59 まずするべきこと
「クリアちゃんがジャバウォックを、か。道理でドルミーレの痕跡を探してたわけだ」
レイくんはテーブルに頬杖をついて唸った。
ジャバウォックはドルミーレの反存在という話だから、そこを紐付けようという話なのかな。
「ジャバウォックを再現させる術式がどういうものか、というところはわからないけれど、ドルミーレの何かは良い引き金になるだろう。ここを襲ったのも納得だよ。ここは彼女所縁の地だからね」
「ここが? それは、この神殿があるからってこと?」
「いや、ここは元々ドルミーレの場所なのさ。その生家があった場所に、僕が後からこの神殿を作ったんだ。まぁ、彼女に由来するものなんて、何にも残っちゃいないんだけどね」
「そ、そうだったんだ……」
つまりここは、ドルミーレを信奉する人たちにとって聖地のような場所なんだ。
それを踏まえれば、ここに神殿を構えてワルプルギスが本拠地とすることも、魔女の安息の地となっていることも納得できる。
それにここがどうして、『魔女の森』と呼ばれているのかも。
「それにしても、ミス・フラワーの身柄を押さえているロード・ケインが、クリアちゃんの側に付いたのかぁ。それはなかなか、最悪の事態だね」
「ドルミーレに深い繋がりがあるミス・フラワーがいれば、クリアちゃんはジャバウォックを呼び寄せやすくなるってこと?」
「多分ね。ドルミーレの痕跡の中で、最上級に適している。良い触媒になるだろうさ。二人の合流を阻止したいところだろうけれど、今からじゃ難しいかもね」
それに関しては手遅れだと、レイくんは溜息をついた。
事前にそれがわかっていれば、レイくんも対処のしようがあったんだろうけれど、でも今それを言っても仕方ない。
今は、ロード・ケインを追っていったシオンさんとネネさんが、それを成し遂げてくれることを祈るばかりだ。
「でもそうすると、クリアちゃんは結局ここで得られるものはなかったってことだよね? なのに、こんなに大暴れをして……」
「うん。まぁ、最初からミス・フラワーを探している素振りもなかったんだけどね。ドルミーレ所縁の地を破壊したいって方が重要で、痕跡に関してはあればラッキー程度だったのかもしれない。彼女にとってドルミーレは、君を縛り付ける憎き相手だろうしね」
「…………」
レイくんをはじめ、ここにいる多くの魔女たちが殺されていないことから、ワルプルギスを狙ったものでもなさそうではある。
クリアちゃんは本当に、私のことを思ってドルミーレを憎んで、それを倒そうとしているんだ。
その気持ちだけなら嬉しいのに、やり方がとことん私の思いとは違って、それがとても悲しい。
「何にしても、状況はよくわかったよ。喜んで、アリスちゃんの方針に手を貸そう。動ける子は少し減っちゃってはいるけれど、総出で事にあたるよ」
あまりにも困った事だらけで気が滅入る中、レイくんはビシッと切り替えてそう言ってくれた。
私を安心させようとしているのか、その表情はとても優しげだ。
「ありがとう、本当に助かるよ。クリアちゃんがどこでいつジャバウォックを出現させちゃうかわからないから、少しでも人手が欲しくて」
「僕はいつだってアリスちゃんの味方だし、ここの魔女はみんな君を大切に思っているからね。君の願いとあらば、全身全霊で力を貸すさ」
レイくんはそう言ってウィンクをすると、少し鋭い顔つきでレオとアリアの方に顔を向けた。
「魔法使いが、魔女狩りが僕ら魔女を狩らないというのなら、僕らだって敵対する必要がないしね。お互い、アリスちゃんの面子を潰さないように、仲良くしないとね」
釘を刺すような言葉の後、レイくんはすぐににこやかな顔で笑いかけた。
レオとアリアは笑顔こそ浮かべなかったけれど、でも敵対的な顔はもちろんしなくて、穏やかな様子で頷き返した。
魔女たちを助けて回って交流する中で、二人の中での認識も少しずつ変わってきたのかもしれない。
