表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

827/985

110 Dormire

 私という存在が生まれた意味を考える。

 深い深い眠りの中、終わりのない、定めていない夢の中。

 私はどうして、私という個として誕生したのかを。


 世界から、ヒトとの橋渡しの役目を与えられた。

 ヒトビトを眠りへと誘なって、夢を通じて深い神秘と交わらせる為に。

 特にそれは、神秘を手にすることができていなかった人間を、次に歩ませる意味合いを含んでいた。


 いつだか、誰かが私にそんな勝手なことを言った。

 その時はそれに対して特に思うところはなく、漠然と納得したけれど。

 今思えば、人を馬鹿にするのも大概にしろ、と思う。


 そんな大層な役割を私に課したくせに、どうしてその世界そのものが私を排除にしにかかるのかと。

 私がその役割に反したからだろうという話だったけれど、それはあまりにも身勝手だ。

 私に一人のヒトとしての形を与え、そして自由意志を持たせたのだから、私が何をどうしようと勝手だろうに。


 それなのに世界は、自らの都合だけで私の扱いを決めて、最悪の形で牙を剥いてきた。

 私にとって一番(おぞ)ましく思えるものに、私の全てと世界自身を破壊させようとして。

 私はただ、一人のヒトして幸せに生きたかっただけなのに、世界はそれすらも許してはくれなかった。


 神秘に通ずるヒトビトは、世界から(いず)るこの強大な力を、大層褒め称えて喜んでいたけれど。

 私からしてみればこんな力、それこそ呪い以外の何物でもない。

 望んでもいないのに押し付けられて、それ故に興味のないことを強要されて。そして従わなければ恨まれる。

 そんなもの、誰が持っていたいと思うのか。


 私は別に、特別な力なんていらない。大層な役割もいらない。

 神秘の片鱗すら持たないちっぽけなヒトだとしても、大切な人たちと穏やかに暮らせれば、それで満足だと思っていたのに。

 それでも私という存在からは、この力は切っても切れなくて。

 こうして肉体は朽ち果て、心は眠りに落ちていようとも、私という存在にこの力は紐付いている。


 でももう、どうでもいい。あんな身勝手で穢れた世界、どうとでもなってしまえばいいんだ。

 誰も彼も自己中心的で、浅慮で愚かな、あんな醜い世界なんて。

 私が信じていた繋がりなどどこにもなく、友情も愛情も、まやかしに過ぎない偽物。

 誰も信じられるヒトはいない、煩雑の中の孤独。笑い話にもならない。


 世界なんて壊れてしまえばいい。そこに生きるヒトビトも。

 私の呪いに犯されて、私と同じように無辜(むこ)の苦しみを味わえばいい。

 私を否定し嘲笑ったものたちが、私と同じ末路を辿っていく様は、さぞかし滑稽だろう。


 それで、もういい。あとはもういい。

 私はもう、何かに関わるのは疲れてしまった。

 こうしてひっそり穏やかに、誰にも邪魔されない世界の裏側で、静かな眠りについていたい。

 希望を抱くことなく、そして絶望を味わうことなく、あらゆる感情を封殺して、ただ微睡だけを感じ続ける。


 世界とかいう人智を超えた大いなる存在や、神秘という超常の力と現象。そしてそれらを取り巻く数多の思惑。

 もうそんなものはうんざりで、二度と関わりに合いになんてなりたくない。

 ヒトはどうしてわざわざ、自ら分不相応なものに手を伸ばして、そして自ら破滅に向かっていくのか。

 そんなものなくなって、むしろない方が、ヒトはヒトらしくまともに生きていけるんじゃないんだろうか。


 まぁ、そんなこともまた、もうどうでもいいのだけれど。


 それでも、悠久の眠りの中でふと思ってしまう。

 もしそんな、ヒトが超常とは無縁の世界があったのならば、と。

 もしそんな世界があれば、私もまた、なんの変哲もない普通の女として、普通の日々を送ることができたのではないのかと。

 世界も、そこに住まう多くのヒトビトも関係ない。ただ手の届く範囲のヒトたちと過ごす、穏やかな日々を。


