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25 平然とした対話

 屋敷の中に入ると、鮮やかな赤い絨毯が敷き詰められた大きなエントランスホールが広がっていた。

 外見と同様室内も厳かな空気に包まれていて、レオたちと同じような黒いローブを魔女狩りたちがポツリポツリと行き交っているのが窺えた。


 ロード・デュークスと彼に付き従う魔女狩りに連れられて、私たちは応接室のような場所に入った。

 明らかに高級そうな、奥行きの広い横長のソファが二つ対面に置かれていて、間にあるテーブルも豪勢な装飾が施されたものだ。

 大きな窓からは先ほど降り立った芝生の広場が窺えて、外からの日の光がたくさん差し込んできている。


 ロード・デュークスはソファの片方にどかりと腰掛けると、私に対面のソファ促した。

 慣れない厳格な空気にドギマギしつつ、なるべく堂々とするように心がけて、私は大人しくソファに腰掛けた。


「D4、D8、ご苦労だった。お前たちはもういい。下がっていろ」


 私が落ち着いたのを確認して、ロード・デュークスが言った。

 私についてきていた二人は、ソファの横で難しい顔をして固まる。

 その様子を見て、私は慌てて口を開いた。


「すみませんが、ロード・デュークス。二人には、同席して欲しいんです」

「しかし姫殿下、この者たちは一介の魔法使いに過ぎない。私とあなたの対話の場には、相応しくはない」

「二人は私の友人です。それだけで、この場にいる意味と、権利があるかと」

「……あなた様が、そう言うのであれば」


 私の強い態度に、ロード・デュークス僅かに顔をしかめた。

 しかしそれ以上は反論を口にせず、居ていいと二人に視線を向けた。

 二人はそれに黙って頷いて、しかし私の隣には座らず、ソファの後ろに立った。

 できることならばすぐ側にいて欲しかったけれど、彼との関係や、諸々の立場を考慮すれば、現状ではそれが最大限の対応なんだろう。


 少しすると、魔法使いたちが数人入ってきて、いそいそとお茶の準備をしだした。

 クッキーなどの焼き菓子が綺麗に整然と、しかし大量に盛り付けられたお皿がテーブルの真ん中に置かれ、そして二人分の紅茶が私とロード・デュークスに差出される。

 促されるままに口をつけると、香ばしい渋さが口の中に広がった。けれどとても上品で、一切無駄のない雰囲気を感じる。

 とってもおいしいお茶なのだろうけれど、不安と緊張に支配されている今は、とにかく渋さが際立って感じた。


「さて、姫殿下。あなた様にわざわざ、こんなとこまでご足労頂いたわけについてですが」


 しばらくシンとした時間が続いた後、ロード・デュークスがおもむろに口を開いた。

 ソファにどっぷりと腰掛けて、悠然と手を組んでいる様は、余裕と自信に満ち溢れていた。

 私に対する最低限の敬意を表しつつも、決して臆していないのだと、その佇まいが告げている。


「あなた様には、我が計画にご協力を頂きたのです。我らが麗しの姫君のそのお力を、どうかこの国のために振るって頂きたい」

「あなたの計画……『ジャバウォック計画』ですね?」

「その通り。魔女という異分子を取り除き、世界を在るべき姿へと戻す、我が研究の成果です」


 ロード・デュークスは憮然とした表情に少しだけ笑みを浮かべ、淡々と言葉を述べた。

 自らの行いに何一つ迷いのない不動の態度だ。

 私が眉をひそめても、彼は顔色一つ変えない。


 正直、ふてぶてしいといってもいい態度だと思った。

 彼は散々私の命を狙い、色んな人たちを利用して傷付けてきた。

 そんな彼が、よくもまぁ抜け抜けと私に協力を仰げるものだと。

 ロード・デュークスは、彼の差し金によって私が脅かされてことを、私自身が知らないとでも思っているのだろうか。


「申し訳ないですけど、私はあなたに力を貸す気はありません。そもそも、あなたにとっては私なんて必要がないから、何度も私の命を狙ったのでしょう?」

「確かに、私はあなた様の抹殺を画策した。しかしそれはあなた様を不要としたからでなく、飽くまで致し方なかったから、なのです。私の元に上がってきた報告では、あなた様は魔女になったとされていた。魔女になった姫君を野放しにしておくことはできないと、私はそう判断したのです」

