20 信じる道
この場の全員の視線が、驚愕と共に私に注がれた。
対面しているレオとアリアはもちろんのこと、隣にいる氷室さんも。
そして広間の隅で静かに様子を窺っている、ロード・ケインの部下たちも。
全員が、私の素直な応対に驚きを隠さずにいるようだった。
「アリス……ほ、本当に?」
「うん。でも、条件が二つあるよ」
驚きと共に安堵の表情を浮かべるアリアに、私は頷きながらはっきりと言った。
これは、とても大切なことだから。
「一つは、私の自由を約束すること。二人について行って、城に戻るよりも先にロード・デュークスに会う。でもどんな形でも私を拘束しないで。させないで。ロード・デュークスのところに行くけれど、その先は飽くまで私の自由意志に任せて欲しい」
私が一番望まないのは、私の命を狙われることも含め、ロード・デュークスの勝手にされることだ。
ロード・デュークスやロード・ケインの手の人たちに捕まったら、完全に自由を奪われて、何されるかわからない。
でも二人が私の自由を約束してくれる上で連れて行ってくれるのなら、その辺りの不安はぐっと減る。
まぁ、今の私ならばどんな手段の拘束も、力で跳ね除けられるとは思うけど。でも、このドルミーレ由来の力を過信しすぎるのもよくない。
念には念を、万全を期しておいた方がいいから。
「もう一つは、氷室さんの命の保証をすること。でも、さすがに魔女狩りのロードの目の前に魔女を連れて行って、それを見逃せっていうのが難しいのはわかる。だからそれは、この場から安全に離脱させること、っていうのでいいよ」
「────ま、まって」
私が提示した条件に、氷室さんが即座に喰らい付いてきた。
私の手首を強く握って、慌てた様子で視線を突き刺してくる。
「あなたが行くというのなら、私もついて行く。どこまでも一緒だと、約束したはず……!」
「うん。私もそうしたいし、そうして欲しいって思うけど。でも、今からロード・デュークスのところに行くとなると、さ。私も自分の身を守れるかわからない。お城に行くっていうのなら、ギリギリ私の力と権力で氷室さんを守れるだろうけど。私を殺そうとしている魔女狩りの只中は、流石に自信ないんだ」
「それなら……それなら尚更────」
危険ならばこそと、氷室さんは噛み付いてくる。
静かで淡々とした口調の中にも、その必死さと焦燥が伝わってくる。
私だって氷室さんと離れるのは心細いけれど、でも、ここから先は本当に未知の危険が待ち受けているだろうから。
だから私は内心で歯を食いしばって、首を横に振った。
「ありがとう。でもね、氷室さんには待っていて欲しいの。だってほら、私にもしものことがあった時、氷室さんも一緒にいたんじゃ、助けてくれる人がいないでしょ?」
「けれど……一緒にいた方が、すぐに危険から守れる……」
「魔法使いに囲まれながら魔女狩りの巣窟に行って、そしてそこのトップと会うなんて、私よりも氷室さんが危険すぎる。私が氷室さんを守るために敵意剥き出しでいたら、話し合いもできないし。だから、ね?」
「………………」
氷室さんは納得できないというように、少し怒りを孕んだ視線をぶつけてきた。
確かに、私も彼女の言い分はよくわかる。氷室さんが私を守る、そのための行動をとる、ということを思えば、一番身近にいるべきだ。
けれど、魔法使いの中でも特に魔女を敵視している魔女狩りに会いに行くのに、魔女を伴うというのはベストとは言い難い。
彼女の安全はもちろんのこと、まともな話し合いができるかも怪しい。
氷室さんには申し訳ないし、約束を破ったと言われても仕方がないけれど。
でも今は、こうするのが一番だと私は思う。
「困った時は、必ず氷室さんを呼ぶから。私たちは心の繋がりでいつだって一緒でしょ? 離れてたって、いつだって氷室さんが私を守ってくれるでしょ?」
「…………それは、そうだけれど、でも、私は……」
「ごめんね、氷室さん。わがままはこれっきりにするから。もう、約束は破らないから。だからこれだけは、お願いを聞いてくれないかな。私に、二人を信じる道を選ばせてくれないかな」
「………………」
私の手首を握る、氷室さんの手の力がとても強くなった。
放したくないと、許したくないとそう言うように、指が食い込みそうなほどその力は強い。
そこから感じる痛みは彼女の想いで、そして怒り。私はそれを受け止めて、氷室さんをまっすぐ見つめた。
静かに燃える瞳と、しばらく無言の交差が続いた。
それから氷室さんはチラリと横目でレオとアリアを見て、そしてまた再び私の目を見つめた。
それから少しの後、観念したように目を伏せる。
「…………なら、私にも条件がある」
握る手の力は弱まらない。
そこに、彼女の最後の抵抗が感じられた。
「それが済んだら、もう二度と私から離れないで。すぐに戻ってきて、ずっと私のそばにいると、約束して……」
「うん、わかったよ。約束する。氷室さんの目の届かないところで、一人で無茶するのはこれで最後にするよ」
「………………」
震えながら紡がれたその言葉に頷くと、氷室さんは沈黙を返してきた。
それが彼女のギリギリの許容で、しかしそれでも本当は受け入れたくないことなんだ。
それでも私の意思を尊重して、ぐっと堪えてくれている。
氷室さんには負担をかけすぎてしまっていて、本当に申し訳ない。
「ありがとう、氷室さん。氷室さんは、レイくんと合流して、体勢を立て直しておいてくれないかな。離れ離れになっちゃったレイくんのことも心配だしさ」
小さく、渋々頷く氷室さんを確認してから、私は目の前のレオとアリアに向き直った。
「────ということだから、この条件を飲んでくれるなら、私は二人を信じてロード・デュークスのところに行くよ」
私の発言に、二人は言葉を失っていた。
けれど、今の氷室さんとのやり取りを見て私の覚悟が伝わったのか、驚きに満ちた表情はすぐに引き締まった。
「もちろん、それで構わないよ。元より私たちはアリスを救いたいんだし、あなたが自分の意思で付いてきてくれるのなら、拘束して連行って必要はない。それに、万が一ロードが何かしようとしたとしても、私たちが絶対に守るから」
「うん、お願いね」
何度も頷きながらそう答えるアリア。
喜びに笑みを浮かべそうなの堪えて、けれど安堵を隠し切れていない。
それでも、私の気持ちと覚悟は伝わっているようで、その瞳は私に応えるように鋭く強い。
私は二人を信じてる。
私のことを想ってくれているからこそ、すれ違ってしまうことはあったけれど。
でも二人は、私のことを騙したり、裏切ったりはしない。
それは、今回のアリアの行動を見ても明らかだ。
だから私は、二人の考えを尊重したいと思った。
それが全て、彼らの思うようにうまく行くことばかりではなかったとしても。
それでも、私のことを想ってくれる、二人のその気持ちに応えたいと思ったんだ。
そうして私は氷室さんと別れ、レオとアリアと、そしてロード・ケインの配下の魔女狩りたちと、王都へと向かった。
私のことを見送る氷室さんは、珍しくそのポーカーフェイスを崩して、泣きそうな顔をしていた。