105 森の最奥にて
レイくん先導の元、私は三人で森の奥へと向かった。
氷室さんが私にぴったりとくっついて同行することに、レイくんはやや難色を示しけれど。
でもその不満を口にすることはなくて、成り行きのままに私たちは三人での行動となった。
もし万が一、クロアさんが言っていた通り氷室さんとクリアちゃんが同一人物だったとしたのなら。
さっきまで戦っていたレイくんは気付くはずだし、そうしたらもっと明確な敵意を見せるはずだ。
それをせず私の隣にいることを許しているのだから、やはりあれは間違いなんだろう。
考え出すと止まらないし、考えるほど否定材料が増えて混乱する。
だから私は取り敢えずそう結論付けて、自分の心を落ち着けた。
彼女は私が良く知る氷室 霰。それ以外の何者でもない。
それにもし彼女に私の知らない一面があったとしても、それでも氷室さんが氷室さんであることには変わりないんだから。
そう納得して、私は目の前のことに集中することにした。
ワルプルギスを率いて絶対的正義を謳うホワイトと相対するのに、生半可な気持ちではいられないからだ。
「レイくんは、王都での戦いから抜け出してこっちに来てくれたんだよね? 今、向こうの様子は?」
道すがら氷室さんに現状の情報共有をしてから、私は一歩前を歩くレイくんに尋ねた。
転臨の力を解放したままのレイくんは、雪のような白髪と長い兎の耳をふわりと揺らしながら、こちらに目を向けて微笑んだ。
「ロード・スクルドを筆頭に、H1とH2たちロード・ホーリーの部下たちが戦いを収める動きに回って、勢いは落ちているね。ただ僕としては、まだ魔法使いたちの動きを留めておく必要があったから、一人で抜け出してきただけだけれどね」
抜け出すのも一苦労だったよ、とレイくんは肩を