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107 花と道化師

「ミス・フラワー? それは一体何者ですか?」


 レイとケインのやり取りに一人ついていけていないスクルドが、当然の疑問を口にする。

『魔女の森』の奥底で、古の時代から咲き続ける花を知る者は決して多くない。


「『始まりの魔女』ドルミーレと深い繋がりのある、不思議な喋る花さ。彼女はその因果を利用されて、ジャバウォック顕現の触媒にされているんだよ」

「はぁ……」


 レイは少し面倒くさそうにしながら、最小限の簡素な説明をする。

 当然それでスクルドが理解できるわけもなく、彼はあやふやな相槌を打つことしかできなかった。


「まぁそこはフィーリングで捉えてよ。とにかく僕は、フラワーちゃんを救いたい。望んでいるのはそれだって話さ」

「……? あなたの言う『フラワーちゃん』とは、その方のことを指していたのですか? 私はてっきり、ロード・ホーリーの愛称かと」

「おいおい、僕そんな紛らわしい言い方したつもりないんだけどなぁ。ロード・ホーリーをそんな可愛らしく呼ぶ度胸は僕にはないよ」


 驚きつつも少し合点がいった様子のスクルドに、ケインはげぇっとうめいた。

 彼の会話の節々に、『フラワーちゃん』という呼び名が出ていたことは、スクルドの記憶にもあった。

 しかしミス・フラワーを知らない彼には、そこを結びつけることなどできるはずもなかった。


「ちゃんと僕の話を聞いてくれてれば、わかったと思うんだけどなぁ」

「正直、あなたの言葉には戯言が多過ぎて、私を含め皆話半ばかと」

「うーわ、傷付くなぁ。年甲斐もなくベソかきそうだ」


 呆れ返るスクルドに、ケインはしゅんと眉を下ろした。

 彼のその言葉は見かけではなく、本心からの傷心が窺える。


「────その辺りの話はどうでもいい。ロード・ケイン、君と彼女の関係を話してもらおうか」


 脱線しかけている流れに、レイがぴしゃりと割り込む。


「魔法使いの君が、どうして『魔女の森』にいた彼女と出会ったのか。君と彼女は、なんなのか。それは見過ごせないことだからね」

「別に大した理由じゃないよ。僕があの森に立ち入れたのは、まだ魔法使いになる前に、彼女と出会ったからさ。僕はこう見えても不真面目な人間だからね、魔法使いの大家に生まれながら、魔法を履修したのは成人する手前くらいだったのさ。彼女と出会ったのは、十六の頃だったかなぁ」


 ギラリと光るレイの視線を受け、ケインはそう素直に口を開いた。

 しかし臆する様子はなく、戦いに敗れ囚われているにも関わらず、とても穏やかな語り口だ。

「見たままですが」というスクルドの呟きにも、細かくリアクションをとっている。


「当主の父親にどやされながらも、僕は若い頃散々遊び歩いてた────だって真理の探究とか、神秘を極めるとか、面倒くさそうだったし────まぁそんな感じでフラフラしてたら、あの森に迷い込んじゃって、そこで彼女と出会った」


 魔法使いとしてあるまじきことを、ケインは何の気無しに言ってのける。

 スクルドは少し不服そうに顔をしかめたが、話の腰を折らないよう唇を結ぶ。


「花が喋るし、何だかとんでもない力を持ってるし驚いたよ。でも何よりとても美しくて、一瞬で心を奪われた。彼女は、魔法が当たり前になったこの国の中でも、他にはない物を持っていたんだ。彼女も僕みたいなやつに会うのは初めてみたいで、興味を持ってくれてね。話が弾んで、僕はよく彼女の元を訪れるようになったんだ」


 普段は軽口ばかりこぼしているケインだったが、今の彼の言葉はとても柔らかで、温かさがあった。

 美しい過去を語るようなその口ぶりに、レイもスクルドも静かに耳を傾ける。


「僕は彼女の朗らかさにすっかり落ちちゃって、彼女との時間が何よりの至福になった。彼女は彼女で、僕が言う冗談や外の話を気に入ってくれて、よく笑ってくれた。そうやって沢山話をする中で彼女は、自分の由来と昔の話を聞かせてくれたんだ」

「ドルミーレとの繋がりや、ジャバウォックのことだね。じゃあ君は、ドルミーレの現状や『魔女ウィルス』の実態なんかを知っていたんだね」

「まぁ、凡そね。ただそれそのものにはあんまり興味がなかったから、だからどうしようとも思わなかったんだけど」


 ケインはとてもあっけらかんと頷く。

 この国の人間なら本来は知るはずのない、二千年前の出来事。

 そして『始まりの魔女』や魔法の実態という、凡そ魔法使いが聞けば卒倒してしまいそうな事実を、ケインはどうでもいいと一蹴した。


「二千年前、フラワーちゃんはジャバウォック顕現のきっかけにならざるを得なく、それによって力尽き、長い間活動を停止していたと聞いた。ドルミーレが消滅しきっていないからこそ彼女もまた存在し続け、活動できるようになったのは割と最近のことだったってね」

