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123 ただ、清く正しく在れと

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 白純 真奈実は幼い頃から、清く正しくあれと育てられてきました。

 彼女の両親は二人とも警察官で、中でも正義感に溢れる人間だったのです。

 世の中の清濁を全て飲み込んだ上で、尚も正義を志す両親の元に生まれた真奈実もまた、そのように育ちました。


 何事においても清らかであることが美しい。

 決められたルールに則り、誤りを犯さず、品行方正に。

 そして、力を持つ者は持たざる者を守るもの。


 真奈実はそう言い聞かされ、それを素直に受け止めて、真っ直ぐに育ったのです。


 大人の言うことを素直に聞き入れる良い子。

 定められたことをきちんと守る良い子。

 悪さや悪戯、人の困ることは一切しない良い子。

 困った人、至らない人に手を差し伸べられる良い子。

 そんな女の子に真奈実は育っていったのです。


 それは両親の教育の賜物で、真奈実は彼らの言う通り、正しさを胸に刻んで生きてきました。

 自分が正しい行いをすれば、周りの大人たちは褒めてくれ、喜んでくれるから。

 はじめは褒めてほしくて、やがてそれは正しさへの探究になり、そして自信へと繋がっていきました。


 中学に上がる頃には、真奈実は完璧に正しい女の子になっていました。

 常に正誤を見定めて、その中から最善を見出してきた彼女は、常に正しいと言えるほどに清純な人間になっていました。


 しかし惜しむらくは、彼女があまりにも正しすぎたこと。

 多くの時を重ねてきた大人でさえ、いつでも正しくあれるわけではなく、心が揺れる時もある。

 けれど正しさを心に抱いてきた真奈実には、そういった揺らぎは微塵もなかったのです。

 そんな正しさが形を得たような彼女を、疎ましく思う人も少なくはありませんでした。


 けれど真奈実は気にしませんでした。

 間違っている人に否定されるということは、自分が正しいからに他ならないからです。

 寧ろ、間違いを犯してしまう人たちを哀れみ、自分が正しく導いてあげなければと、真奈実はそう思っていました。


 正しく、そしてそれを振るうだけの力がある者は、弱者を助ける責任がある。

 正義のヒーローがか弱い市民を守るように、正しい自分は間違いを持つ人たちを守る必要がある。

 そう、心の底から思っていたからです。


 故に真奈実は、他人からなんと言われようとも自分の正しさを曲げませんでした。

 誤ちを犯す者を諫め、導き正す為に、彼女は自らの正しさを緩めことなく生きてきました。


 そんな中、真奈実は金盛 善子と出会ったのです。

 年相応に無邪気で奔放な、なんの混じり気もない純粋な少女。

 品行方正な真奈実にとって正反対である彼女は、目の上のたんこぶとなりました。


 明るく真っ直ぐで純真であるが故に、人を惹きつける魅力を持つ善子。

 みんなの中心に立って、良いことも悪いこともごちゃ混ぜにして、一緒に楽しむ為に振る舞う少女。

 それは真奈実には到底理解できない存在でした。


 何度彼女を諫め、何度正そうとしたのか、数え出したらキリがありません。

 みんなの人気者だった善子が何かをすれば、周りはその影響を受けて真似をする。

 なので真奈実は、人一倍に善子の言動に目を光らせました。


 そうして善子を嗜め、何度も言葉をかわしているうちに、真奈実は気付いたのです。

 彼女は自分にはないものを持っている。確かに正しくないことが多いけれど、果たして間違いだらけなのか、と。


 正しさを追い求め、常に清らかであろうとする真奈実に対し、善子が求めるものはみんなにとって善いことだったのです。

 正誤を問えば良くないことでも、みんなで楽しく笑い合えることを考え、盛り上げることのできる善子。

 そしてその為ならば直向きに突き進むことのできる真っ直ぐさと、細かいことを無視できる無鉄砲さ。

 それは、真奈実には持ち合わせていないもでした。


 それに気付いた時から、善子に対する真奈実の見方は変わりました。

 確かに行いそのものは目に余ることが多いけれど、その先にあるものを見据えた時、果たして本当に間違っているのか。

 それがわかってきたことで、彼女が決して正しさを知らないのではないといことも見えてきて。

 いつしか善子は、真奈実にとってまだ知らぬ世界を見せてくれる存在となったのです。


 自分にはまだまだ知らない正しさがあり、知らない世界の見え方がある。

 それに気付いた真奈実にとって、善子との喧嘩(コミュニケーション)は掛け替えのないものとなったのです。


 善子は常に正しいわけではない。

 活発である分、人一倍間違いだって犯す。

 けれど誰よりも沢山の善いものを持っている。


 だからこそ、その善いものを守る為に、自分が彼女を正し導こうと思ったのです。

 誰よりも真っ直ぐで、それ故に誰よりも危うい親友を、正しい自分が守っていこうと。


 そんな矢先、善子が魔女と出会ってしまったのです。


 真奈実自身は半年ほど前、中学に入学する前に魔女となってしまっていました。

 未知との遭遇ではありましたが、魔女のコミュニティから知識を得ることで、彼女はこの世界での生き方を学び、静かに暮らす方法を習得していました。

 しかしだからこそ、親友である善子がその世界に足を踏み入れることは、絶対に阻止したかったのです。


 しかし善子は彼女の言葉に耳を貸さず、異世界からの魔女の戦いに身を投じ、『魔女ウィルス』に感染してしまいました。

 それを愚かと罵倒したい気持ちをぐっと堪え、真奈実は魔女として生きる(すべ)を伝授しました。

