表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
880/985

52 クリアの行方

「────さて、それでは肝心のクリア討伐についてですが……」

「あ、待ってください」


 前提の話がまとまったところで、ロード・スクルドはカチリと切り替えて、引き締まった表情で話を始めた。

 しかし早々に私が口を挟んでしまって、彼はほんの少しだけ突っかかったようなリアクションをした。


「いきなりすみません。ただ、認識を統一しておきたくて。私は、クリアちゃんを生きたまま捕らえたいと思っています。だから、討伐という言い方は……」

「確保ですか。確かにそれができるに越したことはありませんが……念のためにお伺いしますが、それは彼女があなた様の友人だから、でしょうか?」


 私の割り込みには悪い顔をしなかったロード・スクルドだけれど、その問い掛けにはやや訝しむものがあった。

 その反応は尤もだし、そう言われるだろうと思っていたから、私は冷静に首を横に振った。


「いいえ、それは関係ありません。私は、彼女が犯してきた罪を、ちゃんと本人に見つめさせて償わせたいんです。そのためには、殺すことが第一目標ではダメなんです。彼女は確かに私の友達ですが、私が守るべき友達は、彼女だけではないので。いえ、友達だからこそ、それで終わらせるわけにはいかないんです」

「失礼、不躾なことを尋ねてしまいました。私はまだ、あなた様のその清純さと純真さを侮っていたようだ。姫殿下は、清らかであるが故に揺るぎなく、成すべきことを見誤らない方なのですね」

「そ、そんな大層なものではないですけど……」


 すぐさま謝罪を口にしたロード・スクルドは、そう言うと優しげに微笑んだ。

 元々お伽話の王子様のように煌びやかに整った顔だから、そっと笑みを浮かべるだけでも輝かしい。

 お兄さんがこんなにも端正だから、氷室さんも美人さんなんだんなぁと、なんだか場違いなことを思ってしまった。


「それでは討伐ではなく、打倒ですね。ただ相手が相手なので、事と次第によってはやはり殺めなければならなくなる局面というのもあるでしょう」

「はい、その場合は……仕方ないと理解しています。ただ前提としては、と」

「心得ました。では、その問題のクリアに関してですが……」


 ロード・スクルドはさっくりと頷いて、柔軟に話を進める。

 この話のわかり具合は、きっと他のロードたちではこうはいかないじゃないだろうか。

 少なくとも、自分の思想があまりもはっきりしているロード・デュークスではまず無理だ。

 それに、会話をしているようで会話をする気がないロード・ケインも、こういう話の展開は無理だろう。

 お母さんは…………まぁ、うん。


「当の本人の所在がわからない、とういうのが苦しいところですね。その場でジャバウォックを発動しなかったところを見ると準備が必要なようですし、そのための時間稼ぎなのでしょうが。その準備が何か、ということでもわかれば、少しは糸口になるかもしれない」


 うーんと唸ってから、ロード・スクルドは私の脇に立つレオとアリアに視線を向けた。


「お前たちは何か心当たりはないのか? デュークスさんの部下であれば、その計画の内情に精通しているのでは?」

「申し訳ありません。『ジャバウォック計画』はロードが単独で進めていたものなので、私たちはその概要どころか、そもそも存在も知らなかったのです」


 期待を込められての問いかけに、アリアが肩を落として答えた。

 世界を丸ごと破壊しようという計画なのだから、確かにそれを部下に手伝わせていたとは考えにくい。


「ただロード・デュークスは、儀式には生贄が必要だと言っていました。そしてその生贄とは、部下である私たちだと」

「い、生贄!? アリアたちが!? それって……!」

「大丈夫だよ、アリス。そのための魔法はさっきアリスが解除してくれたから、私たちが生贄にされることはないよ」


 あまりにもショッキングな事実に、私は飛び上がってアリアの顔を見た。

 けれどアリアは冷静に微笑んで、私の肩を押してソファに座らせる。


「ロード・デュークスは私たち部下に呪詛をまとわせ、それによって私たちを生贄に相応しいように調整していたようなのです。在らざるものを形作るためには、魔法使いの血肉が必要だ、と」

