表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

761/985

44 帰郷

 ────────────




『にんげんの国』の南端にある小さな町。

 ほぼ国外れといって相違ないその町は、ささやかながらも活気に溢れていた。

 林に並んだ町並みは、自然と混ざり合いながら豊かで穏やかな時を刻んでいる。


 巨木を囲む町の中心地が火災にあったのは、凡そ五年前のこと。

 多くの家屋、木々が焼失し倒壊したが、現在はその爪痕も大分ささやかなものになっている。

 倒壊物は撤去され、代わりに新しい建物が立ち、焼け落ちた木は新たなものが据えられた。

 万全とは言えずとも、町は以前の様相を取り戻しつつあった。


 小さな町故に火災は大事であったが、被害の程はとてつもなく大きいとは言えなかった。

 再建に注力し、人々が日々を励めば、暮らしぶりを取り戻すことは難しくはない。

 小さな町だからこそ、町民は力を合わせて再建に奮起したのだった。


 町の南には、怪物的な森がある。

 天高くそびえる不気味な巨木が群れた、奇怪な森だ。

 そこには町に災いをもたらした悪魔が住むとされ、町民は一層に恐れ、決して近づこうとはしなかった。

 一度は悪魔の討伐の声も上ったが、更なる災いを恐れ、触れないことを決め込んだのだ。


 それが功を奏したのか、以降町に超常的な災いは起きていない。

 少女の形をした悪魔の姿も、その後誰一人見かけていないという。

 国外れの森は、悪魔が住む森という畏怖の念だけを残し、誰に踏み入られることなくそこにあり続けた。


 ここ五年間は実害のない、悪魔が住むとされる森が近隣にある。それ以外は平凡で平和な町。

 その中心地にそびえる巨木の枝の上に、女が一人座っていた。

 いや、女というにはまだ未熟が見えるが、しかし少女というほど幼くもない。

 しかし成人に達していないその女は、やはり少女と呼ぶべきだろう。


 昼下がりの木漏れ日を浴びて、少女は木の幹に背を預けながら、片脚をだらりと枝から下ろして座り込んでいた。

 乗せたもう片方の脚は膝を立たせ、その上に器用に本を乗せて、緩やかにページをめくっている。

 林から抜けてきたそよ風が巨木の枝葉を撫で、彼女の乱雑な長髪を踊らせるため、少女はうざったそうに片手で髪を押さえた。


 切るかまとめるかすればいいだろうに、少女は面倒がってそれをしない。

 ただ無作為に伸ばした髪は整えることなくそのままで、身にまとう衣服は手軽さ重視の軽装でダボついたもの。

 およそ身嗜みと呼べるものを一切していない彼女だが、その目付きには聡明さが窺える。


 外見的な淡麗さには欠けるが、内側には輝くものを持つ。

 少女はそれで満足しているが故に、自身を一切取り繕おうとしないのだった。

 自分のことは自分がわかっていればいい。あるいは、わかって欲しい人にわかってもらえていれば、それでいいからだ。


「ん……?」


 ふと、少女は本から顔を上げ、巨木の上から見渡せる町並みに目を向けた。

 それと同時に一陣の風が吹き抜け、何かに気を取られた少女の髪をバサバサと拐い、そして本のページを乱した。

 しかし少女はそれに気に留めることなく、遠く町の北側に目を凝らす。


 そして瞳に小さな何かを映して、少女は一人ニィッと笑う。

 それはいつも淡白な彼女には珍しい、少女らしい花のような笑顔。

 しかし花に例えるには少し鮮やかさに欠ける、やや歪んだ笑みだった。

 だがそれでも、少女にとっては喜びによるもので間違いない。


「────まったく、人の虚を突くのは相変わらずか」


 少女はそう独言てから、どこまで読んだのかわからなくなった本をバタリと閉じた。今はもう、そんなことなどどうでもいい。

 閉じた本を小脇に挟むと、巨木の枝から滑るように身を落とし、三メートルはある高さからするりと地面に着地する。

 幼少期からこの木に登っている彼女にとって、この程度のことはもう造作でもない。


 少女は着地した勢いそのままに、木の上から見たものを目指して北の方に駆け出した。

 その足取りは軽くしなやかで、まるで好奇心に満ち溢れた子供のようだ。

 新しい玩具を手にした時のように、彼女にはもうそれしか見えていない。


 少女は風ではためく長髪を無視し、逸る気持ちを本を抱きしめることで抑え込みながら、一目散に走った。

 巨木のある中心地から伸びる町の大通り。町の北側は主に他の町々から来るものを迎え入れる場であり、大通りは北へ向かうほど人の行き交いが多くなる。

 そんな人の道行をかわしながら走った少女は、やっと目的のものを間近に捉えた。


 人の行き交いが多いとはいえ、元々大きくない町の人手。

 探し物を見つけるのに苦労はなく、そして目的のものを見失うこともなかった。

 少女はそのまま、視線の先にあるもう一人の少女に向かって走り続ける。


「あぁーーー! おーーーい!!!」


 白いローブに身を包んだポニーテールの少女が、彼女に気がついて満面の笑みを浮かべた。

 そして大手を振り上げて、駆け寄る少女に向けて同じように駆け出す。

 二人はお互い足を緩めることなく、駆け込んだ勢いのままにぶつかり合い、しかしどちらともよろめくことなく固く抱き合った。


「ただいま、イヴ! 会いたかったー!」

「帰ってくるならそう言いなよ、ホーリー。まったく君は……」


 奔放に明るい声で再会の喜びを上げるホーリーに、イブニングは嘆息を漏らす。

 しかし久しぶりの友人の帰還に歓喜の方が勝り、嫌味もそこそこに強く白い体を抱きしめた。


 町が火災に見舞われてから、五年が経った。

 二人の少女はすっかり大人び、十七歳になっている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