4 寒いのと冷たいの
ひんやりとした氷と、すこし甘ったるいシロップが口の中でじんわりと広がる。
温かい紅茶を飲んでいた後だから余計にその冷たさが沁みた。
でも冬に温かい部屋の中でアイスを食べる、というのと同じで、これはこれでなかなかオツなものだなと思った。
それよりも、氷室さんに食べさせてもらっているという状況に若干フリーズ気味な私でした。
これは女の子二人でのお出掛けで発生していいイベントなんだろうか。
いつか氷室さんとデートするであろう男の子が得るべきイベントを、私が先取りで横取りしまってるのかもしれない。
「…………」
氷室さんが心配そうに私を見つめていた。
もしかしたら味の感想を求めているのかもしれないと思って、私は慌てて美味しいねと笑いかけた。
すると氷室さんは安心したように口元を緩めた。
……反則だと思います。
「でも意外だなぁ。氷室さん寒がりそうなのに」
「……寒いのは苦手。でも、冷たいのは、すき」
氷室さんはポツリポツリと言う。
外から冷やされるのは嫌だけど、内側が冷えるのはいいってこと?
「でもかき氷いっぱい食べてたら寒くならない?」
「寒い。でも、美味しい」
よく見れば若干手が震えていた。いやダメじゃん!
「美味しいのはわかるけど、身体冷やしちゃダメだよー。ほらこれ飲んで」
私が自分の紅茶をぐいと渡すと、氷室さんは私と紅茶を交互に見つめてからおずおずとそれを受け取って、控えめに口をつけた。
ホッと緩やかな息をこぼして、その雪のように白い頰にほんのり赤みがさした。
「氷室さん、寒いの我慢して食べてたんだね。ダメだよ、そんなの体に悪い」
「でも……美味しい」
「美味しくても! 身体冷やして風邪でも引いたら大変でしょ?」
「風邪は、引いたことないから……」
いくら言っても頑なに引かない氷室さん。案外頑固者みたいだった。
それにしても氷室さんは色白で細々としているし、どちらかというと病弱っぽくみえるけれど。
でも風邪を引いたことがないということは、地味に毎年皆勤賞をとる系なのかもしれない。
「そんな屁理屈言ってると、友達権限で冬のかき氷を禁止します」
「それは……困る」
氷室さんは少し拗ねたように眉をひそめてから、落ち込むように少し俯いた。
かき氷を食べたい気持ちと、私の言いつけの間にせめぎ合いがあるみたいだった。
「じゃあこれからは、温かい飲み物とセットで頼むこと。約束ね?」
「……わかった」
そんなことでいいのかとホッと頰を緩ませる氷室さん。
基本無表情に見えて、些細な変化が本当に可愛らしい。
というかそれくらい自分で思いついて欲しい。寒いの苦手ならさ。
「じゃあご褒美にその紅茶はあげる。ちゃんと約束守ってね」
両手で包み込むようにカップを持って、氷室さんはコクリと頷いた。
案外素直だった。よっぽどかき氷が好きみたい。
氷室さんの意外な一面を知れて私としては大収穫だった。
「温かい……」
「でしょ。冷たいものばっかり食べてたらお腹壊しちゃう」
ホッと緩やかに呟く氷室さんにそう応えると、けれど彼女は首を横に振った。
「紅茶は、温かい。でも、花園さんも……温かい」
「え、私?」
「友達は……温かい。温かいのは、すき」
その時氷室さんが浮かべた笑顔は、氷室さんが僅かにこぼすささやかな微笑みとは、全く違った。
自然に内側から漏れ出す、控えめだけれど緩やかな笑み。その心がほぐれているんだとわかる、少し気の抜けた笑顔だった。
その控えめながらも感情のこもった笑顔に、私は思わず顔が赤くなってしまった。
だって可愛い。可愛すぎる。この子こんな可愛い笑い方できたの!?
なんていうか、今すぐ持って帰って一緒にお風呂入って抱きしめてベットに潜り込んで一緒に寝たいくらい可愛い。
未来の氷室さんの彼氏になるかも知れない人ごめんなさい。
私はこの笑顔を誰にも見せたくないという独占欲にかられています。
独り占めしたい。私だけに笑って欲しい。
身を乗り出して思わずその手を取ると、氷室さんはほんの少しびっくりと目を開いた。
ひんやりとしたその手は、ティーカップの温もりがほんのりと残っていた。
「私も氷室さんのこと好きだよ」
「……うん」
今は顔を隠すマフラーはないので、氷室さんはやり場に困って俯いた。
サラサラの黒髪がほんとちょっぴりその顔を隠したけれど、照れているのはバレバレだった。
てかこの子、うんって言うんだうんって!
氷室さんの可愛さに一人で勝手に興奮してしまって、私はもうなんだか、愛玩動物をひたすら愛でたいみたいな気持ちになっていた。
構いたい可愛がりたい虐めたい。そんな気持ちが心の内側からもりもり湧いてくる。
でも氷室さんが困っているのでなんとか必死で我慢する。
嫌がってはいなさそうだけど、多分キャパシティオーバーしそうだった。
普段あんまり人付き合いとかしなさそうだし、そもそも無口で人見知りだし。
こうやってストレートに感情を向けられるのに慣れていないのかも知れない。
大切な友達をこれ以上を困らせても可哀想なので、私は撫で回したい気持ちを必死で抑えて椅子に座り直した。
私の手が離れた氷室さんは、少しホッとしたような、でもどこかもの寂しそうに私を見つめた。
やめて。これ以上私を刺激しないで。本当に持って帰りたくなるから。