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36 クリアのやり方

 室内は一瞬、シンと静まり返った。

 けれど目の前の彼女が打ち砕いてきた壁の外では喧騒が広がっていて、すぐにザワザワとした雑音が飛び込んでくる。

 けれどそんな中でも、突然現れ、そして突然場をひっくり返したクリアちゃんに、私たちの意識は集中した。


「ク、クリア……!」


 真っ先に動きを取り戻したのは、レオとアリアだった。

 私の両脇で身を寄せてくれていた二人は、乱入してきたその姿を見とめるなりすぐさま私の前へと出た。

 混乱しながらも臨戦態勢を取る二人からは、緊迫した気配が伝わってくる。


 そんな二人の素早い行動に、私もすぐに我に返った。

 今にも飛びかかりそうな二人に、ちょっと待ってと制して、私はゆらゆらと炎をまとうクリアちゃんに目を向けた。


 クリアちゃんはロード・デュークスを押し倒し、足蹴にして佇んでいる。

 既に二発の攻撃が彼の体を貫き、そして燃える足に腹部を踏み付けられているせいで、ロード・デュークスはうめき悶えていた。

 不意打ちかつ、強烈な痛みが襲い続けているからか、反撃をする余裕はないように見える。いや、もう十分すぎるほど致命傷なのか。


「クリアちゃん……! とりあえず、その足を退けてあげて! そのままじゃ死んじゃうよ!」

「ダメなの? この人、アリスちゃんの敵でしょ? せっかく倒して助けてあげたのに」


 慌てて私が声を上げると、クリアちゃんはポカンとした様子で首を傾げた。

 相変わらずその顔は見えず、表情を窺うことはできないけれど、本当に意味が理解できないという様子はよくわかる。


「確かに対立はしてるけど、でも死んでほしいわけじゃないの。私は、誰にも傷ついて欲しくなんてないから。だからクリアちゃん、助けてくれたのは嬉しいけど、でも、放してあげて」


