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63 選択は今はまだ

 ドルミーレの死後、ホーリーとイブニングは果てしない時の中を生きてきた。

 深い眠りについてしまった親友を探し続け、その意思も思惑もわからないまま、ただひたすらにその存在を探し続けて生きてきた。

 一重に、愛しい友人と再び手を取り交わしたいがために。


 しかし、ドルミーレの眠りは世界への拒絶であり、絶望であることを二人は理解していた。

 つまりそれは、彼女がもう世界のあらゆるものと関わることを拒んでいる証であり、その心の在り処を探し続けていた二人も、その行為が無意味であることを薄々悟っていた。


 けれど、ドルミーレは消え去ることを望まず、眠ることでその存在を保つことを選んだ。

 あらゆるものを拒絶しながらも、それでも尚自らの存在を保つことを望んでいた。

 だからこそホーリーとイヴニングは、彼女の心を内包した『新しい心』を見つけた時、それを守り続けようと決めたのだ。

 これから先、今までよりも更に長い時が経とうとも、いつの日かドルミーレが目覚めることを望む時が来ることを信じて。


「────ねぇ、ホーリー」


 イヴニングは、自らの手を握り締める親友を横目で見ながら、囁くように声をかけた。

 長い焦げ茶の髪が、花畑から流れる柔らかい風になめられてなびく。


「もう二度と、目を覚さないつもりだと思っていたドルミーレ。そんな彼女が、あちらの世界で夢を見ていた。それは、どんな形であれ彼女が、もう一度世界に在りたいと望んでいるからだ。私たちの親友はゆっくりとではあるけれど、長い眠りを経て、歩み出そうとしている。だったら私たちがするべきことは、その手助けをすることじゃないか」

「ええ。そう、よね……」


 頷きながらも、ホーリーは目を細めたまま。

 その瞳の揺らぎは、そのまま心の揺らぎだった。


「二人で、そう決めたんだものね。だからこそ私たちは、あの子に降りかかる試練を決して阻まなかった。あの子の中のドルミーレがこの先目を覚ますのであれば、あの子は彼女にまつわる運命に直面せざるを得ないから……」

「そうだ。これまでアリスちゃんが進んできた道のりは、ドルミーレを内包しているのであれば避けられなかったことがほとんどで、そしてその全ては、ドルミーレの目覚めの礎になる。アリスちゃんが自らを見つめ直し、そして自身のルーツと向き合うことこそが、ドルミーレの目覚めを促すはずだ」

「うん、うん……わかってる。そのために私たちは、今までずっと……」


 ホーリーは何度も小さく頷いて、イヴニングの手を握る力を強めた。

 自分たちが今まで何のために生きてきたのか。何のために這いつくばってきたのか。

 それを忘れてはいけないと、そう言い聞かせるように。


「でも、君が今感じている気持ちは、決して間違いなんかじゃない。そしてそれは決して、罪なんかでもない。そこに罪悪感を覚える必要はないし、私に気後れする必要だってないんだよ」

「イヴ……」

「昨日もちょっと言ったけどね、ホーリー。何も、二つを分けて考える必要なんてないんだよ。どちらを想う心も、立派な君の気持ちだ」


 二人の眼前に広がる花畑は、昔から変わらず鮮やかに揺らめいている。

 この地で起きた惨劇や、悲しみや憎しみ。そういったものを全て無視した、ただ美しい景色。

 世界は醜いと言い放ったドルミーレが、何故この地を根城にしたのかを、二人は知らない。


「でもイヴ。私はやっぱり最低の女よ。ドルミーレにも、アリスちゃんにも顔向けなんてできない。結局私は、何のために、何をやっているのか……」

「そんなもの、大切なもののために決まっているじゃないか」


 ポカンと目を向けてくるホーリーに、イヴニングは敢えて視線を正面に向けた。


「君が今までやってきたことは、何にしたって大切なもののためだ。そしてそれはつまり、ドルミーレのためであり、アリスちゃんのためでもあった。それはこれからだって、変わらないだろう?」

「そうだけど、でも……最後はそうはいかない。私は必ず、どちらかを切り捨てなければいけなくなる。どちらを選ぶかなんて決まってるはずなのに、でも、それを考えるのがとても苦しいの……」

「そんなものは、その時になって決めればいいんだよ。だってその時までは、選ばなくていいんだから」

「そ、そんな……!」


 あまりの暴論に、ホーリーは親友の手を強く引いた。

 抵抗するなく体を揺らしたイヴニングは、くにゃりとホーリーに引き寄せられて、正面から微笑みかけた。


「これもまた昨日言ったけれど。君の心は、既に決まっているはずだ。でも、まだその時じゃないから踏ん切りがついてないだけ。ということは、それまではどうしたってゆらゆらしてしまうのさ。なら、悩んでたって仕方がないと思わないかい?」

「……あなたには、私の気持ちが、わかっているの……?」

「さぁて。君とは長い付き合いだから、それなりに以心伝心できているつもりではいるけれど。ただ、私が君の気持ちを代弁してしまったら、それは君の気持ちではなくなってしまうからね」

「…………」


 イヴニングはわかっているのだと、ホーリーは項垂れた。

 気が遠くなるほどの時間を共にしたこの親友には、自分が決めかねている結論を知られていると。

 しかし確かに、それを他人の口から求めるのはお門違いだ。


「大丈夫だよ、ホーリー。君が君を裏切ることは決してない。君がどんな選択をしようとも、それは君が望む結末だ。もちろん、それをよく思わない人だっているかもしれないけれど、でも、私はいつだって君の隣にいる」

「…………イヴは、私が娘を殺す母親でも、それでも、こうして一緒にいてくれる?」

「もちろん。だって、君にその役目を背負わせてしまったのは、私だからね。私なんかよりもよっぽど君の方がお母さんに向いてるって、私が言ったんだから」


 イヴニングはそう言って微笑むと、ホーリーをそっと抱き寄せた。


「だから、大丈夫。結論を急ぐ必要はないよ。どちらにせよ、ジャバウォックは阻まないといけないんだからね。これは、どちらのためにもなることだよ」


 イヴニングの細い体に抱きしめられながら、ホーリーは小さく頷いた。

 そう。いずれにしても今は、世界に降りかかる脅威を阻まなければならない。

 そうしなければ、どちらも救うことはできないのだから。


 心に渦巻く不安は依然晴れず、自らへの嫌悪感は拭えない。しかし、立ち止まってはいられない。

 いずれ訪れる決断の時まで、今はただ目の前を見ようと、ホーリーは唇を結んだ。

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