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6 またね

 椅子へと座り直した二人は、私の力に興味津々といった視線を向けてきた。

 その期待に応えるつもりはなかったのだけれど、お茶の準備の為に力を使うと二人はまた感嘆の声をあげた。

 知識として人間にはないものだとわかっていても、私にとってはありふれた日常の動作だから、とても不思議な気持ちを覚えた。


 私がいつも飲んでいるハーブティーを淹れ、三人でテーブルを囲む。

 二人を招き入れ、席を用意してお茶まで淹れたのはいいけれど、私はそれからどうするべきなのかがさっぱりわからなかった。

 私の人間としての知識と常識がこうさせたけれど、それでも私にはやっぱり他人との交流の仕方なんてわからなくて。

 しかし私が困る暇もなく、ホーリーが楽しそうに口を開いた。


「アイリスは、どうしてこの森で暮らしてるの?」

「さぁ……気がついた時にはここにいたから。特に、出る必要もなかったし」

「一人で住んでるの? お父さんやお母さん、家族は?」

「私は最初から、ずっと一人よ」


 ティーカップを握りしめながら身を乗り出して問いかけてくるホーリー。

 そんな彼女の質問にありのままを答えると、ホーリーもイヴニングもとても驚いた顔をした。


「じゃあ君は、生まれてこの方ずっとこの森で一人で生きてきったこと?」

「そう……ね。私は、自分以外の人間と会ったのは、あなたたちが初めて」


 今度は驚きというよりは、呆然とした表情になった二人。

 口をあんぐりと開けて、信じられないようなものを見るような目を向けてくる。

 私の力を目にした時よりも、もっと混乱しているのかもしれない。


「そんなことって……ますます君は不思議な子だなぁ」

「変……?」

「まぁ……正直なところ変じゃないとは言えないね」


 反射的な疑問を投げかけると、イヴニングはきっぱりとそう答えた。

 けれどそれは笑みと共に述べられたもので、嫌悪や畏怖のようなものは感じられなかった。


「普通ではないけれど、でもそれが君なんだろう? 他人と比べる必要はないよ。まぁ君の場合は比べる他人が、今まではいなかったんだろうけれど」

「イヴが言うと説得力あるよね〜」

「褒め言葉と受け取っておくよ、ホーリー」


 茶化すように笑ったホーリーに、イヴニングは澄ました顔で応えた。

 今までは自分が他者からどう思われるかなんて考えたことがなかったけれど、こうして他人と関わることで、自分がどう思われるのかと感じた自分がいた。

 私が力を使った時、そしてこうして素性を語った時の二人の反応を見れば、私が異端的であることは明らかだったから尚更。


 それでも二人は、それ自体には驚きつつも私という存在を否定はしなかった。

 それが何故だか私には無性に心地よく思えた。

 どうしてなのかは、今の私にはよくわからなかったけれど。


「まぁなんにしても、この森にいたのがアイリスみたいなかわいい女の子でよかった! やっぱりさ、オバケだったらどうしよーって、ちょっと思ってたから」

「かわいい……? 私が?」

「かわいいよ! その黒い目も、長くてサラサラな黒い髪もキレイだし、ワンピースもとっても似合ってる! それに同い年なのに、とっても大人っぽくてステキ!」

「…………」


 宝石のように目を輝かせるホーリーに、私はどう返事をしていいのかわからなかった。

 自分がどのような外見をしているのかは知っていたけれど、それを他人がどう感じるかなんて気にしたことがなかったから。

 それでも彼女が楽しそうにしている姿を見ると、悪い気はしなかった。


「綺麗な女性がいるって噂もあったから、もしかしらそれはアイリスのことだったのかもしれないね。確かに君は大人っぽいし、凛々しいからそう見えてもおかしくない」


 ホーリーに賛同したイヴニングもそう言ってうんうんと頷く。

 私にはよくわからなかったけれど、二人が言っているのだからきっとそうなんだろうと納得した。


 それからも二人は、とても賑やかに喋り続けた。

 最初は私への質問が主だったけれど、やがてたわいもない世間話のようになって。

 それでも全く勢いは衰えることなく、何度お茶を入れ直したのかわからない。


 この年頃の少女というものはこんなに喋るものなんだと思いつつ、私はあまり口を挟むことはできなかった。

 二人が投げかけてくる質問に、なんとか答えることが精一杯。

 それでも二人は私の返答にとても喜んで、次々と会話を展開させていった。


「あ、いけない! 日が傾いてきちゃったよ!」


 私が何度目かわからないお茶のお代わりを入れようとした時、ホーリーが突然声をあげた。

 窓の外を見てみると、確かに日の光が赤らんできているのがわかった。

 一体どれくらいの時間彼女たちと過ごしていたんだろう。

 時間という概念はもちろん私にもあるけれど、具体的に気にするのは初めてだった。


「もう帰らなくちゃ! あーん、でももっとおしゃべりしたいよー」

「そうも言ってられないよホーリー。町までは少しかかるんだから。日が暮れでもしたら、本格的にわたしたちは君のオヤジさんの雷を覚悟しなくちゃいけなくなる」


 駄々をこねるホーリーに、イヴニングは眉を寄せてそう言うとスムーズに立ち上がった。

 帰る場所に待つ人がいる彼女たちは、ある程度行動に制限があるのかもしれない。

 それはなんだか不自由そうに思えたけれど、でもそれが社会で生きていくということなのかもしれない。


「ちぇー。あ、じゃあじゃあ! ねぇアイリス、またここに遊びにきてもいい?」

「…………?」


 不貞腐れて立ち上がりながらも、ホーリーは楽しそうに私に詰め寄ってきた。

 急なことに戸惑いを覚えている私の手を取って、ホーリーは笑顔を浮かべる。


「わたし、もっとアイリスと仲良くなりたいもん。いっぱい知りたいし。だからまた遊びにきて、こうやっておしゃべりしたいな! ダメ……?」


 こういう時なんて答えるべきなのか、全くわからなかった。

 私はこの二人をどう思っているのか。だって今の私には、目の前のことに対応するだけで精一杯だったから。

 だから彼女のように、また遊びたいだとか、喋りたいだとか、まして仲良くしたいとか。そういった感情に行き着く余裕がなかった。


 けれど目を輝かせているホーリーや、その傍らでニコニコしているイヴニングを見ていると、なんだか不思議な気持ちになって。

 彼女たちと関わることに何一つとして生産的なことはないけれど、でも利益がないわけではない。

 二人との対話は、確実に私に未知のものを与えてくれた。

 でもこの気持ちはそんな理屈的なものではなく、もっと本能に近いようなものな気がする。

 そんな感覚が、私に否定の言葉を与えなかった。


「いい、けれど」


 自分でも明確な理由は説明できない。日々を生きることに、彼女たちと関わることは必要ない。

 けれど、彼女たちの要求を断る理由もまたなくて。そしてこの感覚の答えを知りたい気持ちもあって。


 私が頷くと、ホーリーは更にその笑みを膨れ上がらせた。


「やった! よかった! せっかくお友達になったんだから、これからいっぱい遊ぼうね!」


 ホーリーは飛び跳ねるように喜びを露わにしてそう言うと、イヴニングの手をとって三人で手を握り合わせた。

 その勢いに私が戸惑っている間に二人は手を放し、そして楽しそうに笑いながら手を振って、「またね」と小屋を出て行ってしまった。

 嵐のように現れ、そして勢いそのままに去っていった二人。後に残ったのは、今まで感じたことがないほどの静寂だった。


 シンと静まり返った小屋の中で、ホーリーが口にした言葉が木霊しているかのように頭の中に残った。


「友達────」

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