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58 それが正しいというのなら

「光の魔法……貴女にそれを教えたのが一体誰だと思っているのですか。わたくしの警告を聞かず、魔女の世界に足を踏み入れた貴女がせめて死なぬようにと、わたくし手ずから教えたものです。光の魔法とは聖なる力。清く正しく裁きを下す力。絶対的正義であるわたくしに、あなたが敵う道理などありません」


 ホワイトさんは呻き苦しむ善子さんに向かって、とても冷ややかな声で言った。

 親友のはずなのに。大切な友達のはずなのに。どこまでも非情で冷淡な言葉。


「正義って何? 正しさって何?」


 私はもう我慢できなかった。

 大切な友達をここまで傷付けられて、黙っているなんてもう私にはできなかった。


「他人を傷付けて、友達を傷付けて。それが正しさなの? 私、絶対にそんなこと思わない!」

「わたくしが正義ですよ姫殿下。いつかご理解頂ける時が来ます。わたくしが正しいと」

「理解しない。わかりたくない。そんなこと、いつになったって……!」


 それは私とは相容れない思想だ。私はそれを正しさとは思えない。

 大切な友達を傷付けてまで貫く正しさなんてこの世にないって、私は信じてる。


「私はそれが正しいなんて思わない。もしそれが本当に正義だって言うのなら、私はもう正しくなくてもいい!!!」


 全てを踏みにじってでも貫くものが正義ならば、私は悪と断じられても構わない。

 なんと言われようと私は、私自身の正しさを信じる。友達を想うこの心を信じる。


 剣を握り直してホワイト目掛けて飛びかかった。

 どんなに強力な魔法の使い手でも、全ての魔法を斬り伏せるこの『真理の(つるぎ)』の前では無いも等しい────


「おっと、そこまでだアリスちゃん」


 けれど私の突撃はいとも簡単に止められた。

 私とホワイトの間に瞬時に割って入ったレイくんが、剣ではなく私の体に対して小さい障壁を張って押し留めた。

 大掛かりな障壁を張られていたら剣で斬って消せていたけれど、懐に入って剣の軌道から外れた私の体に対しての部分的な障壁には対応できなかった。


 私は障壁にぶつかって押し留められて、私に相対したレイくんはにこやかに微笑んだ。


「レイくん! そこをどいて!」

「悪いけどそれはできないよアリスちゃん。大切な友達である君の頼みでもね。君こそ剣を収めて欲しいなぁ。それとも、友達の僕すらも斬り伏せて彼女の元に向かうかい?」

「それは……!」


 レイくんを信じると決めていた。けれど今のホワイトの言葉を聞いて、それに付き従うワルプルギスの魔女への印象は、とてもじゃないけれど良くはなかった。

 でも、ワルプルギスが望む形そのものを否定したいわけじゃない。私が許せないのはホワイトの考え方だから。


「レイの言葉に耳を傾けちゃダメ! ソイツは魅惑と幻惑の魔法を得意とする魔女なの!」


 力のない体で善子さんが叫ぶ。

 魅惑と幻惑? じゃあレイくんが話すことはどこからどこまでが本当で、私のこの気持ちはどこからどこまでが本当なの……?

 もしかしたら、私がレイくんのことを信じようとするこの気持ちも、レイくんの魔法による可能性もあるってこと?

 そんなこと言われたら、私は何を信じていいのかわからなくなる……!


「僕と善子ちゃん。どっちも友達。君はどっちを信じるのかな?」

「それは────」


 答えられなかった。二人とも友達。善子さんが嘘を言うわけはないけれど、だからといってレイくんを信じない理由にはならない。

 ワルプルギスだからという理由で、ホワイトと共にいるからという理由で、レイくんを斬ることはできない。


 揺れる心に私が握っていた剣が、さらりと淡く霞のように揺れて消えた。


「アリスちゃんは本当に優しいなぁ。君なら本当に答えに辿り着くかもしれない。透子ちゃんの言っていた通りだ」

「今、透子ちゃんって────」


 どうして今、そしてレイくんの口からその名前が出てくるの。

 透子ちゃん。神宮(かんのみや) 透子(とうこ)。私を一番最初に助けてくれた彼女の名前が、どうして。

 色々なことが交差して、頭の中がぐちゃぐちゃになる。


「ほらホワイト。この辺りにしよう」


 けれどそんな戸惑う私の顔を楽しそうに眺めてから、レイくんは振り返ってそう言った。


「このままじゃアリスちゃんが可哀想だ」

「それもそうですね。姫殿下のご機嫌をこれ以上損なうのは得策ではありませんね」


 ホワイトが頷くと、彼女がやってきたのと同じような光の柱が四人を包んだ。


「待って! どこに行くの!」

「本日はこれにて失礼致します。いつかお迎えに上がれる時を、心待ちにしております」


 飽くまで雅で煌びやかに、ホワイトは腰を曲げる。

 こっちの気なんて知らずに余裕の面持ちで。自分は正しいという確信を抱いて。


「またねアリスちゃん。僕らは友達だよ。この心はいつだって君と共にある。またすぐに会うだろうさ。その時はまた仲良くしてくれると嬉しいな」


 まるで状況がわかっていないように朗らかにレイくんは言う。

 いつも通りに爽やかな笑みで。憎めないその調子で。


「待って真奈実! 待ちなさいよ! 私は────!」


 張り裂けそうな善子さんの叫び声は、もう届かなかった。

 今にも泣き出してしまそうな、悲鳴のような叫び。行かないでと、話してと訴えかける叫び。

 どんなにその想いを込めても、もう彼女の耳には届かなかった。


 そうしてワルプルギスの魔女たちは、光の中を優雅に昇っていった。

 私たちのことを掻き回すだけ掻き回して、自分たちの言いたいことだけを言って去っていった。


 後に残された私たちは、ただこのぐちゃぐちゃになった心を抱きしめて、暗い空を見上げることしかできなかった。


 正しさってなんだろう。信じるってなんだろう。

 私たちにとって大切なことってなんなんだろう。

 全部、何もかもがわからなくなる。私は何をどうすればいいんだろうって。


 友達を守りたいと思って、そのために戦おうって決めて、救うために足掻く覚悟をした。

 けれど私のその想いが、全ての友達に対して意味のあるものになるとは限らないのかもしれない。


 今だってレイくんのことを決して嫌いにはなれない。

 考え方が違っても立場が違っても、それだけでは嫌いになりきれない自分がいる。

 その時、私のこの気持ちが本当に正しいって言い切れるのかな。


 善子さんが信じた正義である真奈美さん。

 ホワイトと名乗る彼女が掲げた正義が、私たちにとって決して受け入れられるものではなかったのと同じように。

 私の正しさを受け入れられない人はいて、それは私の友達にだって言えることかもしれないんだから。

 親友である善子さんと真奈美さんがそうであったように。


 すっかり暗くなった校庭で、私たちはポツンと取り残された。

 長い戦いで私たちが得たものはあまりにも少なくて、そして失ったもの、受けた傷だけはとても多かった。


 まるで子供のように大声を上げて泣く善子さんを、私はただ強く抱きしめることしかできなかった。

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