「────それで、氷室さんのことなんだけど……ここにいないってことは、合流してないってことだよね……」
みんなを助ける中で彼女を必死で探したけれど、どこにもその姿はなかった。
ずっとうずうずしてことを尋ねると、レイくんは眉を寄せて頷いた。
「ああ。君と一緒に飛ばされてから、僕は会ってないよ。てっきり君と一緒にいると思っていたんだけどね」
「レイくんと合流しててって、お願いしてたんだけど……何かあったのかな……」
「彼女のことだから、君のことを心配して動いた可能性もある。そこで魔女狩りに出会して、もしかしたら────」
「や、やめてよ……!」
想像したくない事に、私は思わず大きな声を出してしまった。
レイくんは「ごめん、意地悪だったね」と、慌てて謝ってくれた。
「ただ、可能性はあることだ。君の心の繋がりが不鮮明になる事態なんて、そうそうはないだろう。クリアちゃんは特殊に多彩な魔女だから、心に関する魔法を使ってそれを誤魔化しているんだろうけれど。普通の魔女や魔法使いには、簡単にできる事じゃない。だとすればやっぱり、その身に何かあったとみるのが妥当だ」
「そんな……氷室さん……」
確かに、私の心繋げるという力は、『始まりの力』から由来するものだから、誰かがそうそう干渉できるものじゃないはず。
特に魔女との繋がりは、ドルミーレから由来するものだからか、『庇護』や『寵愛』という『奉仕と還元』の関係となって結び付きは強い。
その繋がりを感じ取ることが難しいということは、繋がりの先に何かあったということなんだ。
繋がりが断ち切れてはいないから、まだ生きてくれてはいるんだろうけれど。
でも精神が不安定なのか、心が弱っているのか、或いは肉体的なダメージを負っているのか。どの道あまり良い状態ではないはずだ。
「氷室さんを一人にするべきじゃなかったんだ。私が絶対に守るって、約束したのに……」
「アリスのせいじゃないよ。あの時はきっと、誰だってああしたよ」
過ぎたことを言っても仕方ないけれど、どうしてもあの時の判断を後悔してしまう。
俯く私に、アリアが優しく声を掛けてくれた。
「それに、そもそもは私たちのせいだし。私が、アリスをロードの所に連れて行こうとしなければ……」
「まぁ、今言っていても仕方ないよ。わかってるだろうけど。とにかく、彼女が生きているのなら、見つけて助けることを考えないとね」
堂々巡りになりそうな所に、レイくんがビシッと言葉を差し込んだ。
確かに、今誰のせいだ何が間違っていたと、そういう話をしていても仕方ない。
どうしてもうじうじした気持ちになってしまうけれど、まだ手遅れになったわけじゃないんだから、前を向かないと。
私は頭を振って気持ちを切り替えると、真っ直ぐレイくんを見た。
「レイくん、私、まずは氷室さんを探すよ。クリアちゃんのことはもちろん早く見つけ出さなきゃだけど……でも、氷室さんは私の大切な友達だから。今のまま、放ってなんかおけないから」
「そうすべきだろうね。今のままじゃ身が入らないだろうし。まったく、愛されてて羨ましいなぁ」
「そ、そんなんじゃないよ……」
「冗談だよ。まぁなんにしたって、君はそれを優先するべきだ。そうじゃないと君は、アリスちゃんらしくないからね」
レイくんはからかうようにクスリと笑った。
そんな場合じゃないのに、ちょっぴり顔が熱くなる。
でも、確かにレイくんの言う通りだ。
氷室さんの身の安全を確かめずに、私は先に進むことなんてできない。
どんな危険をも顧みずに、一緒に戦うと付いて来てくれた氷室さんを、私は絶対に守るって約束したんだから。
彼女にもし万が一のことがあったりしたら、私は……。
想像しただけで、背筋が凍りついた。
私がこの先を進んでいくためには、彼女の力が必要不可欠だけれど。
でもそれ以上に、氷室さんという存在そのものが、私にとってなくてはならないものなんだ。




