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89 静かな城内で

 城門まで辿り着いてみれば、確かに強力な結界が守りを固めているのがわかった。

 それも、ただ攻撃や侵入を阻むようなわかりやすい仕切りではなく、外界と内部を空間的に断絶しているような、そんな卓越した魔法の技によるものだ。

 これは普通の魔法使いでは到底張れないだろうし、ロード・ケインが手がけたものであるだろうことは明らかだった。

 だとすれば、やっぱりクリアちゃんがこの中にいることは間違いなさそうだ。


 城門を守る衛兵たちは、レオとアリアが素早く退けてくれた。

 そうしてガラ空きになった城壁の、その周囲に展開されている結界に向けて、私は『真理の(つるぎ)』を思いっきり振るった。

 ロード・ケインの張った結界は確かに強力だけれど、でもそれが魔法であるならば、どんな高等な代物もこの剣の前では霞に消える。

 まるで紙切れを切ったかのように結界は瞬時に解け、城を囲んでいた防御は容易く崩れた。


「行こう! クリアちゃんは、氷室さんはきっと中に!」


 守るものがなくなった城門を押し開けて、三人で中へと突撃する。

 側から見れば、大事な城に押し入る悪党そのものだけれど、今はそれも仕方がない。

 今この時どんな誹りを受けようとも、最終的に全てを守ることができた方が勝ちなんだから。


「────案外、中は手応えがねぇな」


 門から城までは何の障害もなく辿り着けて、城内に入っても少しばかりの衛兵がいるだけ。

 玄関広間の敵を粗方無力化したあと、レオが訝しげに呟いた。


 確かに、城の内部こそ戦力を蓄えていて、進むのが大変なのかと思っていたけれど。

 ロード・ケインの部下たちの姿もほとんどなく、いてもそこまで強くない人たちで、あまり苦戦はしない。

 城を守る衛兵隊たちは基本的に魔法使いではないから、阻むものはほぼないと言っても間違いじゃなさそう。


 それに、それ以外の人気(ひとけ)が全くないのもなんだか妙だっった。

 お城にはいつも人が溢れかえっていて、王族特務の人だったり使用人の人だったり、人がいないところなんてほとんどなかったはずなのに。

 気持ちばかりの衛兵しかいない城内は、まるでドルミーレの城のように閑散としていて、とても寂しげだった。


「結界によっぽど自信があったのかも。だから戦力を、事前にアリスを止めることに集中させてたんじゃないかな」

「確かに、『真理の(つるぎ)』じゃなきゃ破れなさそうなすごい結界だったしね。でも、戦力はそうだとしても、どうして誰もいないんだろう。だって、王族特務が声明を出したって話だったよね」

