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19 最低な私たち

「どうして……どうして二人とも、私のことを責めないの……?」


 顔を下げたアリアは、かすれた声で言った。

 だらりと下げた拳をふるふると握りしめているけれど、その力はとても弱々しく見えた。


「アリスのためって言いながら、私は自分のことしか考えてなかったのに。アリスを助けたい、アリスに嫌われたくない、アリスを取られたくないって、そればっかりで。助けるって大義名分を掲げて、私はアリスに酷いことをしたのに」


 肩を落としたアリアからは、もう覇気を感じられなかった。

 先ほどまであった力強い意志は、今は見えてこない。

 その立ち姿は、酷く寂しさを孕んでいた。


「今だって私はやっぱり、何が何でもアリスを連れて行きたいと思ってる。強引でも、アリスが泣き喚いても、アリスを助けるためならって。でも、そう。アリスの言う通り。それくらいならギリギリ、許してもらえるんじゃないかって、私はそう思ったんだよ」

「アリア…………」

「最低でしょ? 私はこの期に及んでも、自分のことしか考えてなかった。私はあなたを助けるって言いながら、あなたの心よりも、あなたにどう思われるかしか、考えてなかったの……!」


 アリアは顔を上げず、しかし震える声で胸の内を叫び上げた。

 どちらにしても傷付けてしまうのなら、少しでも浅い方にしたかったのだと。

 自分が少しでも嫌われず、許してもらえる可能性がある方を選んだのだと、そう。


 実際、こうして私に立ちはだかり、力尽くで私を連れ去ろうとしたアリアのやり方も、かなり私の心を削った。

 けれどその行動にはどうしようもない私への想いが感じられて、それに対して憎みきれなかったのは確かだ。

 でも、私たちの友情を利用して図られ、騙されたのだとすれば、今までの信頼を保てたかは怪しい。

 それがいくら私のためだったと後から言われても、その明確な裏切り行為は、私の心を砕いていたかもしれない。


 それを思えば、彼女が保身に走った選択を責めることはできない。

 そもそもの話、こうした行為に出ないで欲しかったという気持ちはあるけれど。

 でもそれは、私のことを想ってくれた上でのことだから、その想いは否定できない。


「馬鹿だなぁアリア。友達に嫌われたくないのなんて、当たり前のことじゃん。それを責めたりなんて、私たちはしないよ」


 決して顔を上げないアリアの足元には、ポタポタと滴が落ちている。

 そんな彼女に向けて、私は言った。


「アリアが立ちはだかったことや、こうして戦わなきゃいけなかったこと、それにあなたが私に強いたことは、確かに辛かったけど。でも私は、アリアの選択自体を責めたりしないよ。私に嫌われたくないって思ってる親友のことを、私は責めれられない。やり方自体には、まぁ色々と文句を言いたいけどね」

「私は、自分のことしか考えられない最低な女なのに? それでも、アリスは私を責めないの? あんなに苦しめたのに……」

「最低なのは私も同じ。私だって自分の気持ちを優先して、あなたの気持ちに正面から向き合えなかった。自分のことばかりで、あなたの気持ちに応えようとしなかった。そういう意味では一緒だよ」

