101 自分ではない色
「アリスちゃん! アリスちゃん、アリスちゃん、アリスちゃん……! あなたは私の全てなの。あなたさえいてくれれば私はそれでいいの。だから私は、あなたのために全てを費やしてきた。誰よりも、あなたを守れるように!!!」
クリアちゃんは体の炎を荒々しく揺らして、喚くように叫びながら突撃してきた。
そんな彼女をレオが剣で受けて弾き返して、でも勢いは全く消えずにクリちゃんは何度も突撃してくる。
突撃をレオが押さえ、合間合間にアリアが鎖を放って拘束を試みて。それに対し、クリアちゃんは繰り返し身を翻して飛びかかることをやめない。
「あなたが森からいなくなって、私は寂しかった! また一人になるのが怖くて、だから一生懸命にあなたを探して。そんな中で、アリスちゃんは大変な宿命に巻き込まれてるって知ったから、私はそんなあなたを守れるように強くなろうと思った。今度は、私がアリスちゃんを救いたかったから!」
アリアがクリアちゃんの周囲に障壁を展開し、彼女の行動を制限しようとする。
けれどクリアちゃんは力任せに炎を放って、それを強引に破壊して突破してしまう。
すばしっこく、また時にパワフルなクリアちゃんは、全く捕らえることができない。
「あなたを救うために、あなたに誇れる自分になりたかった。何者でもなかった私に意味を与えてくれたアリスちゃんに恥じない、強い自分になりたかった。だから私は、私にないものを沢山吸収するために、いろんな人たちから奪ってきたわ。見た目や技術、私が持ち得ていなかったものを! 時には、この忌々しい城に忍び込んで、いろんな書物を読み漁った。私は無色透明、何色でもなかったからか、なんでもこの身に馴染めたの!」
私が『幻想の掌握』で魔法ごと捕らえようとしても、クリアちゃんはすんでのところで身を翻す。
仕掛けてくる攻撃はみんなで対応すれば防ぐことには困らないけれど、どうにもこちらの手が及ばない。
クリアちゃんはその吐露のたびにボルテージが上がり、激しさを増していく。
「全部、全部全部あなたのため! あなたのために、私は新しい自分を目指してあらゆるものをこの手にしてきた。アリスちゃんに喜んで欲しかったから。アリスちゃんとまた一緒にいたかったから。あなたを、救いたかったから。だから私は、無意味な自分を打ち捨てて、あなたに相応しい自分になったのに……!!!」
アリアは力が抑えられているみたいなことを言っていたけれど、クリアちゃんの勢いは止まるところを知らない。
その怨念のような執念が彼女の力を心の底から漲らせているのか、炎はその熱さをどんどんと増していく。
防げているのに、それでもその刺すような熱さが私たちをジリジリと焦がした。
「私は、ただアリスちゃんを助けようとしているだけよ! 大切なあなたを、誰よりも想ってる! だからアリスちゃん、私に、あなたを助けさせてよ!!!」
張り裂けそうな感情が灼熱の魔法に乗って、クリアちゃんから雨のように細かい炎が降り放たれた。
広範囲に無数に放たれた攻撃は、しかし一つひとつが強力で、容易く防げないことは明白。
私はそれを、『真理の剣』を振り回すことで一気に打ち消した。
「私は、こんな助け方なんて望んでないんだよ、クリアちゃん!!!」
『真理の剣』から放たれる白光の波動が、全ての炎を飲み込んで搔き消す。
火が晴れた先で、炎の姿のクリアちゃんが唸った。
「私は弱いから、確かに力を貸してもらわないと乗り越えられないことが沢山ある。だから、みんなに支えてもらって今の私がここにいる。クリアちゃんもそうやって寄り添ってくれたら、こんな風に争う必要なんてなかったのに……!」
「いやよ、いやよそんなこと! だって他のやつなんてどうだって良いじゃない! 私は、アリスちゃんさえいればそれで幸せよ。アリスちゃんだってそうでしょう!? だったら、他のやつのことに気を回すなんて無駄じゃない!」