「表向きはそうでも、実情は完全にロード・ケインに制圧されたってことじゃないかな。国政に関わる人たちは、軒並み囚われているかも」


 アリアはそう言ってムムムと眉を寄せた。

 城の防備として衛兵たちはそのままだけれど、それも体よく使われているって感じなのかな。

 まぁ確かに、クリアちゃんに味方して城に招き入れようとするのなら、城内の魔法使いを制圧しないとどうにもならないだろうし。


 アリアが言う通り、表向きは王族特務が私を敵視する声明を出したってことになっているけれど、ロード・ケインはそもそも城に報告すらしていないのかもしれない。

 力尽くで制圧して、王族特務のフリをして嘘の情報を発信させたのだとしたら、この閑散とした状況にも納得がいく。

 だとすれば、彼の悪行さえ暴ければ、色々な誤解を早く解くことができるかもしれない。


「……何にしても、早く氷室さんを探さないと。クリアちゃんが連れ去ったなら、きっとこの中にいるはずなんだから」


 そう思って彼女の気配を探ってみたけれど、未だに心の繋がりは不鮮明なままだった。

 けれど、気持ち距離が近くなったような感覚はあって、それがここは的外れじゃない確信をくれた。


 ただそれとは対照的に、城に入ってから突然クリアちゃんの気配を強く感じるようになった。

 今まで意図的に私との繋がりをボカしていた彼女が、ここへきてそれをやめたのかもしれない。

 それはつまり、私に自分のところまで来るように言っているってことなんだと思う。


 夜子さんが言っていた、私の目の前でジャバウォックを顕現させようとしている、っていうのは気になるけれど。

 でも行かないと、きっと氷室さんは見つけられないし、彼女の蛮行も止めることはできないだろうから。


「クリアちゃんは、玉座の間にいるみたい。まずは、そこに向かおう」


 思わず重苦しい声になってしまいながら、私は二人に言った。

 レオとアリアは少し息を飲みながらも、迷うことなく頷いてくれる。

 三人で顔を見合わせて、気を引き締めて城の中を進もうとした、その時。


「やぁやぁ姫様ぁ。僕の結界、簡単に破ってくれちゃうんだもなぁ。オジサン困ったよ」


 玄関広間の奥からそんな呑気な声が響いて、ロード・ケインがツカツカと姿を現した。

 相変わらずのヘラヘラとした様子で、緊張感のかけらのない、緩やかな足取りでやってくる。


「君がここまで乗り込んでくるだろうことは、まぁ想定済みなんだけどね。クリアちゃんも望んでたし。ただほら、余計なのが来たら面倒だから、結界張ってちゃんと防備を整えておかなきゃって思ってさ。それをバッサリぶった斬っちゃうんだもん。乗り込まれちゃうじゃないかぁ」

「ロード・ケイン、あなたは……!」


 自分が国や世界を脅かそうとしている自覚なんてないかのように、ロード・ケインの口振りはとても軽い。

 その様子に思わず声を荒げると、彼は薄く微笑んだ。


「まぁなんだ。ここで姫様と僕で問答をしても仕方がない。君はここを突破したい。僕は君をここで止めたい。なら面倒くさいけど、お互い力尽くになるしかないよね?」

「それも……そうですね……」


 ヘラヘラ笑いの中で、その眼光は鋭くこちらを突き刺してくる。

 気の抜けた様子を見せながらも、彼の魔力は静かに高まっていて、君主(ロード)として相応わしい力強さが滲んでいた。

 私は色々と言いたいことを我慢して、それに応えて剣を構える。


 魔法使いだというのに、どうしてクリアちゃんに加担をするのか。

 ミス・フラワーを連れ去ったりと、色々と不可解な彼ではあるけれど。

 今はそんな思惑を尋ね、彼の罪を咎めている場合じゃない。


「今まで何度もしてやられてきましたけど、もうあなたの思い通りにはなりません。私は、クリアちゃんを止める!」

「いい意気込みだねぇ。そんな真っ直ぐな気持ちを向けられちゃったら、オジサンも本気になってあげたくなるじゃないか」


 途端、ロード・ケインがまとう雰囲気が変質した。

 今までも、そのふざけた様子とはかけ離れた重苦しい魔力を垂れ流していたけれど。

 空気が重みを持ってのしかかってくるような、そんな物理的な感覚を覚えるような力強さに変わる。


「僕にも譲れないものがあるからね。そのためには、正義も倫理も道徳も、全てかなぐり捨てるよ。大切なもののために戦うのは、君だけじゃないのさ」


 そう、ロード・ケインは遠くを見るような目でそう言って。

 瞬間、広間内の空間が激震を始めた。


 空間魔法に長けているロード・ケインにとって、この世の全てが彼のテリトリーなのかもしれない。

 対面し、状況を共有した段階で、その手中に入ってしまっているということだ。

 私たちは既に、ロード・ケインの魔法の範囲内にいる……!


「っ…………!」


 何が起きるかはわからないけれど、手遅れになる前に動き出さないとすぐにでも負ける。

 私がそう息を飲んで、『真理の(つるぎ)』を強く握りしめた、その時。


 突然、私たちの背後の入り口から、極寒の猛吹雪が吹き込んできた。

 それは瞬時に城内に氷結させ、まるで氷が侵食するように奥へとパキパキ進んでいく。

 けれど何故かそれは的確に私たちの周りだけを避けて、吹雪と凍結の氷はロード・ケインにだけ向かっていく。


 そして、ロード・ケインが激震させていた空間ごと凍らせて、氷は瞬時に彼を飲み込んでしまった。

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