51 迷い
しばらくの後、ロード・スクルドの部下の人たちが呼びに来て、私たちは君主の執務室へと案内された。
ロード・スクルドの部下の魔女狩りたちは、皆一様に黒いライダースーツのようなスタイリッシュな格好をしている。
革張りのパリッとした質感に、所々プロテクターのような体を固めていて、とても引き締まった印象を与える。
魔女狩りの人たちは、統率者ごとに違う出立をしていて、でもみんな夜闇に紛れるような黒づくめ。
けれどそんな中でも、ここの人たちの格好が一番戦闘服めいていて、まるで暗殺者のような風体に思えた。
ロード・スクルドの執務室は、私たちが先程までいた客間よりも広く、優雅なデスクとは別に応接用の大きなテーブルと、それを囲んで奥深いソファが備え付けられていた。
室内の物はどれも高価そうではあるけれど、飾り気は控えめで、慎ましさのようなものが窺える。
ロード・デュークスのところは入り口や応接室くらいしか見ていないけれど、それでも両者の誇示の違いがわかるような気がした。
着席を促されて私が一番手直なソファに座ろうとすると、ロード・スクルドは慌てて私を上座へ勧めた。
なんだかむず痒かったし、この屋敷の主人は彼なのだからと思ったのだけれど、強く言われてしまっては言い返せず、仕方なく私は一人掛けのソファに腰掛けた。
レオとアリアはロード・デュークの時と同じように、ソファの横に立って脇を固めてくれた。
そんな二人を感心した顔で見ながら、ロード・スクルドは向かって右側のソファに腰を下ろし、シオンさんとネネさんはその対面、向かって左側に落ち着いた。
「────なるほど、お話はよくわかりました。今この国が置かれている状況、そしてあなた方の推論も」
改めてさっきまでの出来事を説明し、そして今まで私たちで話していた仮定を説明すると、ロード・スクルドは大きく息を吐きながら頷いた。
この地で起きた事件の対処はロード・スクルドが指揮をとって対処してくれたから、魔女狩りが置かれている状況は彼もよく理解しているはず。
けれど問題はこれからどうするか、クリアちゃんにどう対応するかということだ。
それを思い悩んでいるのか、ロード・スクルドの顔は険しい。
「まずは、謝罪をさせてください。クリアが襲撃してきた際、私自らが対応していれば或いはこうはならなかったかもしれません。私の未熟さ故のことです」
「いいえ、別にあなたが悪いとは思っていません。ただ、一応どうしてか聞いてもいいでしょうか。その口振りでは、決して出られなかったわけではないようですし。それに、魔女狩りの仕事を放棄している、というわけでもなさそうですし……」
深く頭を下げるロード・スクルドに、私は首を振りつつ質問を投げかけた。
彼は私の協力をしてくれると言っていたし、それにこの場にいる以上その責務を全うするつもりではあるようだけれど。
でもあの時、一番クリアちゃんに対処できるであろう彼は、姿を現さなかった。
その矛盾とも言える行動の真意は、これからのためにも確認しておかなければならない。
ロード・スクルドは頭を上げると、恥ずかしそうに眉を寄せた。
「────正直に申し上げれば、迷いがあったのです。魔女と戦うことへの迷い、自分の行いへの迷いです。自分のしていることの正しさに、私は迷っていたのです」
「え、え? 他でもないあなたが、何を……。だってあなたは……」
「はい、返す言葉もありません。あなた様からしれみれば、私にそんなことを言う資格などない。けれど姫殿下、私に迷いを与えた一因は、他でもないあなた様なのです」
思いもよらなかった発言に、私は思いっきり困惑を表してしまった。
もちろんそれは私だけではなく、この場の全員が戸惑いを覚えている。
そんな私に、ロード・スクルドは透かさず言葉を続けた。