「伝承の存在を現実のものとして顕現させるための、触媒ということか。彼は、そんなことにまで手を染めていたのか……。魔法使いとしては尊敬できる方だと思っていたが……」


 私ほどではないにしろ、ロード・スクルドもその所業にはショックを受けているようだった。

 人の命を弄ぶそのやり方は、外道と言ってもいいほどだ。

 けれど先程の彼の必死さを見ると、彼にはそうする他なかったのかもしれないとも思えてしまう。

 しかしだからといって、到底許せることではないけれど。


「しかし、クリアがそれをそのまま利用できるとは思えないな。術式、ジャバウォック顕現の方法を盗み出したとして、デュークスさんが準備していた外的要因までは流用できないだろう」

「でも、クリアちゃんはジャバウォックを呼び寄せることに、不安要素がありそうな感じはありませんでした。むしろ、自分の方が上手く扱えると、そう言っていたくらいです」

「ならばクリアは、複数の魔女狩りに匹敵する触媒やリソースに心当たりがあるのかもしれません。魔女狩りに選出されるだけの技術と魔力を要した魔法使いを、それも少なくとも十数人揃えて得られる力量に匹敵する、何かを」


 そう言って、ロード・スクルドは顎を押さえて再び唸った。

 私は魔法の理論や仕組みについてはよくわからないから、そうして理論的なことには知恵を絞れない。

 ただ、人の命を焚べようとしていたものなのだから、それは相当のものなんだろう。

 それに代わるものと言われても、いまいちピンとこない。


「触媒についての検討はつきませんが……」


 みんなで首を傾げる中、シオンさんがおずおずと口を開いた。


「彼女が最終的にことを成す場所に選ぶのは、王城ではないでしょうか」

「それは、先程の話にあった、この国や前女王憎しからくるものか?」

「はい。少なくともクリアは、アリス様をしがらみから解放しようとしている。ならば、その象徴であるこの国の城を、滅亡の先駆けにするのではないでしょうか」


 私がお姫様になった場所であり、お姫様としている場所。そして、女王様が君臨していた場所だ。

 そう考えると、そこから崩壊を起こしていきたいと思うのは順当な気がした。


「それに、王城はあらゆる魔法の宝庫。我が国の魔法の最たる場所であり、魔法の叡智が集まる場所。その気になれば、十分な魔力リソースを用意することもできるでしょう」

「確かに。国の根幹に攻め込むリスクはあるが、今更奴がそれを恐れるとも思えない。奴が一番憎むものを起点に事を始め、全てを終わらせようとしている可能性はあるな」


 シオンさんの推論に、ロード・スクルドは大きく頷いた。

 情報があまりにも少ない現状では、いろんなことに想像を巡らせるしか対策のしようがない。

 クリアちゃんは考えることがめちゃくちゃだから、その思想や行動原理を理解することは難しいれけれど。

 でも本能的な衝動で取捨選択をしている部分があるから、そこを踏まえて予測を立てることはできる。

 彼女が強い感情によって行動するのであれば、一番憎むものを利用し、そして真っ先に破壊しようとすることは大いに考えられると、私も思った。


「もし奴が目指す場所が王城になるのでれば、今回のように守りを突破されたら、その時点でまずい。やはり、奴がことを起こす前に見つけ出し、対処をしなければならないな」

「そうですね。ただ、彼女が立ち去ってからこの数時間、まだ何も動きがないことを考えれば、やはりなんらかの準備に時間を要しているのでしょう。総出で迅速に当たれば、彼女が城に現れる前に防げるのではないかと」


 シオンさんの言葉は全く物怖じがなく、君主(ロード)に対しても毅然としている。

 自分の主人(あるじ)が不在の中で仲間を取り仕切っていたからか、その態度には迷いがなかった。

 そんな彼女にロード・スクルドも信頼を置いているのか、安心した面持ちで耳を傾けている。


 魔法使いたちのやりとりを見て、これは私だけでは考えもつかなったと、改めて協力を得られたことにホッとした。

 魔法使いとは今ままで決していい関係ではなかったけれど、でもこの国を思う気持ちは同じだから。

 今この時だけでも取り敢えず、個人的な感情を抜きにして手を取り合えることが、本当に嬉しく思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