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97 その内側にあるもの

 神宮 透子。

 先日、まだ記憶を失っていた私をレオとアリアから助けてくれた、魔女の女の子。

 その戦いの最中で私を守るために体を張って、そして未だに目を覚さない。

 ただそれだけじゃなくて、彼女は五年前、ドルミーレの力に苦しむ私を、封印することで助けてくれていた。


 さっきD7から渡された姿絵に写っていた顔は、その透子ちゃんによく似ていた。

 精巧な絵ではあったけれど、でも写真と比べると不鮮明で、しかしそれは透子ちゃんに見えて。

 でも少し雰囲気が違う気もしたから、別人じゃないかと思いたかった。


 今こうやって対面していても、正直確証は得られない。

 クリアちゃんと透子ちゃんとでは、心の繋がりの気配が違うように思える。

 でも、クリアちゃんの卓越した魔法の実力は、私が繋がりを感じることを阻害することすらできるから。

 私の感じ方を変えたり、何か誤魔化す手段を持っていてもおかしくはない。


 私が知る彼女たちの立ち振る舞いや雰囲気は、とても同一人物だとは思えない。

 あの優しい透子ちゃんが、実はクリアちゃんだったとは、あまり思えない。

 でもそれはクリアちゃん自身にも言えることで。だから、私のその印象はなんの証拠にもならないんだ。


 その答えを知るのは、クリアちゃんただ一人。


「さぁ、なんの話かしら」


 けれど、クリアちゃんはあっさりとそれを否定した。

 本当に的外れだというように、大きく肩をすくめて見せる。


 あの姿絵に写っていた絵だけじゃ、確かになんの証拠にもならない。

 それに、あそこに写っていたものが本当かだって、疑ってしまえばそこまでだし。


 でも、私が最初に尋ねた時の反応が、私には的外れじゃないんじゃないかと思わせて。

 クリアちゃんの否定に、どうしても納得することができなかった。


「クリアちゃんは、神宮 透子を名乗って、私に会いにきたんじゃないの? あの時私を守ってくれたのは、クリアちゃんなんじゃ────」

「言ったでしょ。私は私。アリスちゃんは、私を誰かと間違えるの?」

「ッ…………」


 冷え切った声に、追撃の言葉が出なくなる。

 本当に違うのか、それともひた隠しにしたいのか、どちらかわからない。

 けれど、本当に彼女が違う名前を名乗って私の前に姿を現したのなら、それをわざわざ認めようとはしないかもしれない。


 でも、でも。クリアちゃんが透子ちゃんなら、私は余計に彼女の今の暴走を認められないんだ。

 だって、その優しさや思いやりを、私はよく知っているから。

 命を賭して私を守ってくれた。眠りにつく中でも、私を助けにきてくれた。

 私を優しく抱きしめて、朗らかに微笑んでくれたあの温かさを、私はよく知っているから。


 言いも悪いも、真実も偽りも、全部を抱きしめて向き合いたい。

 だから、彼女の口から全てを語ってほしいんだ。


「クリアちゃん、私は────」

「やめて。もうそんな話いいじゃない。私があなたを救う。私があなたを守る。それで、全て解決するんだから」


 私の言葉をピシャリと跳ね除けて、クリアちゃんは語気を強めた。

 それと同時に彼女を形成する炎が勢いを強め、強い魔力が威圧的に振り撒かれる。


「私はクリアランス・デフェリア。この名前だって、壊れて意味のないもので、私自身も消えかけた虚だった。けれど、あなたが私に意味を与えてくれた。あなたが私の意味になってくれた。だから私は、あなたのために生きると決めたの! 私を定義するものは、ただそれだけよ!」


