75 全部吐き出して
二人に縋り付いていると、まるで昔に戻ったような気分になった。
大きくなった二人は以前にも増して頼もしくて、身を寄せていると心が溶けてしまいそう。
言いようのない安心が私の心と体を満たして、余計なものを取り払ってくれる。
こちらの世界に来てから、いや来る前から、あまりにもたくさんの事がありすぎて。
既に私の心はパンク寸前で、でもそれを必死で誤魔化してきた。
支えてくれる友達、続いてくれる人たちのお陰でそうやって凌いでこられたけれど、でもそれは無理をしてきただけだ。
「アリスはすごいよ。えらい。とっても頑張ってる。でももう、我慢はしなくていいからね」
アリアが私の頭をポンポンと撫でてくれるのが、とても心地いい。
思えば昔から、彼女はこうやって私を優しく包んでくれていた。
親友だけど、でもお姉さんみたいなところもあって、心の拠り所だった。
「色んな責任を感じていて、それをなんとかしようって頑張ってるんだよね。それはとっても大切なことで、そこから目を逸らさないアリスはすごいと思うけど。でも、だからって自分の気持ちを抑え込まなくてもいいんだから」
「……うん。私、今は自分が頑張らなきゃって、そう思って。だから立ち止まってちゃいけないんだって、後ろを振り向いてる場合じゃないんだって……」
「そういうところ、昔から全然変わってない。女王様を倒そうっていうのも、お姫様になるっていうのも、それからの生活も。全部アリスはそうやって頑張ってて。私はそういうアリスのこと、ずっと心配してたんだから」
アリアは、まるで幼い子供をあやすような柔らかな声で言う。
少し困ったように。でも、昔を懐かしむように。
それにレオがうんうんと頷いた。
「こっちがいくら心配したって、お前はいつも笑ってて、大丈夫だって言うんだ。それで実際頑張ってなんとかしちまうから、何にも言えねぇんだけどよ。でも俺たちは、もっとお前に寄り添いたいんだ。今までできなかった分も、俺たちはお前の助けになりたい。だから、何にも気にせず吐ちまっていいんだ」
「うん……うん……」
「お前が俺たちのこと思ってるのと同じくらい、俺たちだってお前のことを思ってる。だからもう、俺たちに気なんて使うな。言いたいこと、全部言っていいんだ」
トントンと優しく背中を叩かれて、抑え込んでいたものが弾けそうになる。
今まで堪えていた分、その気持ちはとても膨れ上がっていて、一度表に出せば、きっと抑えはきかなくなる。
でも、それすらもきっと二人なら受け止めてくれるのだと、そう思えてしまって。
「────私はただ、大好きな人たちと、ただ楽しく毎日が過ごせれば、それで幸せだったのに……どうして、どうして私は、そんな些細な願いも、叶わないんだろう……!」
唇から感情がこぼれる。
私は決して、多くを望んでいたわけじゃない。
強い力なんていらないし、変わったことだって求めていない。
私はただ、友達や家族と穏やかに過ごせればそれだけでよかったんだ。
だから私はそれを取り戻すために、死に物狂いで戦ってきた。
でもその先にあったのは、私の望みが根底から崩れ去る現実だけ。
大切な人たちを失って、信じていたものは虚構で、自分自身は不確かなもので。
私が大切だと思っていたものは、何もかもとてもあやふやなもので、最早私のものだったのかも怪しくて。
そんな現実をどうして受け入れられるというんだろう。
私はただ、普通の女の子として生きてきただけなのに。
そんな誰でも持っている当たり前のものすら私は認められなくて、あらゆるものが手からこぼれていく。
ある程度受け入れて、踏ん切りをつけてきたつもりだけれど。
でも、失ってしまったものの喪失感は、どうしても拭えないんだ。
「私、怖いよ……このまま全部無くなっちゃうんじゃないかって。幻でしかない私の望みなんて何にも叶わなくて、私はいつか、ただ消えるだけんじゃないかって。そんなの、いやだよ……」
何も思い通りにならなくて、辛く悲しいことばっかりで。
どんどんと失われていく現実に、不安だけが膨れ上がっていく。
どんなに頑張っても結局、全て消えて無くなってしまうんじゃないかって。
そう思うと、言葉がどんどんと溢れ出してしまって。
今言ったって仕方のない、ただのわがままのような喚きを繰り返してしまう。
聞かされても困るどうしようもないことを、それでもレオとアリアはしっかりと聞いてくれて。
優しく頷きながら、私のことをしっかりと抱きしめてくれた。
吐き出したことでどうなるわけでもないし、何か解決策が浮かぶようなことでもない。
どうにかするには前に進んで、一つひとつ問題に向き合って、自分の力で切り開いていくしかないんだ。
