106 神秘を手にした人間
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人間とは、唯一神秘を持たない種族である。
それは、ヒトが世界から神秘を賜ったその時から不変の事実であり、この先にも変わる兆しはなかった。
いや、ドルミーレという存在が、人間を神秘へと近付ける役割を持っていたのだが、それは失われてしまったのだ。
そんな中で伝播したドルミーレの呪い、『魔女ウィルス』。
それは多くのヒトビトを異形へと変貌させ、死に至らしめる悪しきもの。
しかしそれは副産物として、人間を『魔法が扱える者』に変質させる、という特性を持ち合わせている。
人間がそこに目をつけるのに、そう時間はかからなかった。
王都の学者の一人が『魔女ウィルス』に感染したことがきっかけとなり、人間たちは魔法という神秘に手を伸ばすことを考え始めた。
元より人間は、自分たちが神秘を持たないことに劣等感を抱いており、持たざる者として日々探究を行っていた。
その道中で舞い込んできた神秘を手にする機会を、彼らは決して見逃さなかったのだ。
感染したその学者が、神秘の研究をしている者だったということ、そして耐久力があり、死に至るまでの時間が長かったことは、良くも悪くも奇跡的だった。
その学者の女は、自らの変質した肉体を隈なく調べ尽くし、そして感染したことで扱えるようになった魔法の研究に勤しみ、魔法という力の理論の入り口を見出した。
『魔女ウィルス』の解明や、はたまた神秘の解明には至らなかったが、魔法というシステムの組み立て方を解き明かしたのだ。
それがきっかけとなり、その学者の女は『魔女ウィルス』が肉体を蝕むその進行を、ほぼ完全に押さえ込む術式を編み出すことに成功した。
それを自らの肉体で証明した女は、一部の学者仲間とそれを共有し、彼女たちは『魔女ウィルス』を恐れることなく『魔法を扱える者』となった。
彼女たちは自らを『魔法使い』と名乗り、飽くまで魔女ドルミーレとは無関係の、『魔女』とは異なる存在だと、そう謳うようになった。
しかし、魔法を得たきっかけが『魔女ウィルス』であることに変わりはない。
死の恐怖を克服したこと以外は、彼女たちも他の『魔女』となんら変わりはなかった。
だが学者たちは、魔法という神秘は欲しかったが、しかし忌まわしきドルミーレと同列になることを激しく拒んだ。
その結果彼女たちが選んだのは、自分たちと『魔女ウィルス』の関係の隠蔽、そして死を克服する方法の隠蔽だった。
自分たちは飽くまで、自らの手で神秘を手にし、それがたまたま『魔法』と呼称するものだった、とした。
更には自分たちの魔法は論理が確立している為、『魔女』が扱うものよりも高尚であると、そう公言したのだ。
そうすることで『魔法使い』と『魔女』を全くの別物と区別し、更には魔法の優劣によって『魔女』への迫害は増した。
やがて魔法使いたちは、自らが扱う神秘を崇高なるものとして、明るみに出すことを拒むようになった。
元来神秘を持たなかったが故に、神秘への憧れと価値はとても高くなっており、それを持っていることの希少的優位を重視したのだ。
魔法は資格ある選ばれた者のみが持ち、そして研鑽を重ねるものだという思考が広まり、それによって『魔女』は、悪戯に神秘を公にする輩として、また更にその立場を悪くした。
その頃から、『魔女』は死のウィルスを拡散する危険人物、という扱いと同時に、不確かな魔法を扱う不埒者という扱いを受けるようになる。
それが、『魔女』を排除すべし、という思考に繋がっていくのだった。
ホーリーとイヴニングは、魔法使いというものが成立した頃に、花畑の城を出て王都へと登った。
ドルミーレの心の生存を確認した彼女たちは、約束守り、そして再会を果たす為に、ドルミーレの為に生きると決めたからだ。
二人は親友を虐げたこの国の内部に入り込み、国の行末の監視と、そしていつの日かドルミーレと再会できた時の、その土壌を整えることを目的とした。
ファウストと内々で話をつけ、二人は彼の口利きで王都の学者の仲間入りを果たし、そして魔法使いの一員となった。
その後、魔法使いが国の中枢に食い込んでいくのに任せ、二人もまた要職に潜り込んでいく。
魔法使いとなり、魔法という神秘を扱う手段を得た人間は、瞬く間にその生活と国の運営に魔法を取り込んでいった。
今までの繁栄の遅れを取り戻そうとするかのように、魔法は活発に研究され、それによってもたらされた手段や、製造された道具が広められ、人間は足早に新しい進歩を辿った。
しかし、魔法を秘匿して運用することを決めた魔法使いは、それを人間すべてが扱えるようにすることは考えず、飽くまで一部の資格ある者のみとした。
結果、魔法使いというだけで格のある者とされるようになり、魔法使いたちは軒並み、貴族などの高位の扱いとなっていった。
そうすることで、国そのものが魔法ありきとなっていき、またそれを誇るようになっていった。
城の人間には魔法使いが多く召抱えられるようになり、また国王たるファウストは、魔法使いとなった女を妃として迎えた。
そうして魔法が国の根幹となり、それを自分たちの誉れとするようになった人間たちは、自らの国を『まほうつかいの国』と呼ぶようになった。
そんな時流の中、イヴニングは城勤めの役職につき、魔法使いの一人として国営に携わるようになった。
そしてホーリーは、『魔女』を排除するべしという思想に則った、『魔女狩り』という組織の創立に携わり、指揮することになった。
イヴニングは元来の聡明さと、そして『魔女ウィルス』との高い親和性による、高い魔法の実力を買われ、城での立場を盤石なものとしていき、国の道行を見通せる視点を得た。
ホーリーは、ドルミーレの意思による『魔女ウィルス』に感染した『魔女』を、可能な限り守りたいと考えていた。
しかしドルミーレの頃から止まぬ、魔女憎しの思想を変えることはできず、敢えて魔女狩りの立場に入り込むことで、その行動とやり方をコントロールする道を選んだ。
そうして、二人は変革していく国に馴染みながらも、虎視眈々とドルミーレとの再会の時に備えた。
表向きは魔法使いの重鎮として、立場ある者振る舞いを。裏では『魔女』の一人として、ドルミーレの為の働きや、同胞たる『魔女』の支援を。
時と場合によって自らの表し方を変えながら、二人はゆっくりと自分たちの思惑をこなしていったのだ。
ドルミーレの眠りがいつ覚め、その後どのように姿を現すのかはわからない。
しかしいつか来るであろうその時、今度こそ彼女が生きやすい場所になっているように。
二人は人間たちに溶け込みながら、けれど常に親友への想いを抱きながら、彼女がいない日々を過ごしていった。
しかしそれは、文字通り果てのない日々となっていくのだった。
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