55 離反
いち早く動き出したのは、ロード・スクルドだった。
呆然とした空気の中、彼はすぐに我へと返り、すぐさま駆け出して部屋を飛び出した。
その行動に私たちもハッとして、一瞬遅れて後へと続く。
屋内にも関わらず、ロード・スクルドは魔法で走力を強化しているのか、あっという間に姿を見失ってしまった。
その彼の慌てようがより事態の深刻さを訴えていて、私もまた全力で屋敷の中を駆け抜けた。
開け放たれた玄関口から飛び出すと、出てすぐのところでロード・スクルドが立ち止まっていた。
彼が向いている方に視線を向けてみれば、屋敷の正面方向、敷地の中心部に群がる集団が見てとれた。
黒尽くめのその集団を束ねているのは、ロード・ケインその人だ。
「やぁスクルドくん、それに姫様まで。わざわざ見送りに来てくれるなんて、僕も案外好かれてたのかな? オジサン嬉しいねぇ」
ロード・ケインはこちらに気がつくと、とてものんびりとした様子でそう声を上げた。
相変わらずへらへらとした浮かべて、のんきにこちらへ手を振ってきていてる。
とても離反をしようとしている人には見えないけれど、彼の場合はそもそもが読めないから、騙されちゃいけない。
「ケインさん、一体何をなさっているのですか。今は少しでも人手が必要な状況です。あなたにも陣頭指揮を取っていただきたい。勝手なことをされては困ります」
「いやぁ僕も色々と考えたんだけどさぁ。でも、このままここにいても、あんまり意味ないかなぁと思って」
強張った顔のロード・スクルドの問い掛けに、ロード・ケインはヘラヘラと肩を竦める。
二人の温度差は天と地の差で、見ているこっちがハラハラする。
「デュークスのやつもやられちゃったしさ、魔女狩りも今しっちゃかめっちゃかだろう? 僕は基本的に何でもいいやってスタンスの適当な男だけど、今回はもうこっちじゃないかなぁって」
「こんな状態だからこそ、乗り越えるのには君主の力が必要なのです。今後の国家のため、我々はこの危機を打ち破らなければならない……!」
「スクルドくんは真面目だなぁ。その真っ直ぐ様は、僕はもうよくわからなくなっちゃったよ」
声を荒げるロード・スクルドだけれど、その言葉は全く届いていなかった。
カラカラと乾いた笑みを浮かべるロード・ケインは、自らを卑下するように眉を寄せる。
けれどそれでも、自分の意思や選択には迷いがないというように、瞳は真っ直ぐにこちらへと向けられている。
並行線の会話に、ロード・スクルドは苛立ちを浮かばせている。
そんな彼を眺めた後、ロード・ケインは私の方を見た。
「姫様、さっきは手荒な真似をしちゃってごめんね。悪くない展開になるだろうと踏んでいたんだけれど、少し読みが甘かった。ただまぁどちらにしても、僕の目的は変わらないからね。僕は、一番彼女を救えそうな選択をするだけなんだ」
人の良さそうな笑みを浮かべて、そう言うと、軽やかにウィンクをしてくる。
私は正直、彼になんて声を掛けるべきなのかわからなかった。
クリアちゃんを打倒するために人手が欲しいのは確かだけれど、ロード・スクルドの言葉すら耳を貸さない彼に、私の声が届くとも思えない。
それに、そもそもわけがわからない彼に、何を言うべきかもわからなかった。
ロード・ケインが何故だか、ミス・フラワーを気にかけていることだけは、さっき会った時にわかったけれど。
それ以外は彼が何をしようとしているのかもわからないし、正直状況が全くわからない。
「……ロード・ケイン、あなたは一体何をしようとしているんですか? 君主であるあなたが、この状況で国を放り出して……」
「前に言っただろう? 僕には別に、魔法使いとしてとか、魔女狩りとしての信念なんてないのさ。だからぶっちゃけると、この国や魔法使いの未来がどうなろうと知ったこっちゃない。まぁもちろん、手の回る範囲で最善は尽くすけど」
とりあえず浮かんだ疑問を口にすると、ロード・ケインはのんきに微笑んだ。
「でもそれは、僕にとっての最優先じゃあない。僕にとって一番大切なことは、彼女に安寧を与えることなのさ。それが叶えられれば手段は問わないし、僕はそのために必要なことをする。だからこそ僕は、デュークスのやり方にも手を貸してやってたのさ」
「でも、そのロード・デュークスは倒れてしまった。なら、魔女狩りで協力し合って、状況を良くしていくしかないんじゃないですか?」
「それも楽しそうだけど、でもちょっと違う。だって、デュークスはあんなザマだけど、でもその計画はまだ死んじゃいないんだからね」
「……!? あなたは、まさか……!」
ニヤリと口の端を釣り上げたロード・ケインに、私は思わず息を呑んだ。
ロード・デュークスの計画は死んでいない。つまり、ジャバウォック顕現の可能性があると、そう言うということは。
ロード・ケインは、まさか……!
「あなたはこの国の君主でありながら、クリアに加担するおつもりなのですか!?」
「さてね。まぁ、僕にとって何が最善かを考えると……ね」
驚きと共に声を張り上げたロード・スクルドは、今にも飛び掛かりそな勢いだった。
けれど対するロード・ケインは相変わらず飄々としていて、まるで当たり前のことをしているかのように、何の悪びれもなかった。
「スクルドくん、君だって別に、僕のことを責任感のあるしっかりした頼り甲斐のある奴、だなんて思っちゃいなかっただろう? そうさ、それでいいんだよ。僕は、その時一番いい方につく」
「ええ、私だってあなたの適当さはよくわかっていました。しかし、君主の地位を担う魔法使いであるあなたを、尊敬していました……!」
「君は本当に真面目だなぁ。話してると若返るよ。でも、僕らが同世代だったら、あんまり仲良くできなかったかもねぇ」
ロード・ケインはそう言って笑うと、こちらにくるりと背を向けた。
「未来ある若者と肩を並べるというのも、とても魅力的な選択肢だけどね。残念ながら、オジサンにそこまで余裕はないのさ。この機を逃すわけにはいかないんだよね。代わりと言ってはなんだけど、自分の部下を連れてくよ」
「何を馬鹿なことを……! 彼らは魔女狩りだ。あなたの片棒など……!」
「いやいや、みんな僕と仲良しだからね。誘ったら着いてきてくれるってさ。いやぁこんなくたびれたオジサンにも、まだ人望があって嬉しいよ」
ロード・ケインの部下たちが、みんな彼についていく!?
世界を破滅に導こうときている人の味方をするだなんて、正気の沙汰じゃない。
けれど確かに、彼の周囲に群がっている黒スーツの魔女狩りたちは、付き従う姿勢だ。
「まぁ、そういうことだから。後は頑張ってよ、スクルドくん。君ならなんかこう、いい感じにできるかも。でもまぁ、僕が邪魔するかもしれないけどさ」
「ま、待て! そうやすやすと、行かせるものか……!」
「いや、行くよ。バイバーイ」
ロード・スクルドはすぐさま動き出して、ロード・ケインたちを止めるべく氷結の魔法を放った。
けれどそれよりも一瞬早く、ロード・ケインの魔法が彼らの周囲の空間を歪めていて。
身動きを封じるためにロード・スクルドが放った氷結が彼らへと到達する前に、ロード・ケインを中心とする集団は空間の歪みに消えてしまった。
ロード・ケインが見つからないならまだしも、大勢の魔女狩りを連れて離反して、剰えクリアちゃん側につこうだなんて。
突如として一変した状況に、私たちは愕然とするしかなかった。