だからこうして喚いたって、仕方のないことなんだけれど。
でもそうやって内に秘めているままじゃなく、声に出して、誰かに受け止めてもらえることで、少しスッキリした自分がいた。
子供が駄々を捏ねるように、ただひたすらに理不尽を嘆いて喚き散らす。
まるで生産性のないことのようで、けれど全く意味のないことではなかった。
何にもならなかったっとしても、それでも自分の気持ちを受け止めて、わかってくれている人がいるという事実が、心を軽くしてくれる気がした。
「────ごめんね、ありがとう。ちょっと楽になったよ」
散々一方的に喚いてから、我に返って少し恥ずかしくなる。
二人から離れて、頭を掻きながらお礼を言うと、二人ともクスリと笑った。
「大分言いたいこと言ったね、アリス。思ってたより溜まってたみたいで、ちょっとびっくりした」
「同感だ。溜め込むタイプだと思ってたけど、相当だな。余計に心配になったぜ」
「ちょ、ちょっと……!」
若干引いてる感じを見せる二人に、私はカッと顔が赤くなるのを感じた。
言えって言うからに言ったのに、と非難の声を上げると、二人は冗談だよと笑った。
自分でも引かれる位い重いこと言っている自覚があったから、ちょっと冗談に聞こえなかった。
でも逆に、そうやって笑って返してくれることが、ちゃんと受け止めてくれているってわかって、ちょっぴり嬉しくもあった。
ドルミーレのことやその力、二つの世界のことや、それらを巡る運命のこと。
そんなこと、そこらの人が抱える問題なんかじゃなくて、聞かされたって困ってしまうこと。
でもそれを、二人は一緒に受け止めてくれるって、そう言ってくれているんだから。
「あのね、二人とも……」
笑ってくれる二人の顔を見ていると、とても安心できて、頼もしくて。
この二人の親友のことが本当に大好きで、とってもとっても大切だと、改めてそう思った。
でもだからこそ、ちゃんと言わないといけないことがある。
それを話すのなら、きっと今しかない。
私は二人の手を握って、しっかりとその瞳に目を向けた。
「レオ、アリア。色々あったけど、でも私は二人のことを今でも大切な親友だと思ってる。ずっと一緒にいたいって、そう思ってる。離れ離れになっていた分も取り返して、これからもずっと。でも、私にとって大切なものは、一つじゃなくて……」
こちらの世界もあちらの世界も、大切な友達がいて、親しんだ人たちがいて。
どちらか一方だけを選ぶことなんて、私にはとてもできそうにない。
でもそれは私個人の感傷で、自分の実態を知ってしまった今、私にそれを選択する権利があるのか疑わしく思える。
私は結局、本質的にはどちらの世界の住人でもなく、言ってしまえば一人の人でもないんだから。
それでも心はここにあって、それに繋がってくれる友達がいて、必要としてくれる人たちがいる。
だから私は自らの存在に悲観的にはなりたくないし、みんなの想いを大切にしたい。
沢山の大切なものに優劣をつける必要なんてないとは思うけれど、私がもし全てを乗り越えられたとしたならば、きっと私は何か一番を見出さなきゃいけないと思う。
それは、私という不安定な存在が自己を確立するために、きっと必要なことだから。
でもそれは、今はまだ決められることじゃない。
決められないんじゃなくて、決めちゃいけないんだと思う。
だって今はまだ、私はそのステージに立っていない。
自分の運命を乗り越えるまでは、私はまだ、私という存在のスタートラインに立っていないから。
二人にはそれを知る権利がある。いや、私が知っていてほしい。
私のことを大切に思ってくれているからこそ、私はひどく脆い存在なんだと、それをはっきり伝えておかなきゃいけないんだ。
「だからね、私はまだ────」
「うん。わかってるよ、アリス」
私の唇にを指で塞いで、アリアは優しく微笑んだ。
キョンとする私に、レオも頷く。
「今更言わなくたって、俺たちだってわかってる。俺たちは、最終的にお前が決めたことを受け入れるさ」
その笑顔は優しくて、でも少し寂しそうでもあって。けれどそれは紛れもなく信頼の証だった。
本当は何をおいても私を引き止めたいと思っているはずなのに。それほどまでに、今まで二人は頑張ってきてくれたのに。
それをおくびにも出さず、二人は私の気持ちを尊重すると、そう言ってくれたんだ。
「ありがとう……ありがとう、ごめんね」
今更多くを語らずとも、二人には私の気持ちなんてお見通しで。
本当に友達に恵まれていると、私は改めて思いしらされた。
それを思えば、こんな滅茶苦茶な運命も、全然悪くないじゃないかと思えてしまう。
何がなんでもこの素敵な親友たちを大切にしようと、私はそう噛み締めながら、もう一度二人の胸に顔を埋めた。