「………………」


 悪びれることなくそう言ってのけるロード・デュークスに、内心で辟易とする。

 確かに大義名分はそうだったらしいけれど、それすらも理由としてはギリギリものだったはずだ。

 他のロードからは反発を受けたにも関わらずその意思を曲げず、そして裏では別の真意を燃やしていた。

 それを知っている私としては、ただの建前にしか聞こえない。


 けれど、それを掲げて喧嘩腰になっても始まらない。

 私は冷静に、言葉を続けた。


「あなたが私を消し去りたかった本当の理由は、『ジャバウォック計画』の弊害になり得るから、ではないのですか? 私の持つ力、『始まりの力』はジャバウォックを打ち破ってしまう可能性を持っているから」

「まさか。私はそんな私利私欲で、唯一無二の姫殿下に牙を向いたりは致しません。それに、あなた様はこの『まほうつかいの国』の姫君。国のための計画を、邪魔立てなどなさらないでしょう?」


 ロード・デュークスはわざとらしく笑って、試すような視線を向けてきた。

 あなたは一体どういう出方をするのだと、どこまでわかっているのだと、そう試されている気がする。

 私が魔女に寄った思想を持っていることを知った上で、彼は敢えてこんな言い方をしてきている。

 返答次第では、魔女に肩入れする裏切り者とでも言うつもりなんだろうか。


「この国が平和になることは、私も心から願っています。そして、魔法使いと魔女が無益な争いをしないこともまた、私が昔から望んでいること。そのために私は力限りを尽くそうと思っていますけど、でも、魔女を無差別に蹂躙するようなことは、例えあなたの計画でなくとも、私は受け入れられません」

「なるほど。確かにあなた様は以前から、魔女すらも救おうとする優しいお方だった。では姫殿下は、我ら魔女狩りが掲げる『魔女の掃討』を否定なさると、そういうことでしょうか?」

「確かに、私はその方向性には反対です。魔女を根絶やしにするなんてことは、絶対に許せない」

「ではつまり、姫殿下は────」

「しかしそれは、あなたたち魔法使いに対する否定ではありません。私は決して、あなたたちに敵対するつもりはない」


 私の言葉の揚げ足を取ろうとするかのように、喰らい付いてきたロード・デュークス。

 しかしそんな彼の言葉を遮って、私は自分の明確な意思を口にした。

 魔女も魔法使いも、そのどちらとも私は敵対しないし、どちらも同じく味方でありたい。

 私はどちらかを滅ぼすのではなく、誰も争わないことを望んでいるのだから。


「あなたたちの言い分は、わかっているつもりです。けれど私は、これ以上血を流すことなく争いを無くしたい。そのためには、あなたたち魔女狩りの『魔女の掃討』は、どんなものであれ受け入れるわけにはいかないんです。だから私は、邪魔をするというか、止めますよ。だってそれは、この国のためになるとは思わないから」


 気を抜けば萎縮しそうなのを堪えながら、私はハッキリと気持ちを口にした。

 ロード・デュークスに口を挟む余地を与えず、勢いを持って隙なく。


 ただの小娘の戯言だと、舐められたらたまらない。

 だから私は可能な限り強気な態度で、姿勢を正し、真っ直ぐにロード・デュークスの顔を見た。

 私は確かにまだまだ子供だけれど、それなりに場数を踏んできた自信はある。

 だから、これくらいのことで気遅れなんていない。していられないんだ。


 そんな私の言葉を、ロード・デュークスは静かに受け止めていた。

 そして少しの空白の後、うーむと唸って大きく息を吐いた。


「なるほど。あなた様は、とても崇高な思想をお持ちのようだ」


 彼のその返答は、私を褒め称えているようで、どこか小馬鹿にしているようにも思えた。

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