女ウィルス』にはそれがない。ウィルスというのは単に感染するところからその名が付けられただけで、魔女になるという結果も病というよりは現象だ」


 急に小難しい話になって若干ついていけなくなる。

 氷室さんを見てみても特にリアクションはなかった。わかってないの私だけなのかな。


「つまり非科学的ってわけだよ。超常現象という言い方をしてもいい。通常パンデミックを収めるのは至難の技だけれど、『魔女ウィルス』は普通のウィルスと違うのだから、何かやりようがあるかもねってことだよ」


 いまいちピンとはこなかったけれど、可能性がゼロではないというのなら希望を持ってもいいのかもしれない。

 自分を含めた魔女がその死の恐怖に囚われることなく、そして魔女狩りに狙われなくても済む。そんな未来を少しは夢見てもいいのかもしれない。


「それにしても、魔法が使えないなりによく魔女狩りの襲撃を退けたものだよね。正直アリスちゃんがまたお姫様の力を引き出せるとは思っていなかったよ」

「私もあの時は無我夢中で。今はもう何の名残もないんです。あの剣を出すこともできなければ力も使えない。また逆戻りです」


 力を使った感覚を覚えているうちにと思って少し試してみたんだけれど、魔法はもちろん何にもできなかった。

 今までと何も変わらないへっぽこ具合だった。


「それは仕方がないよ。今のアリスちゃん自体はお姫様ではないんだからね。一瞬でも一部でも、使えただけ儲けものさ」

「でも、せめて普通に魔法くらい使えるようになりたいですよ。これじゃ魔女になったのかどうかさえ疑わしいですよ」

「もしかしたら実は魔女になってなかったりしてね」

「でも私のこと魔女って言ったの夜子さんですよ? それに魔法使いも、私が魔女になったからって襲ってきたわけですし」


 そう。はじめ私を連れ戻しにきていた魔法使いは、今や私の命を狙っている。

 昨日はなんとかD7を追い返したけれど、これからだって新たな刺客が来るはずなんだ。

 へっぽこのままでいるわけにもいかない。


「それには私も驚いたよ。魔法使いがお姫様をそんな簡単に放棄するなんてね。『まほうつかいの国』において生ける伝説の英雄と言えるお姫様。その絶大なる力を持つお姫様。魔女になったくらいで切り捨てるとは思えないんだけどなぁ」

「そもそも私、未だに『お姫様』が何なのかわからないんですよ。ワルプルギスの魔女は、私のことを魔女の姫だって言ってましたし」

「アンタ、自分のこと何にも知らないのね」


 そこで千鳥ちゃんが口を挟んできた。

 頬杖をついた体勢で私をぶすっと横目で見る。


「こらこら千鳥ちゃん。意地悪はダメだよ。アリスちゃんは好きで知らないわけじゃないんだからね」

「でもさぁ夜子さん。アリスはアリス。確固たる自分があって帰る場所があって居場所がある。なのにそれを自分自身がわかってないなんて、私はなんだか気にくわない」


 ブスッと私を睨む千鳥ちゃん。恨みがましく、というほどでもないけれど、その瞳には僅かな嫌悪があった。


「ごめんね千鳥ちゃん。私────」

「アリスちゃんが謝ることじゃない。悪いのはこの子だ」


 私の謝罪を遮って、夜子さんは容赦のないチョップを千鳥ちゃんの脳天に叩き込んだ。

 ふぎゃっと潰れた悲鳴をあげて千鳥ちゃんは頭を押さえる。


「ちょっと何すんのよ!」

「悪い子にはお仕置きが必要だからね」


 今の学校教育ではPTAが卒倒してしまいそうな暴論を、夜子さんは平然と言った。

 けれど千鳥ちゃん自身も少し反省をしているのか、そのことについては特に反論はしなかった。


「ごめんねアリスちゃん。千鳥ちゃんにも色々あってね。アイデンティティに関してはナーバスなんだよ」

「ちょっと、いらんこと言ーうーな!」

「君がいらんこと言わなければ、私もいらんことを言う必要はなかったんだよ千鳥ちゃん。それとも何かな? 君は私に千鳥ちゃんなんていらんって言われたいのかな?」

「うぅ……」


 緩やかな笑みを浮かべながらもその言葉にはしっかりと棘があって、千鳥ちゃんは渋々引き下がった。

 別に私はそこまで気にしていないんだけれど、夜子さんの千鳥ちゃんへの当たりは強いからなぁ。

 しょんぼりと私にごめんと言ってきたのがなんだか可哀想で頭を撫でてあげると、千鳥ちゃんは困ったように微笑んだ。

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