「だから……だからジャバウォックなの!? 私以外の、全てを無くしてしまうってことなの!?」
「だって、そうすればもうあなたは他人のために苦しまなくて済む。私とあなただけ、それさえ残れば、私たちは幸せじゃない!!!」
「そんなことッ────!」
あまりの理論に、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
クリアちゃんはそこまで、何にも見えなくなってしまっていただなんて。
他のものなんて無くなってしまえだなんて、勝手すぎるにも程がある。
女王様への恨みとか、魔女の身の上の苦悩とか、そういう気持ちは理解できるけれど。
でも、ただただ盲目に生きてきたクリアちゃんの身勝手を、わかってあげることなんてできない。
けれど、彼女をそうしてしまった原因が私にあると思うと、堪らなく苦しくなった。
思わず体がすくむ。
「私の邪魔をする奴は、誰だって許さない。私とアリスちゃんの仲を妨げるやつは、全員消し去ってやる! 私のアリスちゃんを他人になんて絶対に奪わせない。私がアリスちゃんのそばにいることを、誰にも邪魔させたりなんかしないわ!!!」
一瞬私が怯んでしまった隙に、床の至る所からいくつも火柱が立ち上がって、それは私たちの足元にも現れた。
私たちは咄嗟に飛び退いてそれをかわして、思わず散り散りになってしまった。
回避した先にも火柱は次々と噴き上がって、『真理の剣』打ち消しても次が立ち、『掌握』して握り潰そうにも、数が多くて全てを認識しきれない。
私たちは完全に分断されてしまって、床を滑るように移動する火柱が、個々へと襲いかかってきた。
「レオ! アリア!」
自分への攻撃はいくらでも防ぎようがあるけれど、二人の姿がどうにも見つからない。
火柱を薙ぎ倒し、握り潰しながら探そうとしても、際限なく現れる炎が視界を埋め尽くし、また止めどなく襲ってきてキリがない。
そんな中ではいくら攻撃を防げても、灼熱だけで身が焦げてしまいそうだ。
「いつだって私がそばにいたし、これからもずっとそう。だからアリスちゃん、私だけを信じて。私だけに身を委ねて。そうすれば、私があなたを救えるから……!」
炎で視界が埋め尽くされる中、クリアちゃんの声だけが聞こえてくる。
炎の体を持つ彼女は、この火の海のような中に同化してしまっているのかもしれない。
だとすれば、不意を突かれたらひとたまりもない。
「私なら、あなたを確実に救える。あなたの苦しみを全て破壊して、私があなたを幸せにする。だからアリスちゃん、私の心だけを感じて!!!」
どこからかはわからない。けれどクリアちゃんの感覚は近く、飛びかかってくるような気配がした。
レオとアリアは無事なのか。その思いに心を焦がしながら、同時に周囲を警戒して。
それでも火に埋め尽くされた辺りからは、自分以外のものは見いだせなくて。
恐怖と焦りに息を飲んだ、その時────
「調子にノッてんじゃないよ!!!」
突然津波が現れて、周囲に火柱と炎を全て薙ぎ倒し、飲み込んだ。
広間を埋め尽くさんとしていた炎は全て大量の水に掻き消され、辛うじて自身はそれを防いだクリアちゃんの炎だけが、くっきりと取り残される。
「あなただけは、アリス様に触れさせない!!!」
そして、爆発したような振動が広間内の空間を激震させた。
巨大なスピーカーが大音量をかき鳴らしたような、物理的な波動を伴う重低音が響き、しかしそれはクリアちゃんにだけ向けられていて。
今まさに私へと飛びかかろうとすぐ斜め後ろにいたクリアちゃんは、その衝撃をまともに受けて広間の壁まで吹き飛んでいった。
「間一髪、かな?」
「ご無事ですか、アリス様」
そんな彼女と入れ替わるように、二人の黒い影がおぼつかない足取りで擦り寄ってくる。
未だボロボロなシオンさんとネネさんが、優しげに私に微笑んだ。