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81 目覚めを見守る

「どうして今になって急に、そんなことを言うんですか? お母さんはともかく、夜子さんは今まで一度だって、ドルミーレの味方のような素振りは見せなかったのに」


 二人がドルミーレの親友であるということが、もう揺るがぬ事実だったとして。

 今までそのことをおくびにも出さなかった人たちが、突然表立って動き出した理由がわからない。

 夜子さんなんて、今まで私にいろんなことを教えてくれたけれど、そこにドルミーレへの個人的な感情なんて全く見られなかった。


「それは、私たちに聞かなくても、アリスちゃんならわかっているんじゃない? ドルミーレの目覚めが、もう目前に迫っているからよ」

「…………!」


 私の問いかけに、お母さんが答えた。

 真剣な面持ちのその言葉は、どことなく固い。


「長い間眠り続けていた彼女が、ついに自らの意思で目覚めようとしている。そんな時にジャバウォックの再来が危惧されているんだもの。動かないわけにはいかないわ」

「ドルミーレが、目覚める……どうして、そんなこと……?」

「親友だもの、わかるわ。感じるのよ。彼女の意思が、気配が、微睡から覚めて、現実の日の目を見ようとしていることくらいは」


 あなたならわかるでしょうと、お母さんの目が訴えていた。

 私が友達の心を感じたり、その繋がりを認識するように、お母さんたちもまた親友としての繋がりで、ドルミーレの心を感じているということなのかな。

 それが本当なんだとすれば、そこには確かに親友と呼べる強い結びつきがあるということで。

 でも、あのドルミーレにそんなものがあるだなんて、俄かに信じ難いことだった。


 でも、確かにドルミーレは目覚めようとしている。

 昨日心の中で出会った時、そんなことを言っていたし、でも『まだ今ではない』とも言っていた。

 けれどそれは、昨日のあの時ではないというだけで、彼女の意思は目覚めへと向かっていて。

 その想いは親友であるお母さんと夜子さんに、確かに伝わっていたということなんだ。


「そもそもは、私たちもよくわからなかった。けれど七年前、君がこの国に訪れた時、僅かではあったけれど彼女は顔を覗かせた。その時に私たちは、彼女に目覚める意思があると確信したんだ」


 お母さんの言葉に頷きながら、夜子さんが続ける。

 夜子さんは昔の私のそばにもいてくれていたし、この城で剣を手にした時だってそうだった。

 あの時私は初めてちゃんとドルミーレと言葉を交わして、自分の中にある力を自覚した。

 その辺りがきっかけだったのかもしれない。


「それまではただ見守るだけだった私たちだけれど、その頃から、ドルミーレが目覚めるための土壌を整えることを意識するようになった。その一環として、君の意思を尊重しつつサポートしたり、彼女を抱えるが故に巻き起こる事態も静観してきた。全ては、君がドルミーレを担うに足る女の子に成長させるためだ」

「二人は、ドルミーレがいつどうやって目覚めようとしているのか、知っているってことですか?」

「知っているというよりは、あたりをつけているってところだけれどね。ただ、凡そ当たっているだろうから、私たちはそこまでつつがなく進むようにサポートをしているわけだ」


 ドルミーレの目覚め。それが何を意味するのかは、私にはわからない。

 彼女が目を覚ました時、彼女の夢である私がどうなるのかも、またわからない。

 けれど何にしても、私の身の安全はドルミーレ復活には必要不可欠なことは確かなことみたいだ。


「私たちも、正確なところは確かにわからない。でも、目前であることは事実なの。だからもうゆっくりと構えている場合じゃないし、ジャバウォックが関わってくれば尚更。今はもう、あなたの意思を尊重してあげられる段階じゃなくなちゃったのよ」

「でも、おかしいよ。ジャバウォックという脅威が迫っているなら、その抑止力になるドルミーレの『始まりの力』はむしろ必要なんじゃないの? 私やドルミーレを守りたいからって意味はわかるけど、でもジャバウォックを阻止するなら……」

「そう簡単な問題じゃないの」


 二人の気持ちはわからなくはないけれど、でもその考え方は納得いかない。

 私が尋ねると、お母さんは苦い顔をして首を振った。


「ジャバウォックは、とても恐ろしい魔物よ。ドルミーレはあれにとても苦しめられ、傷ついた。だから私たちはもう二度とドルミーレにあれを向き合わせたくないし、アリスちゃんに同じ思いをしてほしくないの」

「確かにドルミーレは、かつてジャバウォックを打ち倒している。だから力の方向性としては有効なんだろう。けれど、そういうことじゃないんだ。あれに直面する、それ自体があってはならないことなんだよ」


 重くなった二人の語り口から、ジャバウォックがいかに禍根を残したのかということが窺えた。

 きっと頭でわかっていることよりも、何倍も恐ろしく、(おぞ)ましい存在なんだと思う。

 ジャバウォックを事実として知っているのは二人だけだから、その言い分こそが正しいのかもしれないけれど。

 でも、それだけじゃやっぱり納得なんていかない。


「ジャバウォックが恐ろしいってことはわかったけれど、でもそれは、未然に防げばいいことでしょう? 万が一があるっていうなら、余計にみんなで力を合わせればいい。その方が、よっぽど確実なのに」

「本当にそう思うのかな。クリアちゃんは、ちょっとやそっと説得したくらいで自分の考えを変えるような子じゃない。例えそれが君でもね。私たちは彼女を殺さないといけないって思ってるんだけど、君はそれを見ていられるのかい?」

「ッ…………!」


 夜子さんは瞬時に鋭い目つきになって、グサリと言葉を向けてきた。

 私の身以外を厭わないということは、ジャバウォックを確実に止めるため、クリアちゃんを殺すことを躊躇わないということだ。

 確かにジャバウォックを阻止したいのならば、会話が成り立たないクリアちゃんを説得するより、殺してしまう方が確実で早い。

 でもそれは、私の意思とはあまりにもかけ離れている。


「そ、そんなことは、見過ごせません。クリアちゃんは確かにとっても恐ろしいことをしようとしているけど、でも、私は彼女を殺さずに止めたい!」

「だろう? 意見と目的の相違だ。下手すれば君は、彼女の前で私たちの邪魔をするだろう。そんな君と、一緒に行動なんてできないんだよ。みすみす、彼女にジャバウォックを呼び起こす時間を与えることになるしね」


 私の反応などわかりきっているというように、夜子さんは苦笑した。


「だから、君をここで足止めさせてもらう。わからなくていい、納得しなくていい、理解しなくていい。だから、大人しくしていてよ」


 そう、夜子さんは淡々と言い放って。

 同時に、彼女の足元から影が広がり、広間を覆った。

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