71 乗っ取り
「────ク、クリスティーン!?」
突然私たちの前に現れたそれは、とても見覚えのある姿をしていた。
人であって人ではなく、けれど確かに人の心を持ったもの。
死して尚、一人の男性を守ろうとした続けた、女性の人形だ。
美しい女性の相貌は、しかし作り物であるが故に無機質で。
宝石のように輝くエメラルドグリーンの瞳が、私のことをしっかりと捉えた、ように見えた。
そんな彼女と目が合った瞬間、クリスティーンの腕が鞭のようにしなって伸びて、私たち三人を網にかけるようにガバリと抱き寄せた。
少し乱暴なそれに私たちはすぐさまもみくちゃに抱き止められて、かと思えばクリスティーンはものすごい勢いで降下し出した。
唐突なことに驚きつつも、しかしそれが私たちを爆炎から逃す行為だとすぐにわかった。
冷たく固い体の感触だけれど、そこには確かに人の柔らかさのようなものがって、そこから決して無機質ではない想いを感じる。
私たちを上空から引き摺り下ろしたクリスティーンは、建物の間の陰を私たちを連れ込んだ。
私たちを追って来ていた魔法使いたちは、さっきの大爆発でだいぶ行動を押さえられたようで、すぐには追ってこない。
一時的かもしれないけれど、私たちは確かに追跡をかわすことができたようだった。
「ったく世話が焼けるぜ、しっかりしてくれよな。これがこの国を救った姫様とそのお友達かよ。泣けるぜ」
地面に足をつけた途端、そんな若い男性の声が飛んできた。
とても軽薄そうな、投げやりなその喋り方にはとても聞き覚えがある。
私が慌てて声がする方に顔を向けると、物陰から銀髪の男が姿を現した。
「ま、状況が状況だから仕方ねぇか。大目に見てやるよ」
「ディ、D7!」
クリスティーンが来たからある程度予測はできていたけれど、それでもその登場には驚きの声を上げてしまった。
長い銀色の髪を流した、とてもチャラチャラした感じの魔法使い。
レオやアリアと同じ黒いローブ姿のその人は、以前私を殺しに来た魔女狩り、D7その人だった。
「よう姫様、あの時以来だな。しぶとく生き残ってるみたいで安心したぜ」
D7はそう言ってカラカラと笑うと、私たちを放したクリスティーンを引き寄せ、優しく頭を撫でた。
以前の彼はロード・デュークスの命令で私を殺しに来たけれど、私に個人的な恨みとかがあるわけじゃなかった。
だからその命令が生きていない今、私に敵対する必要はもちろんなくて、だからこんなにフレンドリーなのかな。
確かに私だって今D7と戦う理由はないけれど、でも一度自分や友達の命を狙ってきた相手だから、正直思うところはある。
でも、まるで久し振りに友達に会ったような彼を前にすると、それをわざわざ突き詰める気にはならなかった。
それに、今はそんなことを気にしている場合じゃないし。
「エドワード、まさかてめぇに助けられるなんてな。しばらく謹慎くらってたくせに、腕は鈍ってないみてーだな」
「謹慎っつーか、もはや切られたようなもんだけどな。ま、ロードがこうなった以上、そこら辺いいかってとこだが……。まだお前には負けねーよ」
まさかの救援に驚きつつもやや噛み付くレオに、D7はニンマリと笑みを作った。
やっぱり、私を殺すという任務をこなせなかったことで、彼は罰を受けていたんだ。
他の人には反対されていた私の抹殺だったから、表向きは謹慎で、でもそれは事実上の見限りのようなものだったと。
まぁ、私を殺しに来た人のことだからどうでもいいことではあるけれど、でもあまり酷い目にはあってなかったみたいで、そこは少し安心してしまった。
「……クリスティーン、直ったの?」
「直ったのとは違ーな。コイツの核だった心臓はアンタに破壊されたから、前みたいに高い出力は出せねぇ。他のドールと特別変わらない、ただクリスティーンの身体を使ってるだけって感じだ」
ガンを飛ばし合ってるのか笑い合っているのかわからないD7とレオ。
男同士のよくわからない関係性の横から尋ねると、D7はケロリとした様子で答えた。
確かに見た目は前に見たクリスティーンと変わらないけれど、前みたいな異様な悍ましさや、高い魔力は感じない。
「でも、それでもやっぱりクリスティーンはクリスティーンだ。アンタなら、わかってくれんじゃねーか?」
「うん。そこからは、今でもちゃんとクリスティーンの心を感じるよ。あなたが大切にしているから、きっと」
「だろ? さっきみたいな急場は仕方ねーが、もう俺はコイツを放さないって決めてんだ」
そう言って薄く笑みを浮かべたD7は、そっと柔らかくクリスティーンを抱き寄せた。
前のように口を開くことはなく、クリスティーンはただされるがままに彼に抱かれている。
けれど、その二人の姿からは以前よりも温かみを感じるような気がした。
D7の主戦力だったクリスティーンだけれど、今の彼女はもうそこまでの力は出せないだろうし、そういう使い方はしたくないのだろう。
以前にも増してクリスティーンを大切にしているのだと、D7の表情からはそれがよく伝わって来た。
「……ところでエドワード。今王都では一体何が起こってるのか、あなたは知ってる?」
「────っと、そうだ。こんな話をしてる場合じゃねぇ。俺はアンタらの救助と、状況伝達に来たんだよ」
そわそわした様子でアリアが尋ねると、D7はそう言った。
「鬼ごっこの続きをするのもいいが、まずは事情を知っとかなきゃな。この辺には結界張っといたからよ、休憩がてらその辺りの話をする時間くらいは作れるだろ」
気にしてみれば、この物陰には気配遮断の結界が張ってあるのがわかった。
ずっとは無理だろうけれど、一時的に敵の探知をかわすくらいのことはできそうだ。
「それで、D7。どうして魔法使いは私を捕まえようとしてるの? それに、離脱したはずのロード・ケインの部下たちが、あんなに堂々と……」
「厄介なことになってんだよ。まぁ多少予想はついてるかもしれねぇけど……姫様、今この国でアンタは逆賊ってことになってんだ」
D7は頭をボリボリと掻きながら、困り顔でそう言った。
確かにそれは、今までの状況を見れば想定内のことだ。
「過激なレジスタンスの魔女と共謀して、この国をひっくり返そうとしてる、ってことになってる。まぁ要は、アンタもレジスタンスに加担してるってことだ」
「そ、そんな……! どうしてそんなことに?」
そんなのは事実無根だ。そう思われることだってした覚えはない。
今までそういう風になった形跡もないのに、どうしてこの少しの間にそんなことになってしまったんだろう。
私が目を剥いていると、D7は肩を竦めて続けた。
「困ったことに、城はロード・ケインに乗っ取られたのさ。あの人が吹聴したらしいぜ。まったく、泣けるぜ」