2 いつも通りに
善子さんに学校以外で会うのはなんだか珍しかった。
中学校からの付き合いで会えばよく喋っていたけれど、考えてみればあんまり外で会う機会はなかった。
「あ、善子さんおはようございます……って時間でももうないですね」
「確かにもうお昼だもんねー」
善子さんはいつも通りの朗らかな笑みを浮かべた。
昨日あんなことがあったのに、ぱっと見善子さんはいつも通りだ。
でも、それが強がりであることくらいは私にだってわかる。
正くんとのどうしようもないすれ違い。そして信じていた真奈実さんの正義との齟齬。
正直、昨日の件で一番こたえたの間違いなく善子さんのはずなのに。
それでも善子さんは私たちに気を使わせまいと気丈に振る舞ってくれている。
本当は曝け出して欲しい。悲しいときはそう言って欲しいし、泣き言や弱音を吐いて欲しい。
でもきっとそれは私のわがままで、善子さんにとってあの時の涙がせめてものそれだったんだと思う。
だから善子さんが普通に振る舞うと決めたのなら、私も同じように接するのが、今私にできるせめてものこと。
「善子さんお出掛けですか?」
「ちょっとそこまでお使い。アリスちゃんこそ、そんなお洒落しちゃってぇ。デートですかな?」
私のことを肘で小突きながらニヤニヤ顔を向けてくる善子さん。
私、そんな気合い入れた格好になってるのかな。
「ち、違いますよー。今日は氷室さんと待ち合わせしてるだけです」
「ほうほう氷室ちゃんかぁ。アリスちゃんも隅に置けないねぇ。あんな可愛こちゃん捕まえちゃって」
「もう、そんなんじゃないですってば」
「いやぁ、アリスちゃんと氷室ちゃんは強い絆で結ばれてるからね。お姉さんは嫉妬しちゃいますなぁ」
強い絆、と言われて昨日レイくんが言っていた『寵愛』の関係を思い出してしまった。
『寵愛』なんて大それたことを言われるとなんだか気恥ずかしくなる。友達の中でも、特別に想いを寄せ合っている関係。
なんだかよくわからないけれど、そういう風に言葉で示されるととても恥ずかしいことのような気がしてしまう。
私と氷室さんはそこまで仲良くなれているのかな。
「顔が赤いぞ。照れんな照れんな」
顔が少し熱いなと思っていたら、赤くなっていたみたいだった。
でもでもそんなこと言われたら誰だって照れる。私にはまだ少し早い話な気がした。
「その様子だと王子様役は氷室ちゃんだね。あの子は美人さんだから、男っぽい格好も似合うかも。お姫様なアリスちゃんに王子様な氷室ちゃん。うんうん、絵になる絵になる」
「もうやめてくださいよー」
私が『まほうつかいの国』のお姫様である、というこにかけているのは明らかだった。
それにしても氷室さんが王子様かぁ。あのキリッとしたポーカーフェイスで男装をされたら、確かに結構似合うかもしれない。
そんなことをふと想像してしまって、また少し顔の温度が上がった気がしたので首を振って誤魔化した。
「照れ屋さんだなぁアリスちゃんは。それともうぶっ子かな?」
「そういう善子さんは、じゃあ経験豊富なんですか?」
面白そうにからかってくる善子さんにジト目でそう返すと、誤魔化すように視線を逸らされた。
この人も人のこと言えなさそうだぞ。
「さぞかし色々な経験をされてきたんでしょうね。だって一つ上のお姉さんですもの。私みたいなお子ちゃまと違って大人な恋の一つや二つや三つや四つ、吐いて捨てるほどあるんでしょうね」
「あー、うーんと、どーーだったっけなぁ……」
私がここぞとばかりに追撃すると、善子さんはもうあからさまに目をそらし始めた。
もう誤魔化すつもりがないくらいのあからさまな逃げだった。
私も長い付き合いだから、善子さんがそういった浮いた話に無縁なことは知っている。
善子さんはとても良い人でみんなに好かれているけれど、この竹を割ったような性格はとても色恋には向かないから。
「あれれ? もしかして善子さんともあろう人が何の経験もないなんてことは……」
「うわーんアリスちゃんがいじめるよー!」
泣いてしまった。女の子を泣かせてしまった。まぁ嘘泣きだけど。
罪悪感がなくもない。いやなかった。そんなものはありませんでした。
「まさかアリスちゃんがこんな意地悪する子だったなんて。私はそんな子に育てた覚えはないよぉ」
「子は親を見て育つと言いますからね。善子さんの日頃の行いの成果でしょうきっと」
「ホント言うよなぁこの子は」
嘘泣きをやめてブスッと口をとがらせる善子さん。
「まぁ、人のふり見て我がふり直せと言いますし、反面教師にして私は良い子になりますね」
「本当に泣くからね?」
「冗談ですって。仕返しですよー」
そんな本当にたわいもないやり取りをしばらくして私たちは別れた。
あんなことがあった後でもこうして馬鹿みたいなお話ができるのなら、まだまだ私たちは大丈夫だって、そんな気がした。
悲しいことにも辛いことにもまだまだ負けないんだって、ちょっぴり勇気が出た気がした。