 クリアちゃんが彼を攻撃し、スイッチの役割を果たしていたであろう花びらを破壊したからか、ジャバウォックの出現は阻めたようだ。

 けれど、私の目的は飽くまでジャバウォックの阻止であって、ロード・デュークスを亡き者にしたいわけじゃない。


 私のお願いに、クリアちゃんは少し不満げに唸った。

 それから何故かお母さんの方を見て、そして夜子さんへと視線を移した。


「それでいいの?」

「まぁ、そうだね。私たちとしても、不要な殺傷は避けたい。積極的に殺す意思はないよ」

「ふーん。そうなの」


 何故クリアちゃんは夜子さん尋ねるのか。

 一瞬理解ができなかったけれど、すぐに私はこの事態に当たりがついた。


 さっき外で爆音が響いたのが、クリアちゃんが魔女狩り本拠地に侵入した、その騒ぎだとすれば。

 彼女はきっと、夜子さんたちの手引きによってこの地に招かれたのかもしれない。

 この敷地には強力な結界が張ってあったし、それを魔女の身で突破するのは難しいだろうけれど。

 夜子さんたちが何らかの手引きをしていたのなら、こうして彼女がここにやって来られたことに納得できる。


 元々好戦的で突飛な行動を取るクリアちゃんに、ここを襲撃させて場を撹乱させ、ロード・デュークスには全く予期できない戦力として、最終的にはこちらに合流させる。

 夜子さんたちとクリアちゃんの結び付きが、どの程度のものなのかはわからないけれど。

 でも彼女には、私がピンチだとか伝えれば、焚きつけることには苦労しなかったんだろう。


 魔女であるクリアちゃんを魔女狩りの本拠地に呼び込むことは、正直危険極まりないにも程がある。

 それでも完全なる不意打ちとはいえ、君主(ロード)に深傷を負わせられたのだから、やっぱり魔女としての実力はとても高いんだろう。


 しかしそれでも、もっと早い段階でかたがついていれば必要ない、保険的な要素だったのだろうけれど、結果的には有効ではあった。

 私が出しゃばらず、夜子さんたちに任せていたら、ここまで至らなかったかもしれない。

 結果的に私が、ロード・デュークスに切り札を使わせそうになってしまって、そして結局夜子さんたちの保険が功を奏したんだ……。


「────でも私的には、アリスちゃんに仇をなす不安分子は摘んでおきたいところなのよねぇ」


 クリアちゃんは足元のロード・デュークスを見下ろすと、炎の足で更にグリグリと踏みつけた。

 炎を物理的に押し付けられ続けている彼の体には、火が燃え広がり、苦悶の呻き声が部屋中に響いた。


「ダメ、やめてクリアちゃん! それ以上は────!」

「それにこの人の計画ってやつ、アリスちゃんの為になるみたいじゃない? それ、私が貰おうかなって思ってるの」


 一人楽しそうに笑うクリアちゃんはそう言うと、すっと手を伸ばし、ロード・デュークスの頭を鷲掴みにした。

 もちろんその手も炎に包まれていて、容赦なく彼の頭部を火の手が蝕む。

 生きた人間にするには余りにも酷い所業に、思わず私はたじろいでしまった。


「────ふぅん、なるほど。そういうことね。確かにこれは、アリスちゃんを解放するには有効ね」

「君は、何をしているんだッ……!」


 竦んでしまった私の代わりに、夜子さんが声を上げた。

 夜子さんは直ぐに周囲に影の黒猫を大量に生み出し、それを一斉にクリアちゃん目掛けて飛び込ませた。

 その黒猫たちが突っ込む寸前で、クリアちゃんはロード・デュークスを放すと、ぴょんと跳び上がってその攻撃をかわした。


 黒猫同士がぶつかり合って、影の霞となって消え去った後、クリアちゃんはロード・デュークスの側に着地した。

 全身を火の舐められたロード・デュークスは、ぐったりとしたままピクリとも動かない。

 辛うじて聞こえる呻き声のようなものが、彼のギリギリの生存を告げていた。


「クリアちゃん、君は一体何を考えているんだい? 私は君に、一緒にアリスちゃんを助けようって言っただけだよ? 彼の頭の中を覗いて、どうするつもりなんだい?」


 夜子さんはソファの乗り換え、私の前に身を乗り出すと、刺々しく声を上げた。

 炎が揺らめくクリアちゃんは、炎の三角帽子とマントに身を隠しつつ、口元をニンマリと歪めた。


「もちろん、アリスちゃんを救うのよ。私は昔からずっとずっと、それしか考えていないんだもの。この人の計画、ジャバウォックを使うというのは確かに、ドルミーレ打倒にとても適しているわ」

「まさか君が、『ジャバウォック計画』を引き継ぐというのか……!?」

「別に彼の思想には興味ないけど、でも、彼が組み立てていたジャバウォック顕現の術式は、とても面白そうだから」


 そう言ってカラカラと笑うクリアちゃんに、この場の全員が言葉を失った。

 ロード・デュークスを倒し、『ジャバウォック計画』の発動を阻止できたかと思ったのに。

 まさか魔女であるクリアちゃんが、ロード・デュークスとは何も関わりのない彼女が、そんなことを言い出すだなんて。


「だ、だめだよ……やめてよ、クリアちゃん。私、それを止める為にロード・デュークスと、必死に話し合ったんだよ……!」

「でも、あなたをドルミーレの呪縛から解き放つには、それが一番手っ取り早くって、何しろ確実でしょ? なら、私はあなたのために、これを使うわ」


 目の前の無残な状況、そして思いもよらなかったクリアちゃんの言葉に、頭は混乱して体の震えが止まらない。

 それでも懸命に言葉を紡いでみたけれど、クリアちゃんはにこやかに笑うだけで、こちらの意思は全く伝わらなかった。


「安心して、アリスちゃん。私があなたはを救ってあげるから。このジャバウォックで、私がアリスちゃんを解放するわ……!」


 全員が凍りつく中、クリアちゃんだけが歓喜の声を上げた。

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