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34 もう振り回されない

「今度は何事だ……!」


 建物を揺らす激震に、流石のロード・デュークスも声をあげた。

 しかし部屋の窓は相変わらず暗闇で覆われていて、外を窺い見ることはできない。

 お母さんが登場した扉は未だ開け放たれているけれど、そこにも暗闇の幕のようなものが張られていて、室外の様子を目にすることは不可能だった。


 何かが起きたのだろうけれど、しかしそれを知ることができない。

 そんな状況に顔をしかめるロード・デュークスに、夜子さんとお母さんだけが余裕の様子だった。

 夜子さんの口振り的に、何が起きているのかは把握していそうだけれど。でもそれを伝えないことこそが、思惑なんだろう。


「まぁ落ちこうよ坊や。もう何がどうこうとか、関係ないからさ」


 絶えずニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる夜子さんは、それでいて固い声を出す。


「君が軽率な気持ちでジャバウォックに手を出しているんじゃないってことは、私たちもよくわかっているさ。君はとても優秀な魔法使いだからね。けれど、君が信念を持って行おうとしているのと同じように、私たちも信念を持ってそれを阻止したいと思っているのさ」

「だからもう、半端なことはしないわよ、デュークスくん。あなたに姫君の身柄を押さえさせはしないし、計画は必ず潰えさせる。いくらあなたでも、私たち二人を同時に相手したくはないでしょう?」


 二人の女性の口調は優しそうで、しかし剥き出しの敵意がとても刺々しい。

 最早、表面上の朗らかさでは補えておらず、その姿から威圧が吹き出しているようにすら思える。

 二人の強かな態度に、ロード・デュークスは苦い顔をした。


「とうとう実力行使というわけか。しかし、ここは我が屋敷だぞ? テリトリー内では、相手が貴様らとて私の優位性はそうは崩れん」

「血気盛んだねぇ坊や。別に力で捻じ伏せるとは言ってないじゃないか。まぁ、君がそれをお望みならば、それでも構わないけれど」

「私たちだって、やり合わずにことを収められるのならそうしたいのよ。だからこそ私は今まで、飽くまで平和的にあなたを制してきたでしょう?」


 対話で解決を図ろうとしている二人に対し、ロード・デュークスは顔をしかめて鼻を鳴らす。

 私と話していた時だって譲る気は全くなさそうだったし、一筋縄ではいかないどころの話ではなさそうだ。

 彼的には最早、邪魔者を全員排除してしまいたいんじゃないだろうか。


 ロード・デュークスとお母さん、そして夜子さん。

 三人の君主(ロード)が一同に介して対立していることで、場の空気は完全にそちらの流れに支配されてしまっている。

 私は状況に流されっぱなしで、大人たちのやり取りを目で追うことしかできていない。


 それでいて、ロード・デュークスは全く私から意識を外してはくれないから、隙をついて逃げることも、レオとアリアの呪いを解くことすらできない。

 私はただこの場に張り付いて、呆然と流れに身を任せているだけだ。


 でも、それでいいんだろうか。

 お母さんが割って入ってきて、夜子さんもやってきて、取り敢えずピンチは切り抜きたような感じだけれど。

 でも二人は、飽くまで『ジャバウォック計画』を阻止しようとしているだけで、今のところそれ以上の思惑は見て取れない。

 その為には私の身柄が彼に渡ってはならないから食止めているけれど、でもそれは、私を救い出しにきたという感じではない。

 二人は敵でこそないのだろうけれど、でも私の味方というのとはちょっと違う気がした。


 相手がお母さんと夜子さんだから、無条件に信頼してしまっているけれど。

 このまま状況を任せていれば、私の身は安全に済むかもしれないけれど、でもレオとアリアや他のものが無事に済むかどうかは、全く保証がないように思えた。

 だって二人は現れてからずっと、ロード・デュークスの計画を阻止しようという話しかしない。

 私たちを守ろうとか、助けようとか、そういったことは全く口にしない。


 二人はきっと、自分たちの目的のために動いている。

 それを果たすためならば、私以外のものは切り捨ててしまうかもしれない。そんな気迫を感じる。

 もし二人が『ジャバウォック計画』を阻止できたとしても、それではなんの意味もないんだ。

 それが果たされても、私が守りたいものが守れなければ、私にとっては敗北だ。


 けれど、このままではそうなってしまうリスクが拭えない。

 二人は私をこの場から引き剥がすために、人質なんて無視するかもしれない。

 ロード・デュークスが二人に打ち勝てば、全てが振り出しに戻るだけだ。

 このまま、周りに流されて振り回されているままじゃ、私は何にも守れない。


 そう、思って────。


「君がどうしてこんな方策を打ち出したのか、私たちには大体察しがついているよ。魔女憎しの感情だけでは、いくら君でもジャバウォックにまで手を出さないだろう」


 自分の力で、自分の意思でこの場を切り抜けなければ未来はない。

 そう私が考えている中、夜子さんはロード・デュークスに向けて柔らかい声で言った。


「君は隠し通せているつもりだったろうけどね。私たちは結構、この国のことを色々と観察してるからさ、わかっちゃったんだよねぇ」

「貴様……何が言いたい」


 忌々しげに眉をひそめるロード・デュークスに、夜子さんはニヤリと口元を釣り上げた。

 それからチラリと、一瞬だけお母さんの方に目を向けてから、ポロリと言葉を溢す。


「────フローレンスは、ここにいるんだろう?」

「ッ………………!!!」


 ロード・デュークは大きく息を飲んで、激しい動揺を見せた。

 夜子さんが口にした名前が何なのかはわからないけれど、それは彼の意識を揺るがすには十分だった。

 苛立ちや怒りを抱えつつも、絶えず神経を張り巡らせていた彼に、大きな隙が生まれた。


 その隙を付くようにお母さんは何やら魔法を行使しようとし、そして夜子さんもまた動きを見せようとしていた。

 けれど、その隙を逃せないと思ったのは、私もまた同じだ。

 この一瞬を逃せば、私は最後まで他人の思惑に翻弄され続けなければならなくなる。だから────!


「そこまでです!」


 私は即座に自らの力を漲らせ、室内のあらゆる魔法を『掌握』し、そして解呪した。

 レオとアリアにかけられている呪いはもちろんのこと、室内を埋め尽くしている黒猫や、窓や扉を覆っている暗闇も、そしてお母さんの魔法、更には急いで反撃に転じようとしたロード・デュークスの魔法も。

 この場にある全ての魔法を制圧して、私は大きく声を上げた。


「もう、誰の好きなようにもさせない。ロード・デュークス、特にあなたには……!」


 暗闇が晴れたことで、窓からは強い日の光が仕込んでくる。

 それを少し眩しく思いながら、それでも私は強くロード・デュークスを見据えた。

 お母さんと夜子さんは取り敢えず敵ではないだろうから、まずケリをつけるべきは彼だ。


 優位性を失ったことを悟ったのか、ロード・デュークスは引き攣った顔をしている。

 それでも取り乱さず、飽くまで冷静に睨み返してくるところは、流石君主(ロード)といったところだけれど。

 しかし、人質を失って私に力を使わせてしまった彼には、もう私に無理強いする力はない。


「私は絶対に、大切なものを守る。友達も、そしてこの世界も、全て。それは、誰にも犯させない」


 心の内から湧き出る力を惜しむことなく漲らせ、私は宣言するように言った。

 全てを壊そうとするロード・デュークスはもちろん、何を考えているかわからないお母さんと夜子さんにも。

 私はもう誰にも屈しないと、強く、強く言葉にした。

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