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46 抑止

「ほら言ったでしょう? あなたは帰ってくるって」


 そう、ニコニコと陽気に話すミス・フラワーに、私は隠すことなく眉を寄せた。

 しかしそんな私の反応など全く意に介さず、巨大な白いユリの花はクネクネと茎を踊らせる。


「お帰りなさい()()()()。五年ぶりってところかしらね」

「……言われてみればそうね」


 最早呼び方を指摘する気にもなれず、私はおざなりな返事を返した。

『にんげんの国』を出てから、あまり年月の経過を意識していなかったけれど、恐らくそれほどの時が経っているのだろう。

 一つの場所に留まらず旅を続けていると、時間の経過というものはあやふやになるようだった。


「あなたがこうしてちゃんと帰ってきてくれて、私は嬉しいわ。まぁ、この森にはあなたの家があるものね」

「そこに大した意味はないわ。別に、あの小屋にもこの森にも、さして思い入れがあるわけではないもの」

「あらあら。じゃあお友達が恋しくなったのかしら。五年間の一人旅は寂しかったでしょう」

「────違う。私は、あなたに会いにきたのよ、ミス・フラワー」


 五年という月日を経ても、この花は何一つ変わってはいない。

 無駄に陽気で軽快で、歌うように声を転がしてペラペラ喋る。

 私の気持ちをわかったような口ぶりで、私が思っていないことを楽しそうに話す。

 花そのものであるだけに、思考回路がお花畑のようだ。


 そんな苛立ちを含めて、私よりも高い位置にある花弁の顔を見上げる。

 しかしやはり、ミス・フラワーはニコニコと朗らかな様子を崩さない。


 五年の時を経て、私は『にんげんの国』にある、故郷たる森に帰ってきた。

 かつての私が、乱れた感情で魔法を暴走させ、あらゆる植物を巨大化させてしまった森だ。

『にんげんの国』に戻ることを望んだわけではないけれど、地に根差した花であるところのミス・フラワーに会うためには、この地に舞い戻るしかなかった。


 最後に訪れた『りゅうの国』で、現存する最古のヒトである竜王と対話をし、私はあらゆる理解を深めた。

 その後、()の孤島で竜の神秘についてや、彼らのその叡智による様々な知識を得るためにしばらく滞在した私。

 気が付けば、旅を始めてから相当の年月が経っていたのだった。


 長い旅で世界中を見て周り、私自身やその力について理解を深めることができた。

 それを活かすかどうかは別問題としても、何もわからなかった今までと比べれば、私という存在の明瞭さは雲泥の差で、今を生きている実感を確かに得られるようになった。

 けれど、そうやって知った意味や役割や成り立ちを、これからの私の人生の指針にするかどうかは、全く決めることができなかった。


 けれど、竜王との中で出た話題は、しばらく私の心の中にもやもやと留まり続けた。

 はじめは無視しようと、気にしないようにしようとしたけれど、それでも胸の中でしこりのように居座り続けて。

 だから私は仕方なく、嫌々、重い腰を上げて、生まれ育ったこの森に帰ることを決めたのだ。

 本来だったら、もっとずっとしばらく、世界中を練り歩く旅を続けても良かったのだけれど。


 大きすぎる力を持ち、世界の意志によって生まれた私は、ヒトの形を持ちつつも限りなく世界に近い存在だった。

 そんな私をヒトに落とし込み、そしてヒトとして歩めるように制限をかけたものがあるだろうと、竜王はそう言った。

 もし彼の言葉が正しいのであれば、私に思い当たるのは一つしかない。

 気が付いた時には身近にあり、初めてヒトとして言葉を交わし、私に偽りの名前を与えた者。


 それこそがミス・フラワー。

 彼女自身が以前、自らを私の保護者(ガーディアン)だと言っていた。

 そして何より、彼女という存在は私に連なったものだと、元から感じていた。

 だから竜王がその存在を語った時、私は真っ先にこのユリを思い浮かべたのだ。


「私に会いにきてくれたの? それはとっても嬉しいわ。私もあなたに会いたかったもの」

「私はあなたに会いたかったのではなく、あなたに聞くことがあったから来ただけよ」

「もう、冷たいことを言うのねぇ」


 こっちの気持ちなど気にせず、いや私の機嫌をわかっているからこそ、ミス・フワラーは陽気さを崩さない。

 私の神経を逆撫でするためにわざとしているのではないかと思うくらいに、この花はしつこいほどに朗らかだ。

 けれど彼女に悪気などなく、この花は元から常にこういう性格で、そこに具体的な意味なんてないんだろう。


 そんなことはわかっているから、昔から私はこの花に必要以上に深入りしないようにしていた。

 明らかに反りが合わないのに、不必要に関わるなんて疲れるだけだから。

 でもこうして意図してコミュニケーションを取ろうとすると、どうしても苛立ちに似た感情が心を沸々とさせる。


「あなたが何なのか、何のためにここにいるのか、いい加減聞かせてもらうわ。まだ先なんて、もう言わせない」

「そうねぇ。来たるべき時、のその時に、もうなってしまったものね。まぁ、そんな仰々しい言い方をする必要はないけれど」


 もう逃さないと、睨みつけるように強く言うと、ミス・フラワーは案外コロッと頷いた。

 五年前言っていたように、私がここへ帰ってくる時が話すべき時だと思っているようだ。


「だけれどアイリス。あなたは既に、私という存在に対して当たりをつけているんじゃなあい?」

「ええ、ある程度は。でもそれは憶測でしかないし、はっきりとしたところはわからない。あなたが何なのか知っているのは、あなたしかいないのよ」

「それもそうね。私はあなたがいるから存在しているわけだし、あなたと私しかしない以上、答えは私しかわからないわね」


 ミス・フラワーは笑顔を絶やさない。

 どんな話をしている時も、決してこの花は様相を変えない。

 それ故にどこか不真面目な空気が漂うけれど、言葉の中身は引き締まった。


「私はね、アイリス。あなたの抑止(カウンター)なのよ」


 歌うように軽やかに、ミス・フラワーはそう言った。

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