「アリス……」


 もちろん、私に戦いを強いたことや、氷室さんの命を容赦なく狙ったことには怒りがある。

 でも今彼女が抱えている自責とはまた別の話だから。

 されたことに対する抗議は、後でいくらでもできる。


「まぁ、そういうこった。だからもう、そのことは気にすんなよ。とにかく今は、俺たちにとって、アリスにとって何が一番いいことかってのを、話し合おうぜ」

「………………」


 レオがポンと肩を叩くと、アリアは小さく頷いておずおずと頭を上げた。

 赤くなった目に涙を溜めた様子は、いつも凛々しく頼もしい彼女を、少し子供っぽく見せた。


 私が側にいる氷室さんに目を向けると、彼女は静かに頷いて見せてくれた。

 私たちのやり取りに振り回してしまって、しかも命の危険に晒してしまった氷室さん。

 けれど、私の思うようにすればいいと、そうそのスカイブルーの瞳が言っている。

 私は「ありがとう」とお礼を言っていから、目の前の親友たちに向き直った。


「……でもね、レオ、アリス。何が一番かって話をするなら、やっぱり私は、アリスをロードの所に連れていくべきだと思うの」


 袖口で涙を拭いながら、アリアは決然とそう言った。

 彼女がじっくりと考えてその答えを出したのならば、それはそう簡単には揺るがないのだろう。


「確かに、今私がやったようなやり方は間違ってたかもしれない。でも少しくらい強引なやり方をしてでも、私はアリスに来て欲しい。ジャバウォックを使って、あなたの中のドルミーレを倒したいの」

「でもよ、やっぱりそれは危険なんじゃねぇか? 正直俺は、ロード・デュークスを信じきれねぇよ。ジャバウォックがドルミーレを倒せるものだとしても、アリスが抱えるリスクがデカくねぇか?」

「私はそもそも、『ジャバウォック計画』を受けれられないし、それに何度も私に刺客を差し向けてきたロード・デュークスが怖いっていうのが、率直な感想かな」


 レオもやっぱり、アリアの考えには全面的に賛成できていないようで、心配そうな顔をしている。私の否定も相まって、アリアは渋い顔をした。

 そもそも、どうしてアリアがジャバウォックに行き着いたのかはわからないけれど、ドルミーレに因縁があるのは事実みたいだし、倒す要因になるであろうことはわかる。

 けれどそれを扱うのがロード・デュークスであること、そしてジャバウォックという存在の危険性が、彼女の提案に不安を募らせる。


「確かにロード・デュークスを全面的に信頼できないのは、私も同じ。けれど、多少のリスクがあったとしても、アリスをドルミーレから解放できる可能性は一番高いと思うの。それに、もし万が一ロードがアリスを手に掛けようとしたら、その時は私たちが全力で守ればいいでしょう?」

「そりゃ、そうだけどよ……まぁ確かに俺たちは、ロードが研究してる『ジャバウォック計画』を利用するために、そもそもあの人に近付いたわけだしな。当初の予定通りでは、ある。ただここまで事態が拗れた以上、アリスにそれを強要するのもなぁ。アリスにも、アリスの気持ちってもんがある」


 アリアの言い分にゆっくりと頷きながらも、レオは苦い顔をした。

 アリアたちはどこかでジャバウォックのことを知って、それがドルミーレに有効であるだろうことに行き着いたんだ。

 ずっと私のことを探して、そして私を救うことを模索してくれていた二人は、そうやってずっと私のために魔女狩りをやってくれていた。

 つまり今のアリアの主張は、長い時をかけて導き出した答えということだ。


 そもそも二人ははじめ、普通に私を迎えにきてくれた。

 その時はもちろん、二人の上司であるロード・デュークスも私を殺そうとはしていなかった。

 だから二人の当初の予定では、連れ帰った私をジャバウォックによってドルミーレから解放するという、それだけのシンプルなことだった。

 けれどロード・デュークスはスタンスを変えてしまって、色んないざこざがあって、私はジャバウォックを抜きにしても彼を信用できなくなってしまって。

 二人もまたロードに対する目は変わっただろうし、全く当初通りとはいかなくなってしまった。


 それでも一番確実と思える方法を取ろうとするアリアと、そこにリスクを感じて迷うレオ。

 つまりはそういうことで、でもそもそもの根本は同じ。

 かつての私をずっとそばで見ていてくれた二人が、必死に考えてくれた、私を救う方法なんだ。


 なら私は、自分だけの気持ちでそれを無下にしていいんだろうか。


「────わかったよ、二人とも」


 そう思って。私は少しの間でものすごく悩んで。そして、決めた。


「私は二人を信じる。私を、ロード・デュークスの所に連れて行って」

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