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47 地に根を張る花

保護者(ガーディアン)だの抑止(カウンター)だの、遠回しな言い方ばかりするわね。もっとあなたが何なのか、はっきり教えて」

「もう、せっかちねぇアイリスは」


 言葉にトゲを持たせても、ミス・フラワーは決して動じない。

 相変わらずニコニコして、私を優雅に見下ろすだけだ。


「せっかちなものですか。私はあなたから答えを得るのに五年も待ったのだから」

「それもそうね。わかったわ、ちゃんと話しましょう。あなたはちゃんと、それを理解できるだけのものを身につけてきたようだし」


 ミス・フラワーはそう頷くと、まるで背筋を伸ばすように茎をピンと張った。

 それから珍しく改まった表情を浮かべて、とても柔らかい視線を私に向けてくる。

 真剣な様子を見せつつも、しかし緩やかな笑みを浮かべる様は実に彼女らしい。


「あなたは遠回しだと言ったけれど、保護者(ガーディアン)抑止(カウンター)も、私を表現する言葉としては割と的確なのよ。私はあなたを見守り、そして制するために存在しているのだから」

「私をヒト足らしめているものがある。それが、私の力や認知を制限している。そう聞いたのだけれど、それがあなたで間違いないということ?」

「うーん、そうね。概ね間違っていないわ」


 とてもスムーズに頷いたミス・フラワーに、少し虚をつかれた思いになる。

 彼女の場合、この期に及んでものらりくらりとかわされる可能性があったから。

 しかし彼女は答えるのが当然だというように、至極当たり前の顔をしている。


「私は、あなたという大きな力を持つ存在の、バランスを取るために生まれたの。あなたがヒトとしてヒトヒドと触れ合い、そしてその力を適切に扱えるように」

「だからあなたは、私にヒトの言葉で語りかけ、本来とは異なる名を与えることで、一人のヒトとして存在を落とし込ませた。そして私が人間であると信じて疑わないことにも、全く口を挟まなかったと……」

「そういうことっ。私はあなたに、飽くまでヒトであって欲しかったから」


 彼女の口から語られたことは、竜王が言っていたものに当て嵌まること。

 やはり、ミス・フラワーこそが私に制限をかけていた存在だということだ。

 大きな力と役割を持つが故に、ヒトの枠から外れてしまう恐れがある私を、ヒトの形に留める者。それが彼女。


「私はね、あなたありきの存在なの。あなたに連なる者で、まぁ言ってしまえば姉妹のようなものなのよ」

「姉妹……というにはあまりにもかけ離れているように思えるけれど」

「まぁそこは雰囲気よ。私が言いたいのは、私とあなたは存在がとても近しいということ。繋がっていると言ってもいいわ」


 姿形はまるっきり違い、性格もまるで違う私たち。

 そんな私たちが姉妹のような存在だなんて、そんなこと得心いかないと視線をぶつけると、ミス・フラワーは苦笑した。


「あなたがこの世界に生み出されたから、私も連鎖的に生まれた。あなたを見守り、時に補助し時に制するためにね。私はそれだけの存在で、それ以外の何物でもないの」

「つまり、あなたはこの世界における通常の生物ではなく、もちろんヒトでもないと」

「そう。そういう意味では私はとても例外的な存在ね。私はあなたが存在しているから存在できている者。あなたのかけた部分、又は分身みたいなものなのよ」


 確かに、このミス・フラワーのように植物がヒトの言葉を介しているところなんて、世界中を旅しても目にしなかった。

 世界の意思によって生み出された私の分身、私を調整するために別れた私の力の一部。

 そういう解釈をすれば、彼女の存在も少し納得できてくる。

 世界に直接干渉する力を持つ私の神秘を持ってすれば、こういった例外的な存在を生み出すこともできるのだろうから。


「まぁ、世界が用意した保険というところかしら。あなたが大きな力を持て余し、不安定にならないように。私という形で力の一部を外して、あなたを見守らせることで、もしもの時に備えたのよ」

「もしもの時って?」

「あなたが道を踏み外した時のためよ」

「…………!」


 飽くまで朗らかにそう言うミス・フラワーに、しかし私は思わず息を飲んだ。

 私を見守る私の抑止。道を踏み外した時の保険。

 それはつまり、ただ私の成長をコントロールするためだけの存在ではないということだ。


「あなたの持つ力は、世界そのものの力と言っても過言ではないから。それをヒトの形に落とし込むのは、とても難しいこと。だから私を分離させて時間をかけて調整することで、ゆっくりとあなたという存在を馴染ませた」

