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54 私が望むもの

 世界を巡り、自身への疑問の回答を得て、また森に戻り。

 そうして私の旅路は終わり告げた。


 本来は帰還するつもりのなかった旅。

 戻って来ざるを得ず、しかし腰を落ち着けるつもりはなかった。

 けれど私のことを待ち続け、受け入れてくれる友がいた。

 ヒトへの不信感や嫌悪感を拭い去ることはできないけれど、でも彼女たちは違う。そう、思えた。


 どんなに私が常軌を逸脱した存在だとしても、私は飽くまでヒトだ。

 どんなにヒトを嫌悪し、その有り様に絶望しても、ヒトと関わらずに生きていくことなどできない。

 だから嫌なところ、悪性にばかり目を向けず、自らを受け入れてくれるヒトを受け入れようと、少しそう思えるようになってきた。


 ヒトとは私の存在を否定する者たちばかりではないし、喜び、求めてくれる人もいる。

 それは旅の中で少しずつ感じられてきたもので、そして二人との再会で明確に理解できたことだった。

 それでもやはり私は、まだ他人というものに苦手意識を抱いてしまうけれど。

 でも、自分が好ましく思うヒトとは、同じ時間を過ごしたいと思うようになった。


 だから私は、『にんげんの国』の外れにある生まれ育ったこの森に、再び逗留することを決めた。

 ホーリーとイヴニングという友と、また昔のように過ごすために。

 人間である彼女たちの側にいるためには、ここで暮らすのが最も適していたから。


 五年間の放浪の旅から、また昔のような静かな森暮らしに戻る。

 色々な所へ出歩き、また多くのことを学び取っていた日々と比べると、やや物足りなさを感じることもあるけれど。

 でも元々私の生活は平坦なものだったから、静かで穏やかな時の流れに慣れるのはそう大変なことではなかった。


 五年前までの十二年間の生活に戻った。

 概ねその通りだけれど、以前と違うところを挙げるとすれば、二人が毎日のように来ないこと。

 再会を果たした日から頻繁にやって来てくれるけれど、五年前に比べると頻度は落ちている。


 でもそれは仕方のないことだとわかっている。

 五年の時を経て彼女たちは大人へと近付き、昔のように遊んでばかりもいられないのだろうから。

 話によると、二人とも町の中で仕事に就き、それ以外にも家業の手伝いをしたりと忙しくしているらしい。

 だから二人が私の元に来られるのは、大体二、三日に一度のペースだった。


 その変化に寂しさを覚えることは否定できない。

 遠く離れ離れになることに比べればどうってことはないけれど、どうしても以前の日々を思い浮かべてしまって。

 だからといって、この森を出て彼女たちの町で暮らそうとは思えない。

 人間の只中に入ることに抵抗があるのはもちろん、五年が経っていようと、彼らは私と悪魔だと思い続けているだろうから。

 彼女たち以外の人間との共存は、私には難しい。


 けれどそれでも、友といつでも会える日々は、私に心の充実をもたらした。

 一人で旅していた頃は孤独が当たり前だったけれど、こうして時を分かち合うことを学ぶと、誰かと寄り添うことの意味を感じされられる。

 以前の私は友との繋がりが与えるものを、理解しきれていなかったけれど。

 一度失ってみてようやく、私はその大切さを理解できたようだった。


 共に過ごす緩やかな時の中で、私は二人に自らのことを話して聞かせた。

 二人なら私がどんなに異端的であろうとも、受け入れてくれるだろうという確信があったから。

 それに、彼女たちのことを信頼しているからこそ、話しておきたいと思ったから。


 私でも理解するのがギリギリだった真実に、二人はだいぶ頭を捻りながらも、やはりするりと受け入れてくれた。

 私が何から(いず)る存在で、何を求められていて、この力が何を及ぼすものなのか。

 それを知っても、二人は何一つ変わらない笑顔を向けて続けてくれた。


 私の有り様も、魔法という力のことも、全てを受け入れ包み込んでくれる。

 異端だと、普通ではないないと、まして悪魔のようだと。もちろんそんなことは言わず。

 私のあるがままを全て肯定してくれた二人。私は、彼女たちのために生きたいと思った。


 正直、私は自分が担っている役割には全く興味がないから。

 世界を揺るがすこの力を、特別ヒトビトの為に使おうとは思わない。

 でも彼女たちの為なら、私はなんだってできる。

 世界の為やヒトビトの為ではなく、私は二人の為にこの力を使いたい。


 しかし私がその意思を示しても、彼女たちは多くを求めはしなかった。

 日々顔を合わせ、共に笑い合えていれば十分だと、そう言うだけ。

 この力を使って何かを成したいと言うわけでもなく、自らが神秘を手にしたいと言うわけでもない。

 ただ、私と一緒にいられればと言う。それ以上求めるものはないと。


「移動に便利そうだから、三人で世界中を旅したいね」と、ホーリーが笑いながら言っていたけれど。

 でも彼女たちが口にするのは、そんなちょっとしたことや、日常的なたわいもないことだけ。


 欲がないなと思いつつ、でも自分自身もこの力で成したいことがないことに思い当たり、少し納得をする。

 私たちは価値観が似通っているからこそ、こうして一緒にいられるんだと。

 そして、私といられればそれで良いと言ってもらえるからこそ、私は彼女たちに何かをしてやりたくなるんだ。


 彼女たちがささやかな日常を望むのならば、それは私にとっても望むべくもないこと。

 だから私はこの穏やかな日々を精一杯甘受し、初めての幸せな時を過ごしていた。

 何も考えずに無を貫くわけでもなく、疑問や不安、嫌悪などの負で覆われることもない。

 望むものに満たされた、まさに満ち足りた日々を、私は十七年の時を経てようやく手に入れたのだ。


 大いなる存在も、強力な力も、望まれた役割も、何もかも関係ない。

 私は自らの意思で、自らの望みで、したい場所でしたいことをする。好きなヒトたちと共に。

 それが、自分の存在を理解した私が出した答えだ。


 誰に何を言われても、それを曲げるつもりはなかった。

 私はここで、ホーリーとイヴニングと共に生きていく。

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