111 戦いの後
「アリスちゃん、無事かい!?」
少しして、レイくんがすごい勢いで玉座の間に飛び込んできた。
僅かに遅れてロード・スクルドも続いてやって来て、二人ともとてもボロボロだった。
けれどそんなことなど顧みず、レイくんは一直線に私の元に飛び込んできた。
「よかった、大きな怪我はしてないみたいだね」
「うん、みんなが付いていてくれたから、私は大丈夫。レイくんの方こそ大丈夫? 私なんかよりもずっと……」
「僕のことなんていいのさ。君が無事なら、それに勝ることはない」
今にも私に抱き着きそうな勢いのレイくんは、そう言って爽やかに笑った。
多分、私が氷室さんを抱いてなければ、一瞬の迷いもなく抱きしめてきたんだろう。
今だって、氷室さんを振り払ってもおかしくないくらい、レイくんはとてもハラハラした様子だった。
でも何より私の無事を喜んでくれているようで、見かけのダメージを思わせないテンションだ。
ニコニコと本当に嬉しそうに笑って、私に寄り添ってくる。
「ご無事で何よりです、姫殿下。どうやらクリアを止め、ジャバウォックを阻止できたようですね」
「はい、お陰様で。あなたも無事でよかったです。ロード・ケインは?」
「命まではとっていません。今は完全に拘束していますので、いくら彼でもこれ以上何かをしでかすことはないでしょう」
「そうですか……本当に、ありがとうございます」
私の側に跪いたロード・スクルドもまた、その疲労やダメージを感じさせない、とてもキリリした様子だ。
一度は大きく敵対した関係だけれど、彼が私に協力してくれたからこそ今があると言える。
ロード・スクルドには感謝してもしきれない。
「氷室さんもちゃんと助け出せました。クリアちゃんに囚われていたみたいですけど、酷いことはされてないみたいです」
「それはよかった。さすが姫殿下、あなた様はやはり、この国を救う力を持つ偉大な英雄ですね」
「そんな立派なものじゃありません。どうにもならなかったことも沢山あるし、私一人じゃとても……。私は、弱いです」
「そんな、自信をお持ちください。力や立場、確執など思う所はおありかと思いますが、確かにあなたは多くをお救いになったのです。それに少なくとも、我が妹にとっては、あなたは紛れもなく救いの徒かと」
大きく首を振って、ロード・スクルドは微笑んだ。
私には大袈裟に思えてしまうけれど、でも彼はそれを偽りのない言葉で言っている。
私の方が助けられてばかりだとも思うけれど。でも、そう思ってくれる人がいるということは、嬉しかった。
そうやって私に侍るように控えるロード・スクルドに、お母さんが口を開いた。
「ケインくんを捕らえたってことは、この城の実権も取り戻せたのかしら」
「はい。ここへ来る道中、拘束されていた者たちを解放しました。王族特務の歴々が、事態の収集に動き出しています」
「そう。なら国中のゴタゴタも片付くわね。魔女と魔法使いの争いだけでも目が当てられないのに、魔法使い同士でも争ってたんじゃもうしっちゃかめっちゃかだし」
ロード・スクルドの報告を受けて、お母さんはホッと息を吐く。
そうやってスムーズにやり取りをしている様子を見ると、お母さんはやっぱりロード・ホーリーなんだと、改めて実感させられた。
「だからアリスちゃん、もうひと踏ん張りだ。逆徒の謗りを受けている、君の汚名を注がないと。姫君がこの国を救ったんだと、みんなに知らしめるんだ」
「あ、うん。そうだね。いつまでも悪者扱いじゃ、気持ち悪いもんね」
そわそわした様子のレイくんに、私は頷いた。
クリアちゃんの悪事を止められても、そもそも国のみんな的には、私が国家転覆を図っていることになっているわけだし。
お城の人たちが事態を収めてくれても、私自身がキチンと自らを主張をしないことには、本当の意味では終わらない。
国民の誤解を解いて、そして魔法使いと和解し、協力できるようにしないと。
そもそもは、魔法使いの人たちとの確執を終わらせようと思っていたんだ。
ロード・デュークスは倒れ、ロード・ケインも拘束した今、あからさまに私を利用しようとしている人たちはいない。
この国のお姫様という立場を明確に示し、人々の信用を取り戻せば、今までのゴタゴタも方をつけることができるはずだ。
「んっ…………」
これからのことについて、みんながあれやこれやと話してある時。
私の腕の中でか細い声を上げ、氷室さんがゆっくりと目を開いた。
綺麗なスカイブルーの瞳が真っ直ぐに私を見上げ、唇が薄く開く。
「……アリス、ちゃん」
「……氷室さん! 気が付いたんだね!」
涼しく静かな声に呼ばれ、私は嬉しくなって思いっきりその体を抱きしめてしまった。
突然のことで驚く氷室さんは、私の胸の中でもぞもぞと少し呻いて。
でもすぐに、ゆったりと私に身を委ねてくれた。
「ごめんね、ごめんね私、何もできなくて。守るって約束したのに……」
「…………大丈夫。私は、大丈夫だから……ありがとう」
細い腕が伸びで、力強く私を抱きしめ返してくれる。
寂しかったのか、怖かったのか、縋り付くように切実に。
そんな彼女の存在がとても愛おしくて、私も更に強く氷室さんを抱きしめた。
いつもいつも一緒にいてくれて、ずっと私を支えてくれた氷室さん。
彼女になにかあったりしたら、私は耐えられない。
でも、守ることができた。沢山不安な思いをさせちゃったけど、でも助けられた。
それが、心の底から嬉しかった。
「もう、もう二度と氷室さんを放さないよ。約束したもんね。私、もう絶対に氷室さんを一人になんてしないから」
「…………ええ」
みんなが見てるけど、そんなことはお構いなしだった。
私が手を放してしまったからこそ、こんなことになってしまったんだから。
もう誰も失いたくはない。氷室さんがいなくなってしまう恐怖を、二度と味わいたくないから。
私は強く強く、もうどうしようもなく強く、氷室さんを抱きしめた。
「────愚か者共め。最後で抜かったな」
クリアちゃんは倒し、ロード・ケインもまた押さえ、あとは混乱する事態を収めるだけ。
それも時間の問題で、みんな完全に落ち着いてしまっていた。
私もまた、氷室さんが無事であることにとっても心が満たされていて、気が抜けていた。
そんな中で、吐き捨てるような声が響いた。
それはとてもか細く、けれど強い意志を孕んだ芯を感じさせる言葉で。
広間の奥、玉座の方から飛んでくるものだった。
全員の視線が、一斉にそちらへと向く。
そこには、ロード・デュークスの姿があった。