13 火災
ホーリーが落下した時、その手にはランタンがあった。
それが枯れ草に引火したんだと、私はすぐに再度下を覗き込んだ。
綿雲のようにホーリーを包み込んでいた枯れ草が、急激な勢いで燃え広がっている。
荷車の上はあっという間に火に飲まれて、その中心にいる彼女に襲いかかっていた。
ホーリーは突然のことに縮み上がって悲鳴をあげ、その場から動けなくなっている。
「ホーリー!」
危機感が駆け巡り、私は咄嗟に力を使った。
このままではホーリーの身が危険だと、そのことで頭がいっぱいになって、ただ無我夢中に。
火を消し止めることよりも、まずは彼女をあそこから救い出さなければいけないと。
私の意思を力が汲み取り、風となって興った。
ホーリーを包み込むように風が渦巻き、炎からその身を守り、力強い風圧によって身体を浮かせて吹き上げる。
ホーリーの体は木葉のように軽々と持ち上がり、上昇する風の流れに乗って枝の上まで飛び上がった。
イヴニングがその身体をしっかりと抱きとめ、私はすぐに身の安全を確認する。
すぐに助け出せたからか火傷は見て取れず、服がやや煤汚れている程度だった。
「こ、こわかったー!」
ホーリーはイヴニングにしっかりと抱きつきながら、涙ながらの声をこぼした。
イヴニングに背中をさすられながら、涙を滲ませた瞳を私に向ける。
「ありがとうアイリス。私、死んじゃうかと思ったよぉ……」
イヴニングに抱きついたままだというのに、そのまま私にも飛び付きそうな勢いのホーリー。
そんな彼女に首を横に振りながら、少しだけこの力があって良かったと思った。
正体も由縁もわからない力ではあるけれど、この力がなければ彼女をすぐに助けることはできなかったから。
泣きじゃくりながらも元気な顔を見せるホーリーを見て、心が安堵に満たされる。
一息がつけたところでようやく私は、自分が他人に深く心を動かされていたことに気付いた。
彼女が落ちた時、炎が広がった時、そして無事がわかった時。
自分のことではないのに、私の心は大きく揺れ動き、感情が全身を満たしていた。
私は今まで、二人に言われるがまま、なすがままに流されてきていたと思っていたけれど。
私自身が彼女たちを必要とし、そして個人的な情を抱くようになっていたのかもしれない。
私の人生に他人は必要不可欠ではないと、そう思っていたけれど。
ホーリーの危機に心が揺れたという事実は、きっと……。
自分の内側に溢れた未知の感覚に戸惑い、けれどどこか喜びのようなものを感じていた、その時。
木の下から大勢の叫び声が上がった。
完全に安堵していた私たちは、不意を突かれて慌てて下を覗き込む。
すると、先ほどホーリーが落下していた荷台から炎が飛び火しており、周囲の建物にまで火の手が広がっていた。
「…………!」
その光景を見て、私は自分の過ちに気付いた。
私はホーリーを救出することに気を取られて、火への対処を全くしていなかった。
しかもホーリーに火が回らないように風を起こしたことで、燃えたままの枯れ草が飛び散ってしまっていたんだ。
眼下では大人たちが手分けして消火活動に当たっている。
けれど私の風によって撒き散らされた枯れ草は至る所に火を移していて、炎上箇所が多く、手が回っていなかった。
「た、大変……! わ、わたしのせいだ……」
燃え広がる火の手と、慌てふためく町の人たちの光景を見て、ホーリーは縮み上がった。
けれど決して彼女の過失ではない。火を渡したのも、そしてその対処を誤ったのも私なのだから。
「私が、なんとかする」
私は二人に向かってそう口にして、すぐさま木から飛び降りた。
危ないよとイブニングの制止する声が背中に聞こえたけれど、私は自分の失敗の責任を取らないといけない。
人間とは、ヒトとはそういうもののはずだから。
地面に降り立って周りを見渡してみると、火の被害はまだそこまで大きくなってはいなかった。
町の中心地であるせいで建造物が多く、引火してしまったものは多いものの、まだあまり燃え広がってはいない。
ただ建物は木造が多く、また草木が多い町並みだから、対処が遅れればすぐに火の手が広がることは明らかだった。
私は自分の力をあまり多くのことに使ったことはないけれど、この火を消し止めることはできるだろうと、そんな気がした。
私の力は自分の意思を事象として反映させることができるから、火が消えゆくことに意識を向ければ、消火はそう難しくないはず。
それに元を辿れば、あの火は私が出したのもなんだから。
巨木の根本で周囲を見回しながら、私は燃え広がった炎に力を持って意識を向けた。
その燃え上がる熱のエネルギーを抑え込むイメージを浮かべると、各所の火の勢いが徐々に落ちていくのがわかった。
意識を向けるところが多いから、普段力を使うときよりも大分神経を使うけれど、それでもこのまま消し止めることができそうに思えた。
私が押さえ込んでいることと、人々の消火活動が相まって、火の勢いはどんどん弱まっていく。
このままなら大丈夫かもしれないと、私は少しだけ気が緩む。
その時、慌ただしく駆け回っていた人が勢いよくぶつかってきて、私は思いっきりその場に倒れ込んでしまった。
それによって炎へと向けていた意識が緩み、同時に力のコントロールが不安定になってしまって。
マズいと、倒れ込んだまま顔を持ち上げた、その瞬間。
消えかけていた各所の炎が急激に膨れ上がり、爆発でもしたかのような勢いで炎が拡散した。




