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66 花と影と炎

 伽藍堂のような空虚な玉座の間の中で、鮮やかな花びらが群がる。

 全てを灰塵と化す業火から生まれた可憐な花びらは、一帯を埋め尽くすような吹雪となって広間の中を彩りで染めた。

 その中心にいるクリアは、瞬時の変化に対応できず、色とりどりの雪崩れに飲み込まれる。


「……あなたが、あの子の何を知っているっていうのよ」


 それを成したホーリーは、球体状の塊となってクリアを埋め尽くしている花びらの群れを眺めながら、ポツリと呟いた。

 その瞳に浮かんでいるのは怒りではなく、しかし確かに激情が点っている。


「あなたはただ、あの子の優しさを利用しているだけよ、クリアランス・デフェリア。空虚な胸の内を、他人を使って埋めようとしているだけ。そんなあなたに、他人を語る資格なんてないわ。まして、私の親友と、私の娘のことなんて」


 その声が届いているかはわからない。

 ホーリーはただ自己満足のようにそう投げかけると、降ろしていた髪をさっと一本にまとめ上げた。

 パチンとゴムを締めて、同時に深く息を吐く。


「誰に何を言われようとも、私はあなたを止める。それが、私の大切なもののためになるのだから。いかなる謗りも、甘んじて受け入れるわ。だって、あなたを野放しにした先には、未来なんてないんだもの」


 覚悟を持った瞳でそう言い放ち、ホーリーは花びらの塊へと手を伸ばした。

 クリアを埋め尽くし、拘束している花びらの群れ。それらを更に圧縮すれば、ひと一人圧殺するとこは容易い。

 現在のクリアは実体を持たない思念体のような状態だが、それを理解した上で精神に作用するよう力を使えば、ダメージは与えられる。

 精神が、心が形を得ている今の彼女を傷付ければ、精神を殺すことはそう難しいことではない。


 迷いなく、躊躇いなく。ホーリーが拳を握り込もうとした、その時。

 球状の花びらの内側から強烈な火柱が何本も噴出し、次の瞬間には内側から爆裂した。


「危なかったわ。流石は最強の魔法使いさんたち。怖いわね」


 散らばった花びらを全て燃やし尽くし、その内側からクリアの燃える体が姿を現した。

 表情こそ窺えないが、その声色は依然焦りを感じさせない。


 飽くまで魔女であるクリアに自身の魔法を打ち破られたホーリーは、驚愕に顔をしかめた。

 油断などしているわけがなく、当然手加減だってしていない。

 だというのに、彼女の魔法が第三者の手によって、まして魔女の手によって簡単に破られるなど、普通はあり得ない。


「そんなに驚かなくてもいいじゃない。これが、私がアリスちゃんの友達だっていう証拠よ」

「……姫君の『庇護』か」


 得意げに胸を反らすクリアに、イヴニングが舌打ちをする。


「アリスちゃんからの恩恵による、力の底上げ。君ほどの魔女がそれを受ければ、それくらいの力は出せるってわけか」

「まぁもちろん、私だって自惚れたりはしないから、あなたたちに圧勝できるほど強くなっているとは言わないけれど。でもこうして、一時的に打ち破るくらいの瞬発力は出せるし。それに、ジャバウォックを呼び出すのにも、とても役に立つわ」