 くだらないと思いつつ、眠りの中だと夢を描くのをついついやめられない。

 そんなもしもを夢想して、ありえない空想を走らせてしまう。


 ただ、そうやって妄想に耽っていると、ふと我に返った時に虚しくなる。

 私を決して受け入れなかった世界と、私を拒絶したヒトビトのことを思い出して。

 そうして必ず私は、決まって同じ顔を思い浮かべてしまうんだ。


 愛なんて幻想に過ぎず、本来は存在しないもの。

 もう嫌というほど理解しているのに、それを再認識する度に虚しさが心を満たす。

 でもそれを繰り返していくうちに、段々と私の感情も鈍くなっていって。

 いつしか私は、ヒトを愛していた感情そのものに蓋をできるようになっていった。

 かつての日々を忘れることはできなくても、その時抱いていた気持ちを、覆い隠すことくらいは。


 そうして私は、彼に対する想いを深い闇の中に葬った。


 しかしそれでも、何故かどうしても捨てきれないもの。

 それが、ホーリーとイヴニングに対する想いだった。

 彼女たちとのことだって同じはずなのに、あの時二人が見せた顔が、どうしても消えなくて。


 友情だって、あらゆる絆と同じく脆いものなのに。

 彼女たちだって私のことを裏切ったことには変わらないのに。

 それでも、あの時気の迷いのように感じた最後の希望が、心のとても奥底で燻っていて。

 二人のことだけはどうしても、この心から追い出すことができなかった。


 またいつか、三人で共に過ごせる日が来るのだろうか、なんて。

 そんな夢にもならない、妄想ですらないことを、本当にたまに思ってしまったり……。


 ただ、今更私が何を考えて何を感じようとも、私がこの世界から消えたことには変わらない。

 自らの力である真理の刃を受けて、私は絶命したのだ。

 こうして心だけは保って、眠りにつくことで私という存在の消滅は避けているけれど。

 でもただそれだけ。一人で深い闇の中で眠る私は、もういないようなものだ。きっともう、誰も私を覚えてはいない。


 でもそれでいい。それがいい。

 私はあの世界に未練なんてないし、心残りだってない。

 私がもし何かを望むことがあるとすれば、それは。

 それは、夢の中でそれをそうと知らず、甘やかな時を過ごすこと、だろうか。


 私ではない私になって、何にも縛られない普通の人になって。

 そして何の変哲もない、普通の生活を歩むことができたのなら。

 誰も私を知らず、奇異の眼差しで見ることなく、もちろん私も何も特別ではなくて。

 そんな、今の私とはかけ離れた日々を、過ごすことができたのなら……。


 本当にただの夢のような、そんなくだらない妄想。

 それでも万が一、そんな日々を過ごすことができるのなら。

 その私ではない私なら、真に人と心を結ぶことができるかもしれない。

 夢のような出来事なのだから、それくらいのことを思い描いたって構わないだろう。


 決してあり得るはずのない、夢物語。

 少なくとも、私の知る世界では絶対にそうならないだろうと思える、ただの理想。いや、妄想。

 そんなものくだらないと、ありはしないものだと思うからこそ、夢に中には描いてしまう。

 現実には、決して存在しないものから。


 そんなことを思いながら、私は長い長い時を眠り続けた。

 世界とヒトビトを眠りへと誘なうのが役割だった私。

 そんな私はその全てを無視して、一人で眠り続ける。

ドルミーレ(眠り)』という名に相応しい最期だ。


 誰にも邪魔されることなく、私は夢を描き続ける。

 現実に蓋をして、深い深い眠りのその先で、ありもしない幻想を。


 でもたまに、ほんの少しだけ、私を親友と呼んだ二人の女のことを、思い出したりもしながら。




 ■■■■

第0章「Dormire」 完


次話に「人物紹介&用語解説」を挟んで第8章へと続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