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50 身の振り方

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「おいおい、なんてことになっちゃってんだよ」


 魔女狩り本拠地『ダイヤの館』の君主(ロード)の部屋で、ロード・ケインは変わり果てた友を見下ろして息を漏らした。

 そこには、ベッドの上で静かに目を閉じるロード・デュークスの姿があった。

 厳密にいえば、デュークスは花園 アリスの迅速な治癒魔法により一命を取り留め、焼け爛れた外見も回復している。

 ただ眠っているような彼だがしかし、死の淵に瀕したダメージは深刻で、快方の兆しはまだない。


 彼の部下による懸命の治療もあり、デュークスの体は確かに回復が進んでいる。

 しかし意識を取り戻すことはなく、そこに彼が負ったダメージの深刻さが窺えた。

 命は繋いでいる。しかし常に卑屈な笑み浮かべ、策謀を巡らせていた彼がただ昏睡している様は、ケインにとっては十分に変わり果てたものだった。


「目的、果たせてないじゃないか。彼女も救えてないじゃないか。志半ばにも程があるぜ」


 治療を担当していた魔法使いは今はおらず、部屋にいるのは男二人。

 ケインは誰に憚ることなく大きな溜息をつくと、手近にあった椅子によろよろと腰掛けた。


 デュークスの執務室から繋がるこの寝所は、彼がよく仮眠を取るために用いていた部屋だった。

 屋敷内は彼の権力と地位を誇示するように、豪華絢爛に飾られているが、この部屋はとても質素なものだ。

 辛うじてベッドはゆとりを持ったサイズだが、それもさして質の良いものではない。

 部屋の中にあるのは、ベッド以外には椅子と小机が一つずつ。

 全く飾り気のない、ただ数時間横になるためだけの場所だった。


 そんな寂れた部屋の中に、一つだけある窓からは燦々と陽の光が差し込んでくる。

 辛うじて備え付けられている白いカーテンが、その光をヒラヒラと踊らせて、どんよりと暗い室内を舐めている。

 ケインはしばらくその光の瞬きを眺めてから、もう一度友へと視線を動かした。


「君がこんなこけ方をするとは思わなかったよ。やることは乱暴だけど、でもやる時はやる奴だって、僕は知ってたからさ。でもこれが結果、これが実力ってことだ」


 血色の悪いデュークスの顔を見て、ケインは眉を落とす。

 見慣れた顔はいつも顔色が悪く、これ以上白むと思っても見なかった。

 その姿が、彼には哀れに映って仕方がなかった。


「僕は結構、君に賭けてたんだぜ? なるようになれとは思ってたけど、僕と君の仲だからさ。色々手を回したり、してたんだ。でもこうなっちゃ全部無駄。しっかりしてくれよぉ」


 大きくのけ反って、わざとらしく天を仰ぐ。

 顔を手で覆って、あからさまに落胆して見せても、不機嫌そうな反論は返ってこない。


「……君の目的、君がしようとしていた先には、僕の目的だってあったんだ。僕はどんなやり方だって構わなかったけど、でも、君の計画が一番手っ取り早いとは思ってたんだよ。まぁ大分危なっかしいけどさ。だから正直、この結果に僕はかなり失望しているんだよ、デュークス」


 虚しい一人芝居に唸り声を上げて、ケインはそのまま腕をだらりと下げた。

 無機質な天井を見上げたまま、椅子に気怠そうに体を預け、独り言ちる。


「勘弁してほしいよ、全く。こうなったら、お姫様を使って魔女掃討ってわけにもいかなさそうだし。お先真っ暗だよ、本当にさ。これも、君が負けちゃうからだぜ? 魔女狩りの君主(ロード)が、魔女にやられてどうするんだよ」


 ケインは普段の緩やかな調子で言いつつ、言葉にはとても棘がある。

 不覚を取り、よりにもよって魔女に敗れたデュークスに対して、全く遠慮がない叱責だった。


「死人に鞭打つのは、流石にまずいか……いや、君はまだ死んじゃいないからいいよね。たまには僕の悪態に付き合えよ。いつも愚痴を聞いてやってたんだからさ」


 まぁ、君に聞いてくれと頼まれたことはないけどね、と。一人で含み笑いをするケイン。

 それから徐に立ち上がって、再度デュークスを見下ろした。


「君がこうなっちゃった以上、僕も身の振り方を考えないと。いつまでも、気のいい親友ポジションでいてやれないさ。僕にだって、僕の目的がある。ここで躓いた君はリタイアだ。僕は一人で先へ向かう。君の尻を拭いてやる甲斐性は、残念ながら僕にはないんだよね」


 ケインの視線は冷たく、それは決別の意思を孕んでいた。

 元来、彼はデュークスの味方をしていたわけではなく、ただ都合のいい時に都合のいいように手を貸していただけなのだから。

 デュークスもそれを理解していた。そもそも彼自身は、ケインの協力を必要としたことなどなかった。

 旧友である二人だが、彼らの関係とはそういうものだった。


「今一番僕の目的に近そうなのはやっぱり、ジャバウォックを呼び寄せられるあの子か。なんていうか、つくづく保険はかけておくものだと実感するよ。あれだよ、誰とでも仲良くしておいた方が、いざって時の役に立つ。まぁ、前に彼女にジャバウォックの話をしておいたのが、吉と出たのか凶とでたのかは、わかんないけど」


 一人で寂しい笑みを浮かべると、ケインはひらりと身を翻した。

 大袈裟にローブをはためかせる彼の背中は、もう二度と振り返らないと語っていた。


「……デュークス、僕は僕が救いたいものを救うよ。それは君の望んでいた形ではないかもしれないけどね。というか、君が長年積み上げてきたものを、魔女の手によって実現されるとあっては、この上ない屈辱だろうけれど。でもまぁ、事が成ればフローレンスもきっと救われる。それで、許してくれよ」


 最後にそう言い残し、ケインは寝所を後にした。

 飄々とした笑みを浮かべる彼の瞳は、いつになく真剣な光が瞬いている。

 状況はもう選択の余地がない所まで来たのだと、彼は覚悟を決めていた。


 例えどんな手段を取ろうとも、旧友の信念に背こうとも、悪しき思想に加担したとしても。

 最終的に目的を果たせればそれでいい。それができれば勝利なのだ。

 ケインは一人、その想いを噛みしめた。




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