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114 押し付け

『姫殿下。貴女様が理想を語られるのは大いに結構。しかし理想は理想。現実に即していなければ、それこそ儚き夢に過ぎない。わたくしは現実的な話をしているのです』

「ッ…………」


 ピシャリと言い捨てるホワイトに、思わず歯を食いしばる。

 確かに私が言っていることはとても難しいことなんだとは思う。

 この国で二千年をかけても為し得なかったことなんだから。


『現実を直視できず、夢みがちな理想を語ることしかできないお姫様。そんなあなた様の夢見事を、わたくしに押し付けないで頂きたい……!』

「なっ…………!?」


 押しつけ? 私が……!?

 その言葉に思わず動揺した瞬間、ホワイトは次なる魔法を仕掛けてきた。


 地面から光の柱が伸び上がり、滞空する私の真横を通り越して天高く昇る。

 レーザーのように熱量を持った光の柱。

 それがいくつも周囲に打ち立ったかと思うと、それらは不規則な曲線を描いて地面を滑り、私へと突撃してきた。


 動揺で動きを止めている暇はない。

 統一感なく入り乱れて迫ってくる光の柱を、私は急いで身を翻してかわした。

 森の中で木々が蠢いて突撃してくるような、そんな圧迫感の中で、その隙間をなんとか縫いながらホワイトへと目を向ける。


「押し付けって……私が一体何を、押し付けてるって言うんですか……!」

『おや、自覚がおありではない。それは余計に罪深い。貴女様は自らの矛盾を理解されていないのですね』


 涼しい顔で私を攻撃しながら、ホワイトはクツクツと笑った。


『貴女様は、他人を踏みにじるのは良くないと仰る。わたくしの正義は身勝手であり、他人を慮っていないと』

「そ、そうです! いくらあなたの考え方が正しくても、そのやり方は決して正しくない! 本当に人々を救いたいのなら、みんなの幸せを想って、手を取り合う(すべ)を探るべきだと、私は思います!」

『貴女様の主張はよくわかっております。だからこそわたくしは、その矛盾を指摘する』


 絶え間なく迫りくる光の柱と交差するように、髪の蛇も私に食らいついてくる。

 白く輝き天に昇る光の柱と、黒髪が形を成した黒い蛇。

 その二つが隙間を埋めるように入り乱れて私に襲い掛かる。

 かわし、剣で打ち払ってもとてもキリがない。


 それでも何とかホワイトから目を離さないようにしている私を、彼女は冷ややかな目で見てくる。


『他人を踏みにじってはならないと、他人を思うべきだと仰る姫殿下。ではそんな貴女様に問いますが、貴方様はわたくしを踏みにじっておいでではないのですか?』

「え……な、何を、言って────」

『貴女様はわたくしを、わたくし共を間違っていると断定し、こうして抗い邪魔をする。そのお気持ちと行動は、我らの意思を踏みにじるものではないのですかと、そう申しております』

「────────」


 予期していなかった言葉を叩きつけられ、思わず体が止まってしまった。

 私が彼女を、ワルプルギスを、踏みにじっていた…………?


 その一瞬のフリーズに、髪の蛇が透かさず牙を剥いた。

 僅かな気の緩みが命取りになる状況で停止してしまった私に、無数の蛇が食らいつく。

 私は慌てて障壁を張り、そして氷の華もまた私の体に氷の膜を張って防御の体勢を取ったけれど。

 それでも蛇の大口がいくつも私の体に食らいつき、私は身動きが取れなくなってしまった。


 牙は辛うじて私の体を貫いてはいない。

 しかし私の胴体を余裕で挟み込める巨大な蛇の頭に食らいつかれたら、もはやそんなことは関係ない。

 体をバラバラにされるような激痛に襲われ、頭が真っ白になりかける。


 ホワイトはそんな私を眼前に引き寄せ、ニンマリと微笑んだ。

 それは聖女のように柔らかく、しかし悪魔のように冷ややかだった。


『貴女様は自らの愚かさをご自覚ない。貴女様はそうやって自らの主張をわたくしに押し通そうとしていらっしゃる。わたくしが間違っていると決めつけて。他人を想う、手を取り合う、わかり合うと口にしながらも』

「そ、それは…………!」


 反論の言葉が、全く出てこなかった。

 心は違うと叫んで、全てを否定しろと言っているのに。

 それでも、ホワイトの言うことを振り払う言葉が湧いてこなかった。


 それは心のどこかで、彼女の言うことが正しいかもしれないと思ってしまったからだ。

 私は、わかり合いたいと口では言いながら、自分の気持ちを譲ったことがあっただろうかと、そう思ってしまったから。


 さっきのクロアさんとの戦いの時だったそうだ。

 クロアさんと戦いたくない、わかり合いたいと言いながら、私がしたことは彼女の否定だけ。

 彼女の主張を受け入れ、譲歩し、自分から歩み寄ろうとはしなかった。


 さっきだけのことじゃない。

 私が今までしてきた戦いは、いつだって心のぶつかり合いだったのに。

 私は自分の気持ちをただ相手に押し付けて、わかり合うと聞こえの良い言葉と共に、我を通していたんだ。


 考えれば考えるほどそう思えてしまって、私は全身に食い込む痛みも忘れて震えた。


『だから貴女様は偽善だと、エゴだと再三申し上げているのです。貴女様は理想を口にしながら、その行動は伴っていない。わたくしを身勝手だと仰るのなら、貴女様もそれは同じ。それを理解されていない貴女様は、わたくしとは程遠い偽善なのです』


