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95 近くて遠い

 玉座の間は、私がいた五年前と全く変わっていなかった。

 白い大理石を基調とした、清楚な雰囲気を持つ室内。柱や壁面には細やかな装束が沢山施されていて、吊るされたシャンデリアは煌びやか。

 入り口から玉座まで伸びる真っ赤なカーペットが、とても鮮烈な印象を与える。


 あの頃と変わってはいない。変わってないけれど、でも今はとても重苦しい空気に埋め尽くされている。

 道中でも感じていた気味の悪い嫌悪感が、ここにもまた充満しているからだ。

 ただここまでと違うのは、その気持ち悪さが可視化しておらず、暗闇に包まれていないというところ。

 けれど今まででダントツに気味が悪く、体は拒否反応を示すように鳥肌を立てている。


 そんな心地の悪い空間の中で、大きな違和感と共にとても目を引くものがある。

 クリアちゃんの背後にある玉座、その後ろに堂々と咲く、大きなユリの花だ。

 それがかつて『魔女の森』であった喋る花、ミス・フラワーであることは明らかだったけれど、今はその口も瞳も静かに閉じて、以前のように朗らかさは一切感じられない。


 花なんて咲きようのない室内で、蘭々と力強く咲き誇っているミス・フラワー。

 体である茎をピンと立て、青々しい草を大きく広げ、白い花びらを豊かに開いて。

 花としては最盛期を誇るように鮮やかなのに、彼女の意識がないようであることが、とても不安を煽った。


 ここに彼女がいるということは、レイくんが言っていた通り、彼女を媒介としてジャバウォックを呼び寄せるつもりなんだろう。

 そして、ミス・フラワーを連れ去ったロード・ケインこそが、クリアちゃんに彼女を提供した。

 美しく咲くミス・フラワーからは、とても大きく、ある種の神々しさのような奥深い力が感じられる。

 クリアちゃんの準備は、ほぼ整っていると見て間違いないみたいだ。


「…………氷室さんは、一体どこ?」


 言いたいことは沢山ある。けれどまずは、氷室さんの安否が気になって仕方なかった。

 レオとアリアと三人で身を固めながら、私はクリアちゃんを強く見据えて尋ねた。

 広間の中をどんなに探ってみても、氷室さんの姿は全く見当たらない。


「え?」

「氷室さんはどこにいるの? あなたが、彼女を連れ去っているんでしょう!?」

「……あぁ」


 とぼけたようすのクリアちゃんだけれど、すぐにどうでもよさそうな返事をした。

 私のこと以外への関心のなさぶりが、とても心をざわつかせる。


「アリスちゃんは、あの子を助けに来たの?」

「当たり前だよ。氷室さんは、私の大切な友達だもん!」

「……そう。まぁそうよね」


 そう呟くように頷いたクリアちゃんは、なんだか妙だった。

 苛立ちのようなものを含みながらも、なんだか嬉しそうでもあって、けれどなんだか飲み込みきれていないような。

 なんとも歯切れの悪い感じではあるけれど、でも受け答えを見るに、彼女が氷室さんの所在を知っていることは間違いないみたいだ。


「安心して。あの子は無事よ。丁重に扱っているわ。私にとっても、まだまだ大事にしなきゃいけないから」

「…………? じゃあ、どこに? 氷室さんをどこにやったの?」

「どこって、ここよ」


 そう言って、クリアちゃんは自らの胸をトントンと叩いた。

 ごうごうと燃えるその炎の体を指して、しっとりと口元を緩める。


「そうね、私の中、とでも言うべきかしら。彼女の体は、この炎の内側よ」

「…………!?」

「大丈夫。さっきも言った通り、丁重に扱っているから、もちろん火傷一つ負ってないわ。負うわけないし」


 そう言って、クリアちゃんはカラカラと笑う。

 彼女の中、あの炎の中に氷室さんがいる……!?

 あの状態のクリアちゃんは思念体のようなものだって話だから、その内側に氷室さんを幽閉しているような状態なんだろうか。

 実体のない今の彼女が他人を物理的に拘束しているなんて、やっぱりクリアちゃんは規格外だ。


 そもそも、ここにはクリアちゃん本人がいると思っていた。

 ジャバウォックを呼び寄せるという大仕事をするなら、思念体を飛ばしている状態では流石に力が足りないだろうと、みんなそう言っていたし。

 けれど実際のところは本人がいるどころか、氷室さんを取り込むようなことをしている余裕すら見せている。


 ただ、本体を晒していなくても、心の具現である思念体がいるのであれば、十分止めようはある。

 夜子さんたちから、思念体の彼女に魔法を効かせる方法は教わったから、もう逃したりなんてしないし、もしもの場合も有効打を与えることはできる。

 けれど彼女の中に氷室さんがいるというのであれば、行動は慎重にならざるを得ない。


「クリアちゃん、氷室さんを返して」

「嫌だと言ったら?」

「なら、強引にでもひっぺがすよ。もちろん、できればそんなことしたくないけど」

「でも、私が頷かないならするのね。そう。なら……」


 帽子で隠した顔の奥から、静かな視線を感じる。

 炎が燃え盛る体だからか、それとも底知れない魔力を漲らせているからか、とても威圧感を覚えるけれど。

 それでも私は決して目を逸らすことなく、壇上のクリアちゃんを見つめ続けた。


「なら、嫌だわ。だって返しちゃったら、アリスちゃんは満足してどこかに行ってしまうかもしれないし。今は、私のことを見て欲しいもの」

「なっ────ふざけないで。氷室さんは、何も関係ないのに!」

「私はね、アリスちゃんを救いたいの。アリスちゃんの心を救って、この歪な国と世界を、アリスちゃんを苦しめる全てを壊すの。他のことに目を向けちゃいやよ。だから、それまでは返せないわ」


 やっぱり、クリアちゃんは会話をしているようで私の言葉なんてまるで届いてない。

 自分の考えにだけ浸って、自らの行いに酔いしれて、私のことすら見えていない。

 しっとり微笑み、それが悪いことだとはカケラも思っていない彼女が、とても恐ろしかった。


「大丈夫。大丈夫よアリスちゃん。何があったって、()()あなたのそばに居続けるから。これからも、ずっと」


 確かな想いは感じるのに、その形はあまりにも歪で。

 心は繋がっているはずなのに、その距離はとても遠く感じた。

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