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57 正義とは

「そんなこと知りません! 確かに私は何にも知らなくて、過去にあったっていうことも何も覚えていない。けど、今ここにいる私だって感じるものはある。考えがある。私は今の自分が感じることが正しいと思うから。だから、あなたたちがやっていることには賛同できません!」


 私が言うとホワイトさんは目を細めた。怒っているわけではない。

 それはまるで、聞き分けのない子供を見るときのような顔だった。


「今は構いません。姫殿下に理解して頂けずとも、わたくしがすべき事は変わりません」

「どうして! 確かに魔女にとって魔法使いは天敵で、魔女狩りは脅威ですけど、それを逆に討ち滅ぼそうとするなんておかしいですよ。それじゃあやってることが同じです!」

「わたくし共が目指すのは、姫殿下、ならびに全ての魔女にとって住みよい本来の世界に戻すこと。そのためには、魔法使いなる輩は妨げにしかならないのです」


 ホワイトさんは忌々しいとでも言うように顔をしかめた。

 それはまるで魔法使いが魔女に向ける表情のようだった。


「良いのです。今は理解されずとも。今は束の間の平穏をどうかご堪能くださいませ。いずれ時は参ります。その時、そのお力をお振るいくだされば良いのです」

「私はあなたたちの力になんて絶対になりません。私が目指すのは、魔法使いと魔女が争わない世界です。魔女が苦しまない世界。『魔女ウィルス』なんてない世界です」


 私が言うと、ホワイトさんは声を上げて笑った。

 着物の袖で口元を隠して飽くまで上品に。けれどそれはまるで、幼子の言葉に微笑むような笑い方。


「ご無礼をお許しくださいませ。あまりにも夢にあふれた言葉に、つい頰が緩んでしまいました」


 ホワイトさんは深々と頭を下げる。

 けれどその意思を曲げるつもりはないようだった。


「それは貴女様のお力を持ってしても叶わぬものでしょう。むしろ貴女様だからこそ……」

「どう言う意味ですか」

「おっと、言葉が過ぎました」


 私の表情を伺ってホワイトさんは口を噤んだ。

 もうその言葉全てが納得できないし受け入れられなかった。


「万事わたくし共にお任せください。わたくしに任せて頂ければ間違いはございません」

「そうとは思えませんけどね」

「いいえ、ございません。わたくしは常に正しいのですから」


 それはもう自信などではなく、事実のような口ぶりだった。

 自分自身が絶対的に正しいと疑わないその姿勢は、一種の狂気にすら思えた。


「待ってよ……」


 そこで善子さんが口を開いた。我慢できないとばかりに震える声で。

 けれどその表情には切実なものがあった。


「アンタが……真奈実がそれを正しいって言うの!? 敵だからって、違うからって相手を殺しつくすことが正しいってアンタが言うの!? ねぇ真奈実! そんなのアンタの正義じゃないでしょ!」


 善子さんは言っていた。真奈実さんはいつも正しい。正義の味方というのなら真奈実のことだって。

 だからこそ善子さんはずっと信じてきた。ぶつかることがあっても、真奈実さんは正しいことをするって信じてきた。

 その正しさが素晴らしいと感じたから、今まで自分も正しくあろうと心がけてきた。

 確かに、聞いていた真奈実さんとはまるで違う言動をこのホワイトさんはしていた。これが正義なんてとても思えない。


「これがわたくしの正義。つまりこれこそが唯一の正義です」


 その言葉に躊躇いはなかった。この人は信じて疑っていない。

 自分は間違わないと。常に正しいと。自分の正義こそが全てにおける正義であると。


「違う! そんなものは正義じゃない! 昔の真奈実ならそんなことはしなかった!」

「わたくしはいつだって正しい。それは貴女もよくわかっているはずです。貴女が間違っていてわたくしが正しい。いつだってそうだったでしょう」

「それは……それは……!」


 もしかしたら本当に真奈実さんは、いつだって正しい道を選ぶ事ができていたのかもしれない。

 けれどだからといって、真奈実さんがすること全てが絶対に正しいなんて言い切れない。

 人である以上誰だって間違う。いつも正しくたって、間違えることはあるんだから。


「それでも私は……私の正義はアンタの正義を認めない!」

「わたくしの正義に沿わないものは正義などではありません。真の正義はわたくしにのみあるもの。それ以外は全て悪であると断じましょう」

「…………!」


 それは正しさの暴力だった。自分が正しいと疑わず、それが全てだと押し付ける。

 私は今学んだんだ。正しさにも色々ある。自分が正しいと信じていても、別の誰かには別の正しさがある。

 だから正しいもの同士がぶつかってしまうんだって。


「アンタなんか……真奈実じゃない……」


 血が滲むほど唇を噛み締めて、爪が食い込むほどに拳を握る。

 善子さんの悲痛な叫びが溢れ出ていた。


「アンタなんか真奈実じゃない。アンタなんかが真奈美を……正義を語るなぁあああ!!!」


 瞬間、善子さん爆発したように跳んだ。

 その身に光をまとって、瞬間移動のような光速移動でホワイトさん目掛けて飛び込む。


 その手にはビームサーベルのような光の剣を握って、躊躇いなくホワイトへと斬りかかる。

 それはほんの一瞬の出来事。光の速さで動いていた善子さんの動きは、本当に瞬き一つのことだった。


 けれど善子さんがその光の剣を振り下ろす直前、まるで世の中全てがホワイトアウトしたかのような閃光が炸裂した。

 そして気がつけば、私の足元に善子さんが吹き飛ばされて転がった。

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