28 信じ難い行い
「お待ちください、ロード・デュークス……!」
ずっと沈黙を保っていたアリアが、堪らず声を上げた。
私の傍にやや身を乗り出して、食らいつくように声を上げる。
その顔は蒼白で、今にも卒倒してしまいそうに見えた。
「仰っている意味が、全くわかりません……! 私たち魔法使いは、魔法を持って神秘を探求する者。真理を紐解き、人間とこの国に更なる繁栄をもたらすために研鑽を積んでいるはずです。だというのに、ロードは魔法を、穢れたものだと、そう仰るのですか? 他でもない、君主であるあなたが……!」
取り乱しかけているアリアの言葉は、疑問としてとても真っ当なものだった。
信念を持って魔法を鍛えてきた魔法使いでは、ロード・デュークスがしようとしていることを理解できるはずがない。
だからアリアの反応は当たり前で。しかしロード・デュークスはそれに対して、とても淡白な反応しかしなかった。
「貴様らには、わからなくても仕方のないことだ。魔法の真実を知らないのだからな。これは、知らなければ知らぬままでいいことだ」
溜息もそこそこに、ロード・デュークスはアリアに視線を向けることもなく、さらりと答えた。
とても簡潔で、多くを語るつもりのない言葉。
ロード・デュークスは、自分が知り得た魔法の実態を公言するつもりはないようだ。
それは混乱を避けるためか、魔法に誇りを持つ魔法使いを傷つけないためか。
どちらにしても、そうしたところには気遣いが窺えるのに、出した結論は突き抜けている。
しかしそれで、納得が得られるわけもなく。
アリアは震えながら首を横に振った。
「仕方のないことだとは、私は思えません。世界ごと、全てを破壊しようとする意味が、理由が、根拠が……まるでわからないのですから。ロード・デュークス、それでは何も救われないとしか、私には思えません」
「D4、事は貴様の尺度で測れる域をとうに超えている。魔女狩りが目指す『魔女の掃討』、『魔女ウィルス』の根絶を果たす為には、これが唯一の方法だと、それだけを受け入れろ」
「そんな……そんなこと……」
ロード・デュークスの断固とした態度に、アリアはへなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。
アリアは彼のことを信頼しきれないと言いつつも、魔法使いとしての在り方は認めていた。
やり方が狡猾で、非情な部分があったとしても、偉大な魔法使いの君主として、世界のために働く人だと。
そんな彼の正反対とも言える強行的な姿勢に、アリアは完全に打ちにひしがれてしまった。
レオが咄嗟にその体を支えに手を伸ばしたけれど、彼もまた動揺を隠さないでいるようだった。
でもそれは仕方ない。君主としてあるまじき思想ということもそうだけれど、彼が世界の崩壊を目論んでいるということはつまり、私どころか、誰の身の安全も保証されないのだから。
「ロード・デュークス……それじゃあ、約束が違うんじゃねぇですか? あなたは、もうアリスに危害は加えないと言った。ここへ連れてくれば、アリスを傷付けることなくドルミーレの力だけを砕くって、そう言ったじゃねぇか……!」
「あぁ、言ったよD8。そして私は、その約束を違えるつもりはない。姫殿下が私に不可侵という協力体制をとって頂けるのであれば、『ジャバウォック計画』を持って『始まりの力』を砕いて差し上げよう。その身を傷付けることなくな。しかしその後の保証まで、私はした覚えがない」
「なんだよ、それ……!」
アリアを支えながら吠えたレオは、非情なロード・デュークスの言葉に歯を剥いた。
『ジャバウォック計画』を実行するために私を殺さないというだけで、計画によって崩壊する世界に巻き込まれて私が死ぬ事は、安全の保証に含まれない。
そもそも世界が崩壊すれば、そこに生きる全ての人が消えて無くなってしまうのだろうから、もはや私を殺すという範疇を超えた別の行為だ。
結局ロード・デュークスにとって、私の生死はさほど重要ではないんだ。
計画を阻む可能性を考えれば邪魔だけれど、そうならない環境が整えられれば無理に排除する必要もなく、そうすればその他大勢の人間と変わらない。
彼が言う、魔法によって穢れてしまった世界にいる人の一人として、平等に世界ごと消し去る対象だということ。
ロード・デュークスは、確かに嘘を言ってはいないんだろう。
ただ、彼がそこまでするということを、『ジャバウォック計画』がそういうものだということを、二人には思いもよらなかっただけ。
でもそれは仕方のないこと。二人が魔法使いである以上、決して考えないようなことなんだから。
「────ロード・デュークス」
悲愴に塗れる二人の親友を見遣ってから、私は目の前の男性を真っ直ぐ見つめた。
彼はただ、魔法の実態を知った魔法使いとして、当然の結論を出したに過ぎないのかもしれないけれど。
でもそれは多くの人を踏みにじった決断で、そして、私の大切な親友の想いを嘲笑った行為だ。
この国の歴史において、どんなにドルミーレが悪しき存在だったとしても。
彼女が実際にどう考えたって邪悪な人で、そこから生まれた『魔女ウィルス』と魔法がどんなに許されないものだとしても。
それが世界の有り様を大きく変えてしまって、間違った道に進んでしまっていたとしても。
それは、この世界を滅ぼしていい理由にはなりはしない。
世界ごと、この世界に生きる人を消し去っていいわけがない。
この世界には、『まほうつかいの国』や魔法とは無縁のヒトもいるし、関わりがある人だって罪を抱えているわけじゃない。
誰しも、自分の大切なものを守るために必死で生きているだけなんだ。
どんなに理屈を並べ立てたって、どんなに正当性を語ったって、それが許されていい道理はない。
私の大切な人たちを、傷付け、踏みにじり、嘲笑っていい理由にはならないんだ。
ロード・デュークスの計画は、必ず止めないといけない。
「私は、あなたの計画を絶対に認めません。あなたのそれは、誰も救えない。ただ、傷付けるだけだから。私が絶対に、『ジャバウォック計画』なんて起こさせない……!」
二人の親友の想いを背負いながら、私は拳を強く握って、正面に座すロード・デュークスに言い放った。
小娘だなんて馬鹿にさせない。子供だなんて嗤わせない。
強い意志と決意を持って、断固とした気持ちを言葉にしてぶつける。
ここで止めなければ、未然に塞がなければ、取り返しのつかないことになる。
そんな絶望的な焦燥を胸に、それでも私は真っ直ぐ正面を見据えた。
そんな私に、ロード・デュークスは冷ややかな笑みを浮かべた。