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81 王都へ

 数日後、私はファウストとの約束通り王都へと向かった。

 王への謁見の手筈は彼が進めてくれているから、私はそこに合流すればいいだけだ。


 しかし、事は私に対する心象で左右されるといっても過言ではない。

 魔女のインパクトは絶大だろうし、ファウストが私を伴って王の前に立てば、混乱は必至。

 それを極力抑え、そして私という存在を受け入れてもらうために、私は最大限の努力をしなければならない。


 いつも通り、ただありのままの自分を前に出していては、人々に与える印象は変えられない。

 だから私は覚悟を持って、ホーリーとイヴの教えを乞うことにした。

 今回ばかりは、私の個人的な意見で気に入らないだのなんだのと、そんなことを言っている場合ではないから。


 二人の友人はそれを快く受けてくれて、私は今、いつになく煌びやかな装いになっている。

 普段着ているシンプルな黒のワンピースドレスとは対照的な、白とシルバーを合わせた清楚で無垢なドレス。

 長い黒髪は、自分でもよくわからないほどに緻密に編み込まれ、まるでリースかのように飾り気を帯びている。

 唇に薄く刺した紅を始め、化粧まで施されて、自分でも己が誰だかわからない。


 二人に言われるがまま、されるがままに従って。

 正直私には合わないのではと思いつつ、だからこそ印象をガラリと変えられるているのではとも思う。

 慣れないことへの気恥ずかしさは捨て切れないけれど、しかし、二人が私のことを思って全力で仕立ててくれたこの姿。

 今は、そこに自信を持って堂々としているべきだと、そう思った。


 実際王都に到着し、久しぶりに人の中に訪れてみても、誰も私を避けることはなかった。

 視線を向けられる事は多いけれど、それは私を恐れるようなものではなく、どちらかといえば興味を示しているようなものだった。

 道行く人たちから向けられるのは、そのほとんどが羨望の眼差し。

 私のことを恐ろしい魔女だと思う人は、誰一人としていないようだった。


 そんな様子に、同行してくれたホーリーとイヴは大層満足そうだった。

 着飾った私が他人の目から見ても美しいこと、そしてそんな私が魔女と呼ばれている女だとは、誰も気付かないこと。

 それが彼女たちにはとても喜ばしいことだったようだ。


 こんな風に、少し見た目を工夫するだけで人の見る目が変わるなら、もっと前から努力していればよかったかもしれない。

 もちろん、それでもこの力を知れば人々は恐れたかもしれないけれど。

 それでも、今の状況とは何かが違ったかもしれない。


 そんなことを考えてしまうほどに、人々から向けられるものは今までの私が知らないものだった。

 好意的で華やかな、明るく前向きな視線。誰しもが私に見惚れて振り返る。

 まるでお姫様でも眺めるように、みんな私に笑顔を向けてくる。


 けれど同時にそれは、ヒトはものの上部しか見ていないということの証明だとも思った。

 邪悪な力で災いをもたらす魔女と、人間たちは皆私をそう蔑む。

 しかし一度私が装いを変えれば、その憎き私とも気付かず見惚れるなんて。

 結局ヒトは物事の本質ではなく、わかりやす部分しか見ていない浅慮な生き物だということ。


 だからきっと、今はこんなふうに私のことを輝かしく見ていたって、私の正体が露呈すれば態度はガラリと変わるのだろう。

 それほどまでに、私という存在はこの国の人たちに悪印象を与えているはずだ。

 だから勝負は、それが明らかになる前までにどれだけ印象をよくできるかだ。


 ────なんて、私がこんな風に他人の顔色を気にする日が来るとは、昔からは考えもつかないことだ。

 でもこれは見知らぬ他人のためではなく、まして自分のためでもない。

 これは、私を選んでくれたファウストのためであり、そしてここまで隣を歩いてくれたホーリーとイヴのためだ。


 その為なら、らしくないことも、慣れないことも、いくらでもやる。

 三人が私の人生に於ける全てなのだから、そのためになりふりなんて気にしていられない。

 私は大切な人たちのために、全てを捧げると誓った。

 それが、私の覚悟なのだ。


「ドルミーレ、緊張してる?」


 王都の大通りを歩きながら、ホーリーが私の手を握った。

 喧騒の中でこちらをチラチラと見てくる周囲を気にしながら、心配そうな目が私に向けられる。

 前からよく着ている白いローブを、ビシッと着こなした様子は、何だかいつにも増して頼もしい。


「ええ、少し。でも大丈夫。あなたたちがこうして隣にいてくれるから」

「無理はしないようにって言っても、まぁ難しいだろうけど。でも、根を詰めすぎないようにね」


 努めて気持ちを穏やかにしながら答えると、今度はイヴがそう言った。

 彼女はいつもと同じ、ラフすぎる装いで人目を憚ることもない。

 しかしそんな普段通りの彼女の様子が、自然と私の気持ちを和らげてくれた。


「気合が入っている事はいいことだけれど、空回りしたら元も子もない。慎重に、冷静に、だ」

「そうだよドルミーレ。考えすぎると怖い顔になっちゃうからね。ニコニコ行こう!」


 普段通りの気軽な会話を重ねながら、三人でゆっくりと歩みを進める。

 私の気持ちを落ち着けようとしてくれる二人に身を委ね、私は極力頭を働かせないようにした。

 考え始めるとついつい、堅苦しい思考が過ぎってしまうから。


 私の気持ちは既に固まっている。それ故の覚悟もできている。

 だから今はもう、これからどう転ぼうと私は受け入れられる。


 広い王都を三人で歩いて、そして中心にそびえる城が見えてきた。

 ややこじんまりとしつつも、しかし国を統べる長が構えるのに相応しい立派な城だ。

 その姿を捉えた時、正面から小さな一団がやってくるのが見えた。


 馬に乗った、少人数ながらも仰々しい集団。

 鎧を着込む近衛兵のような人たちが列を作り、そしてその中心には、白馬に乗る見慣れた男が見えた。

 人々を掻き分けながら、その一団は私たちの前までやっくると、中央の男の号令によって散開し、そして白い馬が前に出てきた。


「あなた、本当に王子様だったのね────ファウスト」

「まぁね────迎えに来たよ、ドルミーレ。いつにも増して美しいから、見つけるのはとても容易かった」


 いつものように伸ばされた手を取って、私は白馬の上に飛び乗った。

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