「そうだね。彼女は長らく枯れたような状態だった。昔のように話せるようになったのは、確かに三十年前くらいの話だ」

「彼女はいつも笑顔だったけれど、でも苦しんでた。世界を憎み呪いを撒き散らしたドルミーレや、この世界で魔女となっている子たちのことを想ってね。孤独を抱えるドルミーレを憂い、そして苦しみが蔓延しているこの世界を嘆いていた。僕は、そんな彼女を救いたかったのさ」


 ケインは淡々とした口調を変えず、なだらかに言葉を続ける。

 しかし彼の表情は、僅かに憂いを帯びていた。


「ドルミーレと通ずる存在であるが故に、『始まりの魔女』に囚われているフラワーちゃん。いつだって彼女は温かだったけれど、その心は悲鳴をあげているって僕にはわかった。だから僕は、彼女を助けるために魔法使いの道に進むことを決めたんだ。『魔女ウィルス』の問題を解決すれば、いずれその根源たる『始まりの魔女』を打破することができるだろうと踏んでね」

「幼い頃から徹底的に修練を積み、研鑽を重ねることで魔法は冴え渡る。その過程を無視しても尚君主(ロード)に足る力をつけたのですから、あなたは相当の才覚があったのですね……」

「まぁほら、すっごく頑張ったからさ」


 褒めているというよりは恨みがましいようなスクルドの言葉に、ケインは薄く微笑む。

 そこに至るまでにどのような過程があったのかは彼のみぞ知ることだが、元来の素質だけで溝を埋められたわけではないだろう。


「────まぁそういうわけだから、僕は例外的に彼女の結界に引っ掛からなかったんだよ。彼女が僕をどんな風に思っているのかは、終ぞ聞いたことはないけれど。でも、まぁ悪しからず思ってくれてただろうからね。だから僕は魔法使いになった後も彼女の元に通い続けて、そして彼女をその苦しみから解き放つために、ドルミーレを打倒するジャバウォックの礎になることを提案した。彼女は頷いてこそくれなかったけど、でも嫌だとも言わなかった」

「ミス・フラワーはドルミーレに存在的に一番近い。彼女自身はドルミーレの破滅を望まないけれど、でもそうか……ドルミーレの苦しみは彼女が一番わかっているんだね」


 存在を分かち合うミス・フラワーは、その精神性はドルミーレの味方だ。

 ドルミーレの抑止という役割を抱きつつも、彼女と密接な関係にあるミス・フラワーは、彼女を害したいとは願わないだろう。

 しかし存在が近しいからこそ、孤独に喘ぎ世界を憎むドルミーレを見ていられなくなったのだとしたら。

 望まぬ自らの役割を、全うすることを是とするのかもしれない。


「でも、ジャバウォックを知っているなら、それがドルミーレのみならず世界を飲みことを知っていたんだろう? 自らも破滅するようなことを、よくもまぁ君は」

「そりゃ、そうする以外彼女を救う手立てが思いつかなかったからね。惚れた女一人助けるためなら、世界なんて安いもんさ」


 脈はなかっただろうけどね、と笑うケイン。

 レイは呆れつつも、しかし嗤うことはできなかった。

 届かぬ想いに心を燃やす、その熱さと虚しさを知っているからだ。


「……話を聞いた限りでは、ならばやはりクリアの計画を成功させることこそが、あなたの目的なのでは? 姫殿下にそれを阻止させて良しすることろが見えませんが」

「まぁ正直、最悪はクリアちゃんがことを成してもよかったんだ。それでも、僕の目的は達成できる。でもさ、なんていうか……それじゃあアイツが浮かばれないなぁと思ってね」

「…………?」


 ケインの行動の根幹はわかっても、しかし現状の説明にはなり得ない。

 スクルドが問うと、ケインは薄く微笑んだ。


「一応、色んな可能性を考えて手を打っておいただけだ。全部念のため。どう転んでも、自分の目的はちゃんと果たしたかったし。でもあわよくばって思ってさ」

「一体どういう……」

「上のドンパチも収まってきたし、もう時期姫様がクリアちゃんを止めるだろう。まぁなんていうか、僕と()()()の仲だし、これで義理は立つだろう。お膳立てした上に、信じてやってるんだからね」


 カラカラと、ケインは笑う。

 その言葉は要領を得ず、何よりあまり説明をする気がないようだった。

 これ以上彼が何かを仕掛ける素振りはなかったが、レイもスクルドも言いようのない不安に駆られた。


「あれだよね。人と仲良くなるっていうのは、厄介だ」


 ケインはそう言ってそっとはにかむ。

 ずんと、鈍い振動が城を揺らした。




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