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74 平気なフリ

 D7から現在の状況と方針、そして預かり物を受け取った私たちは、王都から離脱することにした。

 魔法使いたちの狙いが主に私である以上、私がここに留まっているのは好ましくない。

 それに氷室さんが王都にいるとは現状思えないし、彼女を探すには他を当たる必要がある。


 D7が張ってくれた結界は私たちに少しの休息を与えてくれたけれど、魔法使いたちの捜索を掻い潜り続けるのには限界が近づいていた。

 多くの魔法使いたちが私を追って躍起になって探知をしているだろうから、その只中でいつまでも息を潜められるわけもなく。

 どちらにしても私たちは、この場を離れなければならなかった。


 逃げ回っている間は空間転移をしている余裕はなかったけれど、こうしてD7が時間を作ってくれたことで、その問題はクリアできた。

 私のことを血眼になって探しているであろう魔法使いの只中に、D7を一人置いていってしまうことになるけれど、しかし彼は気にするなと軽く笑って見せた。

 その軽やかさに、身を呈する気なんじゃないかと一瞬思ってしまったけれど、でも思えば今の彼はそんな危険を冒しはしないと思う。

 だから私はその言葉に甘えて、後を託すことにした。


 D7が張った結界の効力が限界になる前に、私はレオとアリアを伴って空間を跳躍した。

 正直氷室さんを探すあてなんてなかったけれど、まずは王都から離れることを優先して、ふと思い浮かんだ場所に向けて転移を行った。

 半ば無意識的に飛んだ先は、西のお花畑。ドルミーレのお城がある場所だった。


 騒がしかった王都から一変して、お花畑はとても静かで、柔らかな微風が草花を揺らす音しか聞こえない。

 ここでは怒号も悲鳴も飛びかわず、誰も傷つけ合ってなんていなくて。

 今この国で起きている騒動なんて、もしかしたら夢なんじゃないかって、そんな気分にさせられた。


 咄嗟にやって来たこのお花畑だけれど、でもあながち的外れでもなかったかもしれない。

 氷室さんと別れたのはこの場所だし、彼女自身がいなくても何か手掛かりが残っているかもしれないし。

 お城に戻って、何かわかればいいんだけれど。


「ねぇアリス、大丈夫?」


 お城に向かおうと思った時、アリアがちょこんと私の袖を摘んだ。

 振り返ってみると、彼女はとてもしょんぼりとした様子で私を心配そうに窺っていた。


「色んなことがあって、その……無理してない?」

「大丈夫だよ、アリア。心配してくれてありがとうね」


 今はもう、一つひとつのことに気落ちしている場合じゃないし、そんな時間もない。

 笑顔を作って返すと、しかしアリアは眉を寄せて唇を結んだ。


「私たちに気を使わなくたっていいんだよ。私たちの仲でしょ? あの、昔みたいに信用できないって、思ってるかもしれないけど……」

「そ、そんなことないよ……! 私、アリアのこともレオのことも、昔と同じように大切に思ってるし、信じてるよ!」


 今までの自分の行動に負い目を感じているのか、アリアは少し消極的だった。

 けれどそれでも私の気持ちを案じてくれているようで、引く気は全くないように見える。


「無理、しないでね。アリスは今、ただでさえ苦しいのに、これ以上一人で苦しまないでね。私たちが、ずっと一緒にいるから。私たちはもう何があったって、アリスの味方だから」

「アリア……」


 王都の状況の変化、特にみんなが私を敵視しているという現状は、確かにかなり堪えるものがあった。

 今まで私はこの国の人たちにお姫様だと持ち上げられていて、それに慣れてしまっている一面が確かにあったから。

 目論見があって害意を向けられているんじゃなくて、単純に信頼を失って敵とみなされるというのは、とても苦しいものだった。


 それに加え、クリアちゃんのこともあって、私が気落ちしていることをアリアは感じ取っていたんだ。

 でも今は前に進まなきゃって、そう思って考えないようにしていたけれど。でも彼女の目は誤魔化せなかった。


「ありがとう、アリア。二人がいてくれるから、私は今も頑張れるよ。確かに正直、かなりしんどいけど。でも今は前に向かって進み続けなきゃいけないし。それができるのは二人や、友達が支えてくれるからだから」

