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29 喋る鳥

 私が過ごしていた森とは違い、湿度の高い熱帯地であるこの密林は、ごみごみと雑多な場所だった。

 一帯には薄らと霧が立ち込めていて、湿度が高いのと同時に視界があまり良くない。

 長いこと森林に囲まれて暮らしてきた私でも、あまり居心地の良さを感じなかった。


 魔法を使って風を流し、霧を払いながら奥へと進む。

 自分の周りの空気を流すことで、幾分か不快感を取り払うことができた。

 けれど足の踏み場がないくらいに生い茂った草木の中は歩きにくく、それだけはどうしようもない。

 この奥に本当に国があるのであれば、道がどこかにあってもいいと思うのだけれど。


 そう考えながら歩みを進めているうちに、私は大きな河に突き当たった。

 対岸が辛うじて窺えるほどに河幅の広いそれは、足を踏み入れれば抵抗虚しく飲まれるであろう激流だ。

 けれど西の方角へと流れているそれは、次第に河幅を広げているようで、下流へと向かえば幾分か穏やかになるであろうことが窺えた。


 河の進路を辿れば、ヒトが住む場所に辿り着くかもしれないと、私は河沿いを歩いて行くことにした。

 余計に湿度が上がった気もしたけれど、流れる水の音が幾分か心に清らかさを与えてくれる。

 雑多に生茂る草木を眺めているだけよりは、ほんの少しだけ気分が楽だった。


 しばらく密林の中を進んで、私はふと違和感を覚えた。

 この密林に入ってきてから、生き物を全く見かけていない。

 道中の様々な地域には、多くの野生の動物たちが暮らしていて賑やかな場所が多かった。

 しかしここに来た途端、生き物の姿は疎か、鳴き声すら聞こえてこない。


『どうぶつの国』が近いのならば、寧ろ他よりも生き物で溢れていてもおかしくはないと思うのだけれど。

 もしかしたら道を間違えて、無駄足を踏んでしまったのではないか。

 そんな思考が頭をよぎった時だった。


 急にガサリと、茂みが揺れる音が耳に飛び込んできた。

 風がそよいだ音ではなく、明らかに何かが動いた物音。

 私は瞬時に足を止め、反射的に身構えてしまった。


 水が流れる音だけが響く森の中で、息をひそめて辺りを見回す。

 けれど霧のせいで視界はあまり良くなく、奥底を見てとることはできなくて。

 私は慎重に、物音がした方向へ意識を集中させた。


 すると、もう一度茂みが揺れる音がした。

 そして今度はすぐに、近くの木の枝とその葉っぱもガサガサと揺れた。

 何かがいる。そう確信した私は、揺れた木へとゆっくりと近付いた。


 そして未だガサゴソと揺れ動く枝を見上げ、青く茂った葉っぱの隙間に何かの影を見つけた。

 何か小動物のように見える。今まで何も見かけなかったけれど、全く住んでいないわけではないかもしれない。

 姿は良く見えないけれど、向こうがこちらに気付いている様子はない。

 特に害はなさそうだと確認した私は、その何かから視線を外した。


 急なことだったから驚いたけれど、野生の動物ならさして気にする必要もない。

 そう思って、再び河沿いの歩みを進めようとしたその時。


「お、うわぁっ! なんかいる……!」


 私の頭上、木の上から甲高い声が飛んできた。

 キンと耳に刺さる、よく響く声。それは明らかに私の真上から飛んできた、ヒトの言葉だった。

 ハッとして慌てて上を見上げると、当時に枝の間から何かがバサリと降ってきた。


 咄嗟にその場から飛び退くと、私がいた場所に落ちてきたのは一羽の大きなオウムだった。

 私の腰ほどまである巨大なオウムで、染物のように鮮烈な赤い羽がその全身を埋め尽くしている。

 その巨大さもさることながら、私の目を引いたのはその容姿だった。

 真っ赤な羽毛ではなく、そのオウムが身につけているものが、私に痛烈な違和感を与えた。


 その巨大なオウムは、何故かタキシードを着ていたのだから。


「わーお人間だ。人間の女の子だ。いや……うーん?」


 オウムは黒い嘴をカチカチと鳴らしながら、ヒトの言葉を口にした。

 くりっとした目で私のことをまじまじと眺め、体ごと首を傾げて不思議そうにしている。

 耳につく高めの声は、しかし女性的ではなく、どちらかと言えば男性的な色をしていた。実際の性別はよくわからない。


「おぉぉ……君はとっても不思議な子だねぇ。普通の人間とはなんだか違うみたいだ……まぁ、私は人間に会ったことはないんだけどさ」


 何かを感じ取ったのか、勝手に納得したような言葉を口にするオウム。

 そんな姿を見て、私はようやくこのオウムが普通の動物ではないのだと理解した。


 ヒトの言葉を介し、知性を持つ動物。つまりこのオウムは『どうぶつの国』の住人なんだろう。

 普通の、野生のオウムが服を着ているなんておかしいし、こんな明瞭に言葉を話すわけがない。

 そう納得した私は、ようやく口を開いた。


「私は人間ではないわ。同じ形をしているだけ────見たところあなたは『どうぶつの国』のヒトのようだけれど……」

「……? ああ、そうだよ。ちょっと羽を伸ばしに来てみたら、君がいたからびっくりしていたのさ。こんな森の中で一体何を?」


 不思議そうにしながらも、オウムは私の問いかけに頷いた。

 私に対する警戒心のようなものは特になさそうで、純粋な疑問を投げかけてくる。

 人間や妖精と違って表情が読みにくいけれど、害意はないように見えた。


「『どうぶつの国』を目指しているの」

「そうか! じゃあ、ここで会ったのも何かの縁ってことで、私が案内してあげよう。といっても、もうすぐそこなんだけれどね」


 私が答えると、オウムは深く考える素振りも見せずにそう言った。

 こんなところで一人でいる私に何も思わないのか、警戒や疑心の様子もない。

 逆にこちらが訝しみたくなるほどだった。


 けれど、彼も妖精たちと同じように呑気な性分なのかもしれない。

 とりあえずそう思うことにして、私はオウムの提案に乗ることにした。

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