 ホワイトは縦に鋭い蛇の瞳で私を見つめながら、やけに甘い声を出した。

 まるで幼い赤子に言い聞かせるように。


『いいのです。わたくしは我を通すことを否定は致しません。正義を成すためには、それを貫く強い意志が必要。しかしそれと同時に自覚が必要なのです。自らが正しいという確信と同じくらいの、相手を踏みにじっているという自覚が。それがない貴女様は、何一つ正しくない』

「わ、私は…………」


 ホワイトの言葉が牙よりも心に突き刺さる。

 完璧に正しいものなんてこの世には存在しない。

 立場や考え方によって、正しさの在り方なんて千差万別だ。

 だから、誰とでも相入れる正義なんて存在しない。


 それ故に、正しさを謳うのならその他を踏みにじることが必要なんだ。

 自分が正しいのだから受け入れられて当然、ではなく。

 自分が正しいと信じるからこそ、他者の正義を踏み荒らす自覚を持って、迷いなく突き進まなければいけない。

 彼女が言っていることは、そういうこと。


 私には、その覚悟がなかった。

 頭ではわかり合うためだと言い訳して、でもやってることはただの押し付けで。

 そんなもの例え正しくたって、貫く権利はない。

 私が否定したホワイトのやり方の方が、よっぽど他人へのリスペクトがあったんだ。


 私よりも、ホワイトの方がよっぽど正しいのかな。

 正義を貫く覚悟を持って、その業を背負う彼女の方が、よっぽど。

 そんな思考が頭の中を駆け巡って、心を掻き乱す。


『いいのです、仕方ないのです。人とはそういうもの。常に正しくなどいられないのが当たり前なのです。だからこそ、わたくしの正義に追従してくだされば良い。わたくしこそが正義で、それ以外は悪なのですから。迷える弱きものは、わたくしの正義の光の恩恵を受ければ良いのです』


 ホワイトは優しい笑みを含んだ声でそう言うと、私から蛇を放した。

 しかしすぐにその白く屈強な尾で私を絡み取って、強く締め付けた。


『その為に必要なのは、貴女様のお力。始祖ドルミーレ様のお心。その全てをわたくしへとお譲りくだされば、わたくしはこの身を捧げ、世界を真実へと(いざな)える』

「で、でも、それは……そんなことは…………!」


 もし私が何一つ正しくなかったとしても。

 私の意見が身勝手なものだったとしても。

 それでも、ホワイトにドルミーレの全てを奪われるわけにはいかない。

 彼女の思想が世界のためであっても、ドルミーレの力は世界の為になんてならない。


 けれど、そう思ってももう抵抗することができなかった。

 硬い鱗と金属のように屈強な筋肉で締め付けてくる蛇の尾。

 体が粉々になりそうな痛み苛まれ、そして締め付けによって身動きの取れない状態では剣を振るうこともできない。

 今の劣った力では、彼女を振り払うだけの魔法を使えない。


 私には、抗う(すべ)がなかった。


『心配はご無用。わたくしは始祖様に全てを捧げ、委ねます。そうすれば後は、始祖様が全てを正してくださいましょう。幻想を現実に塗り替え、誤ったものを排除して、正しい世へと』


 ダメだ。ダメだ。ダメなんだ。

 頭ではわかってる。嫌というほどに。

 けれど体は言うことを聞かないし、心が、彼女の言葉に耳を傾けてしまう。

 彼女こそが正義ならば、その行いこそが最善なんじゃないのかって。


 そんなわけないと思いたい。

 それで失われるものはあまりにも大きい。

 けれど、もしかしたら────────


『さぁ姫殿下、お別れの時です。わたくしと共に、始祖様に溶けましょう……!!!』


 歓声のような声を上げ、ホワイトが尾に力を入れる。

 勝利を確信し、希望に満ち溢れた華やかな顔で。

 私に残された力の全てを取り込もうと、私を(くび)り殺しにかかる。


 嫌だ。死にたくない。消えたくない。

 けれど、彼女に抗えるものを何も持っていない私は、成す(すべ)もなくて。

 無意識にこぼれる涙を飲み込みながら、今の私には、ただそれを受け入れることしか…………。


 そう、諦めかけてしまいそうになった時。


 唐突に私の体から光が溢れ出した。

 とても温かく優しげで、力強い光。

 それは私の意志ではなく、しかしホワイトによるものでもなく。

 私を守る輝きだった。


 私から溢れ出た光は不屈の輝きを持って膨張し、そしてこの身に絡みつく蛇の尾を力強く吹き飛ばした。


『何事────!?』


 私を中心に光が拡散し、その輝きに目が眩む。

 けれどそれによる苦痛は全くなくて、寧ろとても心地いい。

 閃光に覆われた中で、戸惑うホワイトの声だけが聞こえた。


 そしてその輝きが晴れ、視界が戻ってきた時────


「沢山待たせちゃってごめん、アリスちゃん」


 善子さんが、解放された私を抱き留めてくれた。

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