「お前が頑張るなら、俺たちは全力で支えるけどよ。でもお前はちょっと頑張りすぎるところがあるからな。特に。誰かのための時は。俺たちはちょっと、それが心配なんだよ」


 レオもそう言って、私の肩にぽんと手をおいた。

 昔と違って大きな手は、私を包み込むように覆いかぶさる。


「前に進むのはいいことだし、大切なことだ。でも、自分の気持ちに蓋をして、平気なフリをすんなよ。確かに踏ん張らなきゃいけない時だってあるけれどよ。でもだからって、歯を食いしばったままじゃどうにもならない時だってあるだろうが」

「私、そんなつもりは……」

「いや、わかる。俺にだって流石にわかるぜ、アリス。お前は今、自分の責任に目を向けて誤魔化してるだけで、本当は泣きたいくらい辛いはずだ。我慢できないもんを、我慢してるはずだ。でもそんな時に泣かないのがお前だから、俺たちは心配してるんだ」

「っ…………」


 なんて言えばいいかと難しい顔をしながら、レオは不器用ながらに優しい声を出した。

 肩を掴む手の力は少し強くて、でもその力が何故だか心地よく思えて。

 アリアもまたその言葉に頷いて、そして私にギュッと体を寄せて来た。


「私たちはもう、アリスの苦しむ姿は見たくないんだよ。我慢なんて、して欲しくない。その苦しみを取り除いてあげることはできないけど、でも一緒に苦しんだり、泣いてあげることができる。だからアリス、一人で抱えないで。大丈夫なフリなんて、しなくていいんだよ」


 かすれる声でそう言ったアリアは、細い腕で私の体を強く抱きしめた。

 縋り付いてくるようなその姿から、ずっと言うのを我慢していたというような、切実な想いが伝わってくる。

 本当は、さっき私が事情を話した時点で言いたかったのかもしれない。でも、これから頑張らなきゃってしている私を前にしては、言い出せなかったんだ。


 無理して頑張って、辛い気持ちに蓋をして、平気なフリなんてしなくていい。

 私はずっと、うじうじしている暇なんてないと思ってた。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、今はやらなきゃいけないことがあるからって。

 自分の苦しみや悲しみ、不安や悩みを気にしている暇なんてない。私は自分の力と運命の責任を果たさなきゃいけないって、そう思ってた。


 でも、少しくらいは立ち止まっても良かったのかもしれない。

 目の前を向くことで気持ちを誤魔化すんじゃなくて、心の中で淀んでいるモヤモヤに、目を向けたって良かったのかもしれない。

 一人だったらそれに溺れてしまったかもしれないけれど、でも私には強く支えてくれる友達がそばにいてくれるんだから。


「レオ、アリア……私……」


 そう思ったら、途端に心がぐにゃりと緩んで、いろいろな感情が溢れ出して来た。

 自分自身の存在に対する不安、二つの世界の不安定さや、あちらの世界の状況の心配。

 ロード・ホーリーだったお母さんのことや、同行している夜子さんの行動と思惑の謎。

 友達のクリアちゃんが冒してきた様々な罪とその責任の所在や、今まさに降りかかっている脅威。

 そして、氷室さんの行方がまるでわからない、寂しさと恐怖。


 吐き気を催すほどに胸が苦しくて、泣き喚きたいくらいに体が震えて、這いつくばりたいほどに心が痛んでいる。

 でもそれを必死で堪えて、ずっとずっと、前を向うって自分に言い聞かせて来たけれど。

 ここへきてそんなことを言われちゃったら、自分の気持ちがコントロールできなくなっちゃう。


「ごめん二人とも。ごめん……ちょっとだけ……」


 こんなこと、本当はしている場合じゃないんだって、わかっているけれど。

 でももう、溢れる気持ちを堪えることなんてできなくなってしまって。


 花々が咲き乱れるお花畑の真ん中で、私はレオとアリアを抱き寄せて、その胸に埋もれた。

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