「でもそれが、失敗する可能性もあった。私の力が暴走して、大きすぎる力が世界を脅かす可能性があったと」

「そうね。そうなった時、それをセーブする役割も私にはあったの。まぁ、そうならないように細かい調整をするのが私の主な役割だけどね」

「………………」


 私の力の一部、私の分身のような存在だからこそ、私の抑止となり得る。

 飽くまで私が本体のようなものだから、彼女自身に大きな力はないようだけれど。

 私にもし何か予定外のことが起きた時、彼女という存在が私に対するカウンターになるようになっていたということ。


 それは保険。最悪のパターンの為のもの。

 飽くまで彼女の役割は、私の成長をスムーズにすること。

 だから彼女は、決して私に仇をなす存在というわけではないんだろう。


「そんな心配そうな顔をしないで。私はあなたの味方よ。私は別にあなたに反する存在ではないのだから」

「……ええ、そうね。あなたが私に悪意を持っていたら、今までいくらでも、どうにでもできたものね」

「そうよ。私は飽くまで保険。あなたが順風満帆なら、私はただここにいるだけでいいのよ」


 そう言って、ミス・フラワーは笑う。

 彼女が今こうして朗らかに私の話しているということは、今の私の成長には、何も問題がないということなんだろう。

 道を外れるということに、一体何が該当するのかはわからないけれど。

 彼女がその役割を果たすときは、私がそうなった時だけなのだから。


「そう。私はここにいるだけ。あなたを定まった形に導く私は、世界に根差し続ける存在なの。役割を全うするまでね」

「だからあなたは、地に根を張る『花』なのね。でも、役割を全うする時とは?」

「それはもちろん、あなたが力を十全に手にする時よ。あなたが自分の役割を果たすことを受け入れ、決断した時、私はあなたに還るの」


 私に還る。それは即ち、ミス・フラワーの形をしている私の力の一部が、私に返ってくるということ。

 そうすることで、私は自らの制限を全て失い、世界と完全に同調して、完全なる力を得る。

 ヒトビトを眠りへと誘ない、更なる神秘へと導く存在になるということ。


 時間をかけ、多くを知りながら成長した今の私なら、ヒトの形を保ったままその力を受け入れられる。そういうことなんだろう。


「あなたは帰ってきた。多くを知り、多くを得て帰ってきた。だから後は、あなた自身が望むだけよ」

「………………」


 今の私には、もう資格がある。

 自分の役割を受け入れ、それに準ずる資格が。


 でも、資格があってもその先は私自身の意思。

 今の私には、自らの役割というものを進んで行う意欲が特にない。

 したくないわけではないけれど、だからといって特にしたいとも思わない。


 資格があるというだけで、それを受け入れるのは、違うように思えた。


 それに、そうやって力を全て物にし、世界に限りなく違い存在になるということに、少なくない抵抗を覚える。

 明確な理由は口にできないけれど、何だか、自分が自分でなくなるような、そんな恐怖のような感情がある。

 私という個に何か未練があるわけではないはずなのに、それでも。


 例外尽くめで、辛うじてヒトである私。

 そんな私が世界と同調しきってしまうということは、何かを失うような気がして。

 そんなの、今更どうでもいいはずなのに。それでも、何故だか気になってしまうから。


「取り敢えず、しばらくはいいわ」

「あらそうなの? あなたは自分の意味を探していたんでしょう? それを得たのなら、全うしたいと思うと思ったんだけれど」

「そうね。でも色々と知った上で、今は気分ではないのよ」

「そう」


 私が答えると、ミス・フラワーは意外そうに目を見開いて、けれど微笑んだ。

 それはどこか、嬉しそうな笑み。奥に浮かぶ瞳は、どこか私を見透かすようだった。


「あなたを得ると、その代わりに何か失ってしまいそうだし」

「あなたにしては感傷的なこと言うのね。それはこうしてお話している私のことかしら。それとも或いは────」


 ミス・フラワーはやけに楽しそうに、からかうように言った。


「あなたの大切なお友達のことなのかしら」

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