 クリアちゃんの叫びは、どこか投げやりな気がした。

 ムキになっているような、意地を張っているような。

 自分が自分であることを敢えて否定しているような。

 そうして彼女は、『私の為に』という行動原理を、自分自身と定義しているように見えた。


 それ以外は、自分を形作るものすらもどうでもいいと。

 そうやって自らを拒絶するような言葉からは、透子ちゃんであることの肯定の意味が含まれているように聞こえた。

 クリアランス・デフェリアという自分を認められないから、私を想う部分だけを残して、別の誰かになりたかったというような。

 いや、それは私の勝手な解釈なのかな。


「さあアリスちゃん、全てを終わりにしましょう。この忌々しい場所で、その全てを破壊するの!」

「────ダメ、待ってクリアちゃん!」


 ドクンと、大きな力が波打つのを感じた。

 クリアちゃんを起点にそれは広がり、そして背後のミス・フラワーから、言いようのない嫌悪感が溢れ出る。


「全ての要素は揃った。ロード・デュークスがこんな不快な方法をとってくれたおかげで、術式は私によく馴染むし。あの恐ろしい女の怨念が残ったこの場所を起点に、アイツの血を引く私だからこそ、私はこの手でアリスちゃんを救える。それを思えば、あの狂った母親にも、少しくらい感謝できるわ!」

「じゃあ、やっぱりクリアちゃんは、女王様の……!」


 シオンさんたちが言っていた予想は、やっぱり正しかったということだ。

 クリアちゃんは、冷たく鼻で笑った。


「クリアランス・デフェリア・ハートレス。それが私のかつての名前だった。ロード・デュークスは、この城に残るあの女の怨嗟を、ジャバウォック顕現の足掛かりに据えていたのよ。その血を引く私だからこそ、魔女の身でこの儀式を再現できる……!」


 母親を語っているとは思えない、吐き捨てるような言葉。

 女王様の人柄以前に、クリアちゃんは自分を捨てた母親が許せないんだろう。

 女王様の残滓を尊ぶどころか、呪いの権化であるジャバウォックに惜しみなく費やそうとしているその姿勢が、彼女の憎悪を物語っている。


「吐き気がするけれど、でもいいわ。それでこの忌々しい世界を壊せるんだもの。アリスちゃんを、救えるんだもの! その為なら、私は自分が持ち得る全てを燃やしても構わない!」


 そう高らかに声上げて、クリアちゃんは伸びやかに片手を掲げた。

 城全体からか、多くの魔力が彼女へと集中し、そしてそれに応えるように、ミス・フラワーの花びらが広く眩く煌めいて。

 その鮮やかな輝きとは対照的に、広間を禍々しい気配が埋め尽くしていく。


「ジャバウォック、全てを破壊し飲み込んで、この世の歪を喰らい尽くすのよ!」

「そんなこと、させないよ……!!!」


 クリアちゃんが今まさに、強大な魔法を発動させようとしたその時。

 私は『真理の(つるぎ)』に渾身の魔力を込め、足元の床に勢いよく突き立てた。

 瞬間、そこを起点として激しい魔力が床に走り、大きな花のような紋様を浮かび上がらせた。


 薄く紫色に輝いて描かれたその花は、アイリスのように見える。

 それはすぐさま巨大に広がって、クリアちゃんの足元、そしてミス・フラワーの根元の辺りまで伸びた。

 すると、威圧的に膨らんでいた魔力がぴたりと激震を止め、そして溢れかえっていた醜悪な気配がぐっと押さえれた。


 まるで、『真理の(つるぎ)』から広がるアイリスの紋様が、ミス・フラワーを起点とするジャバウォックの儀式を抑えているようで。

 二つの大きな力が、見えないところが衝突し、拮抗していることがわかった。


「……!? 一体、どういうこと!? ジャバウォック顕現の魔法が、押さえつけられているなんて……!」

「クリアちゃんが私を想ってくれるように、私にも守りたいものがある。これは、その覚悟の結果だよ!」


 魔法そのものに抵抗されるとは思っていなかったのか、クリアちゃんは足元を見回して、大きく動揺を見せる。

 そんな彼女に私は、強く、強く訴えかけた。

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