「最低な使い方だよ、まったく」


 イヴニングは溜息をつきながら頭を抱えた。

 通常の魔女であれば、姫君の『庇護』を受けていようと、魔法使いを容易く圧倒するまではいかない。

 辛うじて善戦できるか、よくて拮抗できる程度だ。しかしもちろん、地の力が強ければ、そこからの伸び代も高くなる。

 そもそも高スペックなクリアがその力を底上げされているという現状は、面倒と言わざるを得ない。


「なるほど、そういうことね。でも、だからなんだっていうの? それなら、徹底的に潰すだけよ」


 ふんと鼻を鳴らして、ホーリーはカンとその場で床を強く踏みつけた。

 すると彼女の足元で白い薔薇の花が咲き、クリアに向かっていくように地面を伝って咲き乱れていく。

 薔薇がクリアの足元の到達する寸前、彼女は大きく飛び上がって、それが触れること避けた。

 薔薇の波は玉座へと至り、それを中心として周囲にわっと咲き乱れた。


「確かに、同感だ。なんだとしても、ねじ伏せることには変わりないね」


 空中に逃れたクリアの眼前に、イヴニングが瞬時に移動していた。

 クリアはすぐさま自身の炎を膨れ上がらせて接近を阻もうとしたが、イヴニングはそれをいとも簡単に振り払って、手をクリアの頭部へと伸ばす。

 その瞬間、クリアの炎の明かりが天井や壁、床に作り出していた影から、黒々とした液状のものが飛び出し、一斉に彼女に飛びかかった。


 クリアはすぐさま体を捻り、そして炎を噴射させてイヴニングの前から離脱した。

 しかし彼女が炎で周囲を照らし続ける限り影は消えず、飛び出した影もまた、彼女へ飛びかかることをやめはしない。

 それでも尚かわそうと飛び回るクリアだったが、彼女の目の前に迫った影の中から突如としてイブニングが飛び出し、その行手を阻んだ。


「っ…………!」


 逃げ回ることに専念していたクリアは、それを避けることができなかった。

 完全に不意をついたイヴニングは、自らの手に影をまとわせて鋭い爪とし、真正面からクリアに切り掛かる。

 クリアは咄嗟にマントを翻したが、イヴニングはマントごとその炎の体を斬り裂き、そうして怯んだクリアに、追い縋っていた影たちが激突した。


 実体のないクリアだが、精神干渉を伴う魔法攻撃は、確実に彼女にダメージを与えている。

 爪による斬撃と、液状の実体を持った影の激突で、クリアは悲鳴を上げて墜落していく。

 そんな彼女の真下には、ホーリーが控えていた。


 先ほどホーリーが咲かせていた薔薇が、一斉に伸び上がっていばらのツタのようになる。

 それらは全てクリアへと向い、鋭く研ぎ澄まされたトゲを持って、彼女を縛り上げんとした。

 クリアがいくら炎を振り回しても、いばらは一切燃えることなく、彼女の体に絡みついてく。


 トゲが炎の体に食い込んでいく痛みに悲鳴を上げながら、クリアは歯を食いしばって炎を凝縮させた。

 ただ燃やすだけではダメならばと、熱線を練り上げて、それを周囲に振り回す。

 燃えることのない薔薇のツタも高温の熱線によって断ち切られ、いばらの拘束が緩んだクリアはぐるぐると体を捻りながら慌ててその場から離脱した。


「割と調子よさそうに見えてたけれど、案外そんなこともないのかな? 大したことないじゃないか」


 広間の入り口付近で着地したクリアに、イヴニングは軽口を叩くように言い放った。


「やっぱり、その状態だと本調子は出ないんじゃないかい? いい加減、本体を出してもいい頃合いだと思うけれど。ねぇ、()()()()()()

「そうね。確かに私では、あなたたちとは真正面からやりあえないわ。でもね、勘違いしているようだけれど、私にはあなたたちと戦う理由なんてないのよ?」


 少し焦りを見せながも、しかし未だ余裕を残したクリアの物言いに、イヴニングは眉をひそめる。

 勝ち目の見えない戦いだとわかっていて、どうしてそうも平然としていられるのか。


「だって、私にとってあなたたちなんてどうでもいいんだもの。邪魔ではあるけれど、でもそれも、ジャバウォックさえ呼び寄せてしまえばおしまい。わざわざ危険を冒して戦う必要がないわ」

「それは、負けるのが怖いから? あなた、私たちに好き勝手言われて、ムカついていたりしないの?」

「そんな安い挑発をしても無駄よ。確かにさっきはちょっとイラッとしてけれど、でも今はそれよりも優先することがあるもの。あなたたちの言うこともすることも、全部どうでもいいわ」


 クリアはそう言って鼻で笑うと、炎の髪をはらりと翻した。


「あなたたちがどんなに強くても、いくら今の私にダメージを与えられても、全部関係ないわ。()()()()()()()()()。その事実がある以上、私に優位があることは変わらないんだもの」

「本当にそうかな? 心がここにあるのなら、いくらでもやりようはあるんだけどね」

「心配しなくていいわ。私、()()()()()()なのよ」


 詰め寄るイヴニングとホーリーに、クリアは余裕の様子を崩さない。

 二人はそこに不穏なものを感じながら、肩を並べてクリアに向き合った。

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