88 王城への突入
お母さんと夜子さんの二人と、ひとまずの和解をした私たちは、協力してクリアちゃんを阻止することになった。
二人としては未だに私が自ら動くことに不安があるようだし、それに私だって、打ち明けられたことを消化できているわけではないけれど。
今はとにかく、クリアちゃんの暴挙とジャバウォックという脅威を食い止めることを優先しようと、そうみんなで納得をした。
お母さんと夜子さんは、ジャバウォック阻止に関する魔法の準備をするということで、一旦別行動。
私とレオとアリアの三人で、先行して王都へと向かうことになった。
レオとアリア的には、私をずっと謀って来て、しかも『まほうつかいの国』すらも裏切り続けて来たお母さんと夜子さんに、かなり思うところがあったようだし、私のこともとても心配してくれた。
正直私よりも噛みつきそうな勢いではあったんだけれど、私の決断を尊重して、今は王都へ戻ることに専念してくれた。
話がまとまったところで、私は王城に向けて直接空間転移を試みた。
王都は未だ、私たちを狙っている魔法使いがウヨウヨしているだろうし。
それに、ことを急いでいる今、ショートカットできるものは極力したいから。
そう思って、レオとアリアを伴って空間を跳躍したんだけれど。
私が王城の只中に空間の行き先を繋げようとした瞬間、とても強力な力に阻まれて、跳躍を強制的に弾かれた。
そのせいで空間転移は正確に行われなくて、私たちは強い衝撃とともにどこかに弾き飛ばされた。
「────い、今のは、一体……」
硬い石畳の地面に打ち付けられて転がって、私は痛みを噛み締めながら慌てて周りを伺った。
そこはどうやら城前の広場のようで、なんとか王都には来れられているようだった。
五年ぶりとはいえ、ちゃんと王城内に標準を合わせて転移したはずなのに、どうして成功しなかったんだろう。
しかし、そんな疑問を抱いている余裕はなかった。
私と同じようにすぐ隣で倒れているレオとアリアの姿を確認した途端、周りから叫び声が上がったからだ。
「ひ、姫君だ! 捕らえろ!」
「……!」
城前の広場なんて目立つところに現れてしまったせいで、沢山の魔法使いに見つかってしまった。
城の警護をしている衛兵や、ロード・ケインの部下の魔女狩り、それ以外の魔法使いも、大勢の人たちが既にそこにはいて。
私たちは敵の只中に飛んできてしまったようだった。
素早く私たちを取り囲もうとする魔法使い。そして広場の隅には、一般の国民たちの姿が見えた。
みんな私を怯え切った様子で見ていて、昔みたいに慕ってくれている雰囲気はない。
ロード・ケインが話した嘘は、やっぱりこの国の人たちに鵜呑みにされてしまっているみたいだ。
『まほうつかいの国』のお姫様になっておきながら、五年間もいなくなってしまっていたんだから、信じてもらえないのも無理はない話だけれど。
でも、かつて多くの人たちが私を歓迎し、そして笑顔で接してきてくれたことを思うと、とても胸が苦しかった。
ただ、今そんな弱音を吐いている場合じゃない。信用を取り戻すためにも、今この国に迫っている危機を払わないと。
「レオ、アリア!」
私は急いで起き上がりながら、魔法で二人を引っ張り上げる。
幸い二人は意識を失っていたりはしていなかったようで、すぐに体勢を立て直すことができた。
大勢の魔法使いが私たちを取り囲む中、三人で身を寄せ合って臨戦態勢をとる。
「ごめん、私が転移を失敗しちゃったから、こんなことに……」
「アリスのせいじゃないよ。何かの魔法の感覚があったから、ロード・ケインが強力な結界を張ってたのかも」
「結界か……。転移で侵入できないなら、正面から叩き切るしかないね」
