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64 古城での邂逅

 ホーリーとイブニングは花畑を渡り、城へと訪れた。

 クリアランス・デフェリアがこの場所にやって来ている確証はなかったが、しかし現状明確なあてもなかった。

 ドルミーレを打倒するためにジャバウォックを呼び寄せようとしているのであれば、この地の因果を利用する可能性もあるかもしれないという、予測の一つに過ぎない。


 しかし、彼女たちが国中を駆け回ってきた中で、クリアを見つける事ができなかったことを鑑みれば、消去法的にこの場所に絞られる。

 それも飽くまで憶測の域を出はしないが、二人の捜索を完全にかわす事がクリアにできるとも考えにくかった。


 クリアは魔女としては卓越した実力を持ち、多彩な魔法を操る使い手ではあるが、その魔法は飽くまで魔女のものであるからだ。

 現存する魔法の使い手の中で最高峰の実力を有する二人とは、魔法技術に於いて比べるべくもない。

 ホーリーとイヴニングが手ずから捜索をした結果、国のどこにも見当たらなかったのであれば、残すはまだ探していない場所となる可能性が高いのだった。


「────当てずっぽうだったけれど、ハズレじゃなかったかな」


 城内に入るなり、イヴニングはそう呟いて表情を引き締めた。

 極限まで押し殺されてはいるが、城内には何者かの魔力が感じられたからだ。

 二人でも外からでは察知ができないほどに、慎重に息をひそめてあるところに、術者の技量が見て取れる。


 打ち捨てられた古城は静まり返っており、うっすらと感じさせるその魔力の気配を目立たせていた。

 それでも尚、何者かと断定できるほど明確ではないが、しかし二人はそれをクリアのものだろうと判断した。

 ドルミーレが作り出したこの城に、クリアランス・デフェリアは潜伏している。


 ホーリーとイヴニングは魔力感知を最大限に研ぎ澄ませ、慎重に城内を探索した。

 感じられる気配は一人分だけであり、それは玉座の間に近づく程にくっきりとしていく。

 城の中心、主要部にクリアは堂々と居座っているのであろう事が伺えた。


「あら、見つかっちゃったのね」


 二人が玉座の間に訪れると、入り口に背を向ける形で一人の少女が玉座を眺めて立っていた。

 その少女は二人の気配を察すると、背を向けたまま声を上げ、来訪者を歓迎した。

 その言葉に警戒心の類はなく、とてもあっさりとしている。


「いや、どうだろう。私はここに、君の体があるんじゃないかと思ってたんだけどね。どうやら違うらしいから、見つけたと言えるのか難しいところだ」

「それは残念。確かに、さっきまでは私、ちゃんとここにいたんだけれど」


 イヴニングは燃え盛る炎の体を持つ少女を見て、ゆっくりと歩み寄りながら溜息をついた。

 少女はクリアで間違いはない。しかしその見た目は魔女狩り本拠地で見た時と同様、熱い炎で形成されていた。

 つまりそれは彼女の実体ではなく、意識だけがここに存在する分身のようなものだ。


 クリアはイヴニングのリアクションを面白がるように、カラカラと笑いながら振り向いた。

 炎の体ながらも、彼女はやはり大きな三角帽とマントをまとった姿で、精巧に再現された見た目でもその相貌は窺えない。


「ここに誰か来るかと思って、こうしてこの私を置いておいたの。私的にはアリスちゃんに来て欲しかったんだけれど、違う人たちばっかり来るものだから、残念だったわ」

「違う人たちばっかり? 私たち以外に、ここに誰か来たの?」

「あら、余計なことを言っちゃったわね」


 おちょくるような物言いに、ホーリーは顔をしかめた。

 失言したようで、実際はわざと揺さぶるようなことを言っているのが明白だ。


「────まぁいいわ。クリアランス・デフェリア、私たちの用件はわかっているでしょう。ジャバウォックの再現なんて、今すぐやめてちょうだい」

「いやよ。はいわかりましたって、私が頷くだなんて思っていないでしょう?」

「まぁそうね。あなたがそんな聞き分けのいい子だなんて思ってないわ。ただ一応、先に言っておかないといけないと思って」

「建前って怖いわ。これだから大人は」


 惑わされる事なく強く言葉をぶつけるホーリーに、クリアは全く臆する事なく相対する。

 それはとても魔女が魔法使いにする態度ではなく、もちろん少女が大人にする態度でもない。

 以前から時には手を貸し合うこともあったが、クリアという少女はここまで敵意を剥き出すようなことはしなかった。

 むしろ、アリスを守るという共通の目的の元、友好的ですらあった。


 言動に乱れたところがあったにせよ、三人はその点に於いては目的を同じくし、力を貸し合っていた。

 そんなクリアがここまで反発的な態度を取るのは、そもそも目指す先が違っていたからなのだろう。

 似たような道を歩みつつも、クリアが目指すものと二人が目指すものは終着点が違うのだ。


「随分と余裕そうじゃないか、クリアちゃん。本体がないからって、そんなに踏ん反りかえっていていいのかな?」


 魔法使い二人を相手に全く恐れを抱いていないクリアに、イヴニングは軽やかに語りかけた。

 その口振りは普段どおりの気軽なもので、しかし研ぎ澄まされた瞳は燃える体を捕らえて放さない。


「確かに今の君は実体がないから、物理的な攻撃はほぼ意味を成さないだろう。でもさ、君のそれは分身っていうよりは、離脱みたいなものだろう? そこまで精巧に姿を再現し、高い出力の魔法を使おうとするならば、分身を遠隔で操作するなんて方法じゃ、できっこないからね」

「………………」

「今の君の状態は、意識の分離……いや、心の実体化みたいなものかな。つまり今ここにいる君は、体こそないが君自身、君の心はちゃんとそこにある。確かに魔法で作り出した仮初の姿だろうけれど、それを形作っているのは、君自身の心だ」


 まるで世間話でもするように、朗らかに指摘するイヴニング。

 その言葉に、余裕に満ち溢れていたクリアの空気が少し強張った。

 僅かに窺えた口元の笑みが、スッと引き消える。


「だからまぁ、攻撃だってやり方を考えればちゃんと効くだろう。何事にもリターンと同じ分だけリスクが伴う。強力な魔法を一方的に使って自分だけは無敵だなんて、そんなズルはそうそうできやしないさ」

「……それは、あなたの憶測じゃない? この私にいくら攻撃したって、無駄かもしれないわよ?」

「いやいや、流石にそれくらいは見間違えないよ。さっきはあそこにアリスちゃんがいたから、滅多な事ができなくて、見逃すしかなかったけどさ。それに、もし無駄だったとしても、試す価値はあるだろう?」

「…………」


 カラカラと笑うイヴニングに、クリアは口を閉ざす。

 そんな彼女を眺めながら、イヴニングはホーリーと共に広間の中腹まで近づいた。

 手を伸ばしてもまだ届かないが、しかし魔法を即座に撃ち放つには十分な距離だ。


「というわけで、私たちは武力的に君を制圧する事ができるわけだけれど。それでも、まだ好き勝手するつもりかな?と、一応聞いておいてあげよう」

「…………まったく、あなたは本当に嫌な人ね。()()()()

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