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86 抱える怒り

 ────────────




「これで、良かったのかな」


 王城の一室にて、ネネは一人呟くように不安の声を漏らした。

 腰掛けているソファの柔らかさが落ち着かないのか、はたまた現状の居心地の悪さからか、座りの悪い様子でモジモジとしている。

 そんな彼女の視線は、窓際に立って外の様子を窺っている姉へと向けられていた。


「……良かったのよ」


 シオンの言葉もまた呟きのようで、あまり返答めいてはいない。

 むしろ自分自身に言い聞かせているようなその口振りは、ネネの不安を少なからず煽った。


 ロード・ケインの追跡を行なっていた二人は今、彼の手中と化した王城内にいる。

 彼の偽りの報告によって、姫君アリスとその一党を制圧する流れとなった国内は、いつになく殺伐とした雰囲気だ。

 ロード・ケインからの情報しかもたらされていない場内は、彼の言葉を信じる以外の選択肢はなく、実質的に彼の意向を反映する結果となった。


 国務を取り仕切る王族特務の魔法使いは、イヴニング・プリムローズ・ナイトウォーカーを欠いている現状、武力に特化した者はいない。

 結果、城内はロード・ケインの手の者によって早々に制圧され、現在はその機能を完全に失っているに等しい。

 今はただ、姫君と魔女、そしてそれに与するものを打倒するという意思と指示だけが外側で生き続けている。


 そんな只中に、シオンとネネの姉妹はいた。

 二人はロード・ケインの味方をしてはいないが、しかしその行いの邪魔もしない。

 その取り決めによって、城内で自由に活動することを許されているのだった。


「でも……でも、さ。今きっと、アリス様は困ってるんじゃないかな」

「…………」


 窓の外を見たまま振り向かないシオンに、ネネは細い声をあげる。


「確かに私たちは、ロード・ケインに協力はしてないけどさ。でも、私たちがちゃんと止めてれば、こんなことにはなってなかったんじゃ……」

「────仕方ないでしょう」


 冷たく投げやりな声が、ネネの言葉を遮る。

 ネネは依然妹に背を向けたまま、少し視線を下げた。


「だって、チャンスじゃない。最後の、チャンスよ。この機を逃すことなんてできない。クリアを、この手で……」

「でも、アリス様と約束したじゃん。私たちだけで無茶して、クリアを殺そうとしないって……!」

「わかってる! わかってるけれど……でも、ネネだってこの気持ち、わかるでしょう……?」

「…………」


 消え入りそうなシオンの声に、ネネは返す言葉が見つからなかった。

 両親を身勝手な理由で惨殺したクリアを、姉妹は今でも憎んでいる。

 けれどそれでも個人的な復讐心に駆られることなく、みんなで力を合わせて根本的な問題を解決しようと、二人はアリスと誓い合った。


 それは彼女たちの本心であり、それが最善であるとしっかりと理解している。

 けれどだからといって、彼女たちが抱えている悲しみや憎しみが消えるわけではない。

 もし自らの手でクリアに復讐を果たせる機会があるのであれば、そこに手を伸ばしたくなる気持ちをは、どうしても拭えないものだった。


 だからこそ二人は、ロード・ケインの話に乗ってしまった。

 彼の思惑の邪魔をしなければ、クリアに近付ける場を設けようという、その甘言に。

 二人でその話を飲んだのだから、その気持ちをネネが否定できるはずもない。


「アリス様を信じていないわけじゃない。ライト様だって。でもやっぱり私は、私は……クリアランス・デフェリアが憎い。彼女を許すことなんてできないの。あなただってそうでしょう……」

姉様(ねえさま)……」


 小さく肩を震わせるシオンは、いつになく弱々しかった。

 いつも凛と妹を導いていた彼女が、心を曝け出して感情に埋もれている。

 ネネにとってそんな姉の姿は、とても珍しいものだった。


「同じだよ。私も同じ気持ち。でもね、姉様(ねえさま)


 立ち上がり、姉へと歩み寄るネネ。

 足取りは重く、小さい。


「私は、なんていうか……こんなことをしてまで、アリス様との約束を破ってまで、することじゃないんじゃないかって、そう思っちゃって……」

「……!」


 近寄ろうとして近寄れず、ネネは少し離れた所で立ち止まり、姉に口籠る。

 そんな弱々しい主張に、シオンは大きく振り返った。


「何を、そんなこと……。だってネネ、あなたはいつだって、彼女を恨んでたじゃない。お父さんとお母さんを殺したクリアを、あなただって……!」

「そう、だけど。私だって、絶対許せないけど……」

「じゃあどうして、今更そんなことを言うの!?」


 大きく揺れるネネに、シオンは声を荒げた。

 普段の落ち着いた様子はそこになく、焦りが前面に押し出されている。

 しかし彼女が戸惑うのは当然のことだった。


 姉妹はクリアを恨みながらも、ロード・ホーリーの教えの元、魔女を敵視しない思想を持って過ごしてきた。

 親の仇でありながらも、クリアに個人的な恨みを持たず、またそれを表さないようにと律してきた。

 しかし感情はそう簡単に抑制できるものではなく、度々憎悪を露わにしてしまうネネをシオンが諌めるのが常だった。


 ネネの方がより感情的で、クリアに強い恨みを抱いている。

 シオンはそう考えていたし、クリアに復讐を果たしたいう考えは、そんな妹の気持ちを尊重する意味もあった。

 そんな妹が、今はそれと真逆のことを言って見せている。姉としては理解に苦しむことだった。


「ネネ。私は、このままじゃあなたが気持ちに整理をつけられないんじゃないかって、だから……!」

「違う。違うよ姉様(ねえさま)。私がいつも怒ってたのは────」


 ネネは大きく口を開いき、しかし一瞬言葉にするのを迷って。

 それでも、意を決して叫んだ。


「私がいつも怒ってたのは、姉様(ねえさま)が怒らないからだよ!」


 ままならない気持ちが、ネネの頬に涙を流した。

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