「もちろんあなた様に責任を転嫁するつもりはありません。しかし、昨日示されたご意志を受け、そして姫殿下が必死に戦いを止めようとしている様を拝見し、私にも思うところがあった。それに以前、ホーリーさんから言われた言葉も、私の中で引っ掛かっていたのです」
「ロ、ロード・ホーリー……?」
「はい。彼女は、魔法使いと魔女が争う現状に疑問を呈していました。そしてそれらの関係性の是非を。彼女の考えは決して、魔法使いとして常識的なものではありませんが、しかし私はその言葉を無視できなかった」
ロード・スクルドはそう言うと、ロード・ホーリーの部下であるシオンさんとネネさんをチラリと窺った。
彼女たちが持つ志に面影を感じたのか、そっと眉を寄せる。
「私としては、その根底が狂うことなどまずありえないことでした。いえ、私だけではなく、魔法使いならば誰でもそうでしょう。魔法の使い手として、我々魔法使いは自身に誇りを持ち、それを徒に振るう魔女を受け入れることはできない。それに何より、彼女たちがその身に宿す『魔女ウィルス』は危険だ。しかし、そこにもし、本来境界線がないのだとしたら、私がしていることは果たして正しいことなのかと。もし、もし万が一それが誤った行いだったのならば、私は…………」
そう言って視線を落としたロード・スクルドは、毅然と振る舞おうとしているけれど、不安が滲みあふれていた。
魔法使いならば本来、そんな話が上がったとしても、自分たちへの揺るぎない自信から鼻で笑うんだろう。
けれどその中で彼の胸に引っ掛かったのはもしかして、氷室さんのことがあるからなんじゃないかって、そんな気がした。
これは私のただの希望に過ぎないかもしれないけれど、でも。彼の碧い瞳の揺らぎは、そう言っているように思えたんだ。
魔女狩りという行いに万が一正当性がなかったのならば、彼は自分が妹へした仕打ちを許せなくなるからだ。
彼はとても真面目で厳格な人だから、魔法使いとしての在り方や、ルールを決して破らないのだろう。
だからこそ、彼は肉親ですらも切り捨てて、無情に打ち捨てたのだろうから。
でもその根本のルールが、間違っているのだとしたら……。
「────そんな彼女の言葉と、あなたの姿勢を目の当たりにして私は、君主でありながら迷ってしまったのです。相手がクリアであったとしても、魔女を敵視することは本当に正しいのかと。いや、あのクリアだからこそ、だったのかもしれません」
「ロード・スクルド……」
情けないでしょうと苦笑する彼の姿は、先日氷室さんを襲った時とは全く違った。
その言葉に絆されるつもりはないけれど、しかしやっぱり彼は物事に真っ直ぐに向き合える人なんだと、私はそう思った。
「正直、それについての結論はまだ出ていません。二千年続くこの国と、そこで栄えた魔法使いの思想は、そう簡単には崩すことはできない。私は、それを根底にして生きてきましたから。しかしその成否がいずれにしろ、クリアの悪行を許す理由にはならない。その決意は、もうできています。私は、この国を守る魔法使いのなのですから」
碧い瞳に強い意思を宿してそう口にしたロード・スクルドは、決然と私を見つめた。
彼は一人の魔法使いとして自らの在り方を迷い、しかし魔女狩りとしてこの国を守らんとしている。
考え方が完璧に合うわけではないけれど、でも、今すべきことへの志は同じように感じられた。
氷室さんのことで、私は彼の行いを許すことはできないけれど。
でも、今この国と多くの人々を救うための仲間としては、信頼できると感じた。
「あなたの気持ちはわかりました。一緒に戦っていただけるのなら、それはとても嬉しいです。ロード・スクルド、改めてよろしくお願いします」
私もまた真っ直ぐに目を見てからそう頭を下げると、こちらこそと彼もすぐさま頭をおろした。
この人はやっぱり悪い人ではないんだと、その素直な姿勢に、私は思ってしまった。