44 今と昔の同異
「こんな話をした後で何ですが……」
余裕を取り戻したシオンさんは、ゆっくりとお茶に口をつけながら柔らかく切り出した。
張り詰めたものがなくなって、普段通りの優しそうなお姉さんの雰囲気だ。
「アリス様に、クリアの詳しいことをお伺いしたいと思いまして。一応、こちらが本題のつもりでお邪魔したのです」
「あぁ、えーっと……」
はにかみ、頬を掻きながらも、真面目に質問を投げ掛けてくるシオンさん。
カチッと切り替えて、一人の魔女狩りとして職務を全うしようとする女性の姿だ。
そんな彼女に、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ごめんなさい。私、正直クリアちゃんのことはあまり知らないんです」
「え? だって、アリス様はクリアと友達なんでしょ? 考えてることがわけわかんなくても、ある程度人となりはわかるでしょ」
「うーんと。昔のことなら少しって感じで、今の彼女に関わりそうなことは、全然……」
への字口で首を傾げるネネさんに、私は居た堪れなくて首を埋めた。
確かに、私とクリアちゃんが友達ならば、そこから何か情報を得たいと考えるが当然だ。
でも私が知る彼女は、『魔女の森』で出会った透明人間の頃が大部分で、けれどその時と今ではあまりにも違って、もはや何もわからないレベルだ。
「さっきもちょっと言いましたけど、私、クリアちゃんが狂気の魔女と呼ばれる所以を、全然知らないんです。だからむしろ、私の方が彼女のことを知りたいくらいで……」
「なるほど……確かに、クリアが大きく騒ぎを起こすようになったのは、アリス様が国を去られた後。それ以前も問題は起こしていましたが、今に比べればそこまででした。アリス様がそのことをご存知なくても仕方ないですね」
力になれなくてすみませんと頭を下げると、シオンさんはとんでもないと首を横に振った。
私が国にいた頃にも、クリアという危険な魔女がいるという噂はあったけれど、当時の私はそれがイコールクリアちゃんだとは信じられなかった。
それに、その後に一度だけ会ったクリアちゃんも、とてもそんな雰囲気を感じさせなかったから。
私の中のイメージは、本当にただの大人しい女の子で。
多くの人たちを襲い、傷付け、殺してしまうような、そんな猟奇的な面は全く想像ができなかった。
けれど、今回こうして直に言葉を交わしてみれば、あれがクリアちゃんだということは否定できなかった。
「ちぇ、収穫なしか。何か付け入る隙が見つかるかもって、思ってたんだけどなぁ」
「いえ、一概にそうとも言えない。私たちにとってのクリアは、傍迷惑で凶悪な魔女ですが、アリス様としてはそうではないのでしょう? 差し支えなければ、あなたの知るクリアのことを教えて頂けませんか?」
つまらなさそうに唇を突き出すネネさんに対し、シオンさんは意欲的な視線を向けてきた。
確かにその認識の違い、いや視点の違いは何か切り口になるかもしれない。
今更、別人でしたってことにはならないだろうけれど、クリアちゃんという人を見るのにヒントなるかもしれない。
私は大きく頷いて、私が知るクリアちゃんについてを、みんなに話して聞かせた。
『魔女の森』出会った、人見知りで引っ込み思案で、気弱な透明人間だった女の子のことを。
「────クリアが、透明人間だった、か……」
凡そを話し終えた後、ネネさんがポツリと呟いた。
いつものようなつまらなそうな顔はしていなくって、けれど難しい顔のせいで仏頂面は際立っている。
「当時の私は、魔法がある世界ならそんなこともあるのかなって、なんとなく受け入れていたんですけど。実際そういうことってあるんですか?」
「いや、ないかなぁ。魔法で透明になることはもちろんできるけど、自分の意思に関係なく継続的に透明であり続ける……透明人間になっちゃうって話は、普通ではないかな」
ネネさんは眉をぎゅっと寄せたまま、何かを考えながらボソボソと答えてくれる。
私が話した昔のクリアちゃんの話が、あまりにも今と噛み合わないから、咀嚼するのに時間がかかっているのかもしれない。
「そうですね。少なくとも、この世界においても透明人間という明確な存在はありません。彼女が魔女である以上、それは魔法による効果の結果。ただ、当時の彼女の言う通りそれが自発的なものでないのであれば、考えられるのは魔力の暴走でしょうか」
シオンさんもまた、難しい顔をして唸っている。
腕を組みながら顎に手を添える様子は、何だかとても様になっていた。
「長い間透明であり続ける程に魔力が暴走していたとなれば、潜在的な力量はかなりのものでしょう。正直、一介の魔女、それも幼い少女のものとは思えない。しかし、現在の彼女の規格外ぶりを見れば……」
「まぁでも、その情報で納得いく部分もあるよね。どうしてクリアが常にマントをすっぽりまとって、姿を隠してるのか、とか。あと、他にも色々と、さ……」
ネネさんはそう言い出して、しかしすぐに眉をひそめた。
そんな彼女を見遣ってシオンさんがすぐに言葉を挟んだ。
「そうですね。謎はありますが、アリス様の知る昔のクリアの情報は、今の彼女に通ずる部分がある。透明人間だったということ以外にも」
「でも、今と昔では性格があまりにも違いすぎませんか? 正直面影はないと私は思うんですけど……」
「そうですね。彼女単体を見れば、別人のように感じられます。けれどその背景を伺った限り、私たちが知るクリアや、彼女に関して得ている情報に関連を感じるのです」
本当に参考になったのかと不安になる私に、シオンさんは優しく微笑んだ。
「今更あなたを責めるつもりは全くありません。しかしやはり、クリアランス・デフェリアはアリス様に出会ったからこそ、今の狂気を持ったのかもしれません」
責める口調ではなく、飽くまで穏やかにそう言うシオンさん。
でもそれは、私の心にずしんとのしかかってきた。