背中を合わせて周囲を警戒しながら、謝罪と共に状況を確認する。
無策な状態だったから結界に弾かれたけれど、そうとわかれば魔法を突破することはできるはずだ。
でもその前に、目の前の魔法使いたちをどうにかしなきゃいけないんだど。
「俺たちがコイツらをなんとか引きつけるから、アリス、お前は城に迎え」
「そんなのダメだよ! こんな大勢の敵相手に、二人だけを置いてはいけない。一緒に突破して進もう」
「つってもよ、手練れも多いぜ。まともにやり合ったら、かなり時間も食うし消耗するぞ」
レオはそう言って、ガリっと歯軋りをした。
相手の魔法使いは数が多くて、私の力があったとしても、多勢に無勢感は否めない。
負けることはないかもしれないけれど、確かにレオの言う通り、かなりの手間になってしまう。
でも、誰かを犠牲にして前に進むよりは、みんなで力を合わせた方がいい。
もし万が一二人の身に何かあったら、私はもう耐えられないから。
「全員は倒せないだろうけど、なんとか切り口を作ってみんなで城に入ろう。中に飛び込んじゃえば、あとはこっちのもんだよ」
「まぁ、中は中で大変そうだしな。わかった、お前を一人にはしねぇ。誰も欠けずに、一緒に切り抜けるぞ!」
力強くレオが吠えて、その手に赤い双剣を握る。
それを合図にしたかのように、敵の魔法使いたちが一斉に飛びかかって来た。
私は『真理の剣』を握りながら、放たれる多くの魔法攻撃を瞬時に掌握し、術者たちにお返しした。
それだけでも幾らかの敵を退けられたけれど、切り抜けて来た魔法使いも沢山いて、そんな人たちに向けてレオとアリアが攻撃を仕掛ける。
私の『幻想の掌握』は確かにあらゆる魔法を奪うことができるから、それは多くの魔法攻撃からの防御や、そこからの攻撃に転じることができるけれど。
でもそれは飽くまで私の認識できる範囲に限られてしまうから、大勢からの猛攻撃に関してはどうしても穴ができてしまう。
こぼれたものは『真理の剣』できり払えるけれど、集団からの襲撃を圧倒できるだけの戦闘スキルは私にはない。
『始まりの力』を際限なく扱える今、攻撃の面においても多くの魔法使い凌駕する出力を出すことができる。
戦闘面において素人のような私は、どうしても大きく派手な魔法攻撃で押し切ることしかできなくて、でも敵とはいえ殺してしまいたくはないから、威力を抑えてしまって。
だから決して負けることはないんだけれど、なかなか敵を退けて進むというのが難しなってしまう。
ただ、今の目的はこの場の敵を倒すことじゃなくて、状況を突破して前に進むことだ。
なんとか突破口を見つけようと、私は二人の安否を確認しながらがむしゃらに魔法使いと戦い続けた。
けれど、城前の広場ということもあって、どんどんと敵の魔法使いが集まって来てキリがない。
ただ、集まってくるのは敵だけじゃなかった。
「姫様をお守りしろ! 道を切り開け!」
そう叫びながら渦中に飛び込んできたのは、ロード・スクルドの指揮で動いている魔女狩りたちだった。
私のがわについてくれている彼らは、続々と私たちのもとに集って、敵との交戦を引き受けてくれた。
それに続くように、ワルプルギスの魔女たちもこちらの戦闘に加わり出して、防戦一方だった私たちに一気に余裕が生まれた。
「みんな、ありがとう!」
国の多くが、ロード・ケインによって敵になってしまったけれど。
でもそれは、決してみんななんかじゃない。
駆けつけてくれた大勢の仲間たちの姿に、私の心はとても勇気づけられた。
「これなら行けるよ、アリス!」
敵の攻撃が大幅に分散したおかげで、私たちへと向かってくる敵はかなり少なくなった。
私たちは再び身を寄せ合って、敵を退けながら城に向けて一直線に走った。