 けれど生き延びる為だったそれは、親友を再び戦地に送り出す結果となってなってしまったのです。


 故に真奈実は、善子を守る為に自身もまた戦いに挑むことにしました。

 しかしそこまでが、善子に近づいた魔女レイの思惑だったのです。


 トップクラスの魔女狩り、H1とH2に苦戦する中、真奈実は自分の無力さを嘆きました。

 正しさを振るう力がないこと、何より大切な親友を守る力がないことに。

 そんな彼女に、レイはこの世界の真実を語って聞かせたのです。


 全ての発端である『始まりの魔女』ドルミーレ。『魔女ウィルス』とは、魔女とは何であるか。そして世界の成り立ちを。

 それらの全てを知った真奈実は、その正しき心の元、自分が成すべきことを悟ったのです。


 虐げられる悲しき魔女たち。歴史を塗り替えた傲慢な魔法使い。本来存在し得なかった、幻想から生まれた世界。

 そしてその全ての根源である大いなる存在、ドルミーレ。


 魔女の身である自分が、その真実を知った自分が成すべきことは、その歪みを正すこと。

 真奈実の清く正しい心はそう叫んだのです。

 しかし真奈実は飽くまでちっぽけな一介の少女に過ぎない。

 そんな彼女がそこまでの大志を抱いたのは、唯一の親友の存在があったからに他なりませんでした。


 間違いだらけで、自分が目を光らせていなければ危うい善子。

 誰よりも真っ直ぐで健気な、純粋無垢な親友。

 彼女を偽りの中で生きさせたくないから、危険が孕む人生を歩ませたくないから。

 全ての魔女を救済し、世界の偽りを正し、彼女が胸を張って生きていける世界にしたいと、そう思ったのです。


 しかし真奈実には、それを成すだけの力がありませんでした。

 けれどレイは言うのです。真奈実はその資格があり、ただそれを自覚できていないだけだと。

『魔女ウィルス』の高い適性を持ち、純粋な正義の心を持ち、そしてなにより清らかな『純白』である真奈実ならば、大いなる力を手にする資格がある。

 あとは、その正義を執行し続ける覚悟があればいいのだと。


 真奈実はその言葉を信じることにしました。信じるしかなかったのです。

 今自分が足踏みをすれば、何一つとして守ることができないから。

 真奈実は掛け替えのない友を守る為、何があってもその正義を貫くことを誓ったのです。


 僅かな躊躇い、不安による心の揺らぎをレイが振り払い、真奈実は自らの全てを解放する道を選びました。

 例えそれ以外のことに目を背けることになっても、多くの弱き同胞と、親友を守る為に。

 彼女はその胸に抱く正義を押し通す覚悟を決めたのです。


 H1とH2を追い払い、善子を守ることに成功した真奈実は、それからすぐに自らの生活を捨てる覚悟を決めました。

 魔女を救う正義を成す為には、寂れた世界で今まで通り過ごしている時間はないからです。

 善子と離れることに寂しさはありましたが、しかし正義を貫いていく中で、私情を挟んでいる余裕などなかったのです。


 それからの真奈実は自らを、正義を執行する機械としました。

『魔女ウィルス』の高い適性は、始祖ドルミーレに近付ける可能性が高いことを意味します。

 そしてその清らかな『純白』は、何物にも染まることのできる性質を持っていました。

 つまりドルミーレを再臨させるにあたって、彼女は最適な器だったのです。


 全ての魔女の源流であるドルミーレは、魔女という存在の全て。

 その大いなる力は、魔法という神秘の全てであり本質。

 それは紛れもない正義だと、彼女たちは定義したのです。


 それを受け入れる自分に、個人的な感傷は必要ない。

 大いなるドルミーレを受け入れる正義の体現、『純白の巫女』である自分は、ただ清らかな『純白』であればいい。

 そして彼女は、レイとワルプルギスを結成すると同時に、自らをホワイトと名乗るようになりました。


 全ては弱き者を守る為。誤りを正す為。清らかな理想の世界にする為。

 あらゆるものを正しい光で照らし、下を向く者がいない輝かしい世界にする為。

 真奈実はその正義を振りかざし、あらゆる悪を駆逐すると決めたのです。


 正しさに色々な形があるのは百も承知。

 けれど彼女はいつだって、誰よりも正しかった。

 常に正しくあり続けた彼女の選択は、いつも何よりも最善だった。

 それ以外のものを悪だと断定できるほどに、彼女はいつも間違わなかった。

 故に彼女は、世界を覆すその正義を躊躇いなく行ったのです。


 全ては、親友に日の光の下を歩ませる為。

 清く正しい世界で、真っ直ぐ直向きに生きてもらう為。

 その為に真奈実は、自分の正義を真実にする道を貫いたのです。


 それが真奈実の正義。

 自らの全てを投げ捨ててでも貫こうとした正義。


 けれどそんな真奈実は、誰よりも正しい真奈実は、守り方を間違えてしまいました。

 彼女が守ろうとした親友は、決してそれを許さない少女だったからです。

 いつも喧嘩ばかりしていた親友を、彼女の正義で守ろうとするのはあまりにも不適切だったのです。

 それが、常に正しい真奈実の唯一の誤ちでした。


 けれどその過ちは、恐らく必然。正しいが故に起こった過ちでした。

 真奈実と善子が親友となった瞬間から決まっていた、揺るぎない信頼から生まれた、決定的な齟齬なのです。


 二人はきっと永遠に、交わることはなかったでしょう。

 しかしだからこそ、お互いの存在は必要不可欠だったのです。


 真奈実には理解できない正しさを持つ善子。

 善子にも、真奈実の正しさの全ては納得できません。

 しかし唯一共有する、お互いを想うという正しさが、二人を同じ光へと(いざな)ったのでした。




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