32 長老たち
岩の塔の中は少し薄暗く、壁に備えられた松明と窓から差す光でぼんやりとしている。
入り口を潜ると背広をしっかりと着込んだ羊が出迎え、ピンと伸びた背筋のまま深々とお辞儀をした。
白い髭を蓄えたヒョロりと背の高い、老年を思わせるヒトだ。
熊が二三言葉を掛けると、羊は驚いたように更に背筋を伸ばし、まじまじと私を眺めてからゆっくりと頷いた。
それからすぐに、羊は塔の壁沿い作られた螺旋階段を駆け上がっていった。
しんと静まり返った石の中で羊の蹄の音がカンカンと鳴り響いて、その慌てようを物語る。
熊はそんな羊の後ろ姿を見て、少しだけ笑っていた。
羊は、ものの数分で駆け下りてきた。
白い羊毛に汗を滲ませた羊は、肩で息をしながらも努めて平静を装って、再び私にお辞儀をした。
「長老たちは、是非お会いしたとの仰せです」
「たち?」
意外にも軽快な青年の声をあげた羊の言葉に、私は思わず聞き返した。
羊は「はい」と端的に答え、腕を広げて私を螺旋階段へと促す。
「我が国を誇る十一の長老が、貴女様をお待ち申し上げております」
予想していなかった数字に、私は思わず隣の熊を見上げた。
この国を取り仕切る長老とやらがそんなにいるなんて聞いていない。
しかし私の視線を受けても、熊は特に気にするそぶりを見せなかった。
私が特に聞かなかったから答えなかっただけで、きっと他意はなかったんだろう。
文句の一つでも言ってやろうかと思ったけれど、でも熊に罪はない。
それに長老が一人だろうが十一人だろうが、それで何が変わるわけでもない。
私は一瞬の戸惑いを溜息と共に吐き出して、羊に従って先に進むことにした。
「俺はここまでだ。知りたいことが知れるといいな」
私が足を一歩踏み出すと、熊はあっさりとした様子でそう言った。
確かに彼自身が長老に会う必要はないし、これ以上私に付き合う必要もなかった。
深入りもせず文句も言わず、黙々とここまで案内してくれた熊は、目的を果たした後も淡白だ。
「………………助かったわ」
そんな彼は、私の言葉に薄く微笑むだけ。
そしてそれ以上の言葉を口にすることなく、そっと手を上げて塔を去ってしまった。
大きな後ろ姿は、その心を移しているようにとても広く静かだった。
私はその姿が消えるまで見送ってから、羊と共に階段を登った。
薄暗い塔の中の変わらない景色を眺めながら、私の靴と羊の蹄が鳴らす音を聞きながら。
私たちは淡々と冷たい石の塔を昇った。
少し目が回りそうなほど昇った先で、階段は終わりを迎えた。
その終着点には扉はなく、上階にそのまま上がり込むような作りになっている。
私に先行していた羊は階段の終わりの手前で立ち止まると、脇に避けて私を先へと促した。
この先に、長老たちとやらがいるらしい。
確かにこの手前の位置からでもわかる、他の動物たちとは比べ物にならない強い気配を感じる。
これが彼ら特有の神秘の気配なのか、姿は見えずとも存在感が凄まじい。
けれどそれに物怖じする必要は感じられなかった。
確かに大きな力を感じるけれど、自分の中にある力と比較してみると、その総力は私より小さなものに思えたから。
普通のヒトにしてはとても大きいけれど、でも私にはおそらく及んでいない。
恐怖する理由も、萎縮する理由も特に見当たらなかった。
だから私は迷うことなく羊の脇を通り抜け、上階へと上がり込んだ。
入り口を潜った先は、今までとは打って変わってとても明るく澄み渡った場所だった。
同じ石の塔の中のはずなのに、外壁や天井は透明で、外界の様子を映し出している。
外からの光が遮られることなく差し込んできていてとても眩しい。
まるで空の上に出てしまったかのように、外には雲が浮かんでいて下界を見渡すことができない。
「お前がドルミーレか」
その変わりように流石に驚いていると、腹に響く低い声が私の名前を呼んだ。
それですぐに我に返った私が周りを見渡すと、円形の空間に沿うように、十一人の動物が鎮座しているのがわかった。
階段を上がってきた私が丁度十二番目になるような位置で、十一の動物たちが私を取り囲んでいる。
全員岩の床の上に敷かれた座布団に座し、思い思いに寛いで私を興味深そうに眺めていた。
私を呼んだのは、目の前に位置する動物だろうと直感が告げた。
それは私の三倍はあろう大きさの、白銀の毛並みを持つ狼だった。
「ええ。私がドルミーレ。あなたが長老たちの中で一番偉いヒト?」
答えるのと同時に尋ねると、狼は静かに首をふった。
「いいや、我らに順列はない。我ら長老は、常に平等だ」
「私たちは偉いのではなく、ただ長い時を生きた故に知識を多く持っている、というだけだからね」
そう続けたのは、左側に座る鶴だった。
白い首をくねっと曲げて、私に向かって優しく微笑む。
「この国に権力や地位なんてものはないの。ただ先導する者がいないとまとまらないから、長生きしてるヒトが知恵を出し合ってるだけなのよ」
「長く生きていれば神秘が根付き、世界と通じやすくなる。私たちがこうして構えているのはそれだけの理由さ」
鶴の言葉に頷きながらそう言ったのは、右側に座るオラウータン。
長い腕をのっそりと組みながら、眠そうな顔でモゾモゾと口を動かしている。
「だから私たちは君を知っている。第七の神秘を持つ少女、ドルミーレ。世界が、君の存在を私たちに教えてくれた」
「だが、我々が知っているのは君というものの存在だけだ。是非とも君のことを聞かせてほしい」
私の左真横にいたライオンが重々しく言った。
大きくふさふさとした鬣を撫でつけながら、細目で私を見据える。
「我らも君の問いかけに応えよう。知りたいことを述べるといい」
「…………」
相対するとわかる、深い年月を重ねてきた存在の重み。
彼らの力による気配とはまた違う、それぞれが培ってきた命の重み。
十一ものそれを一身に受けながら、しかし私は物怖じせずに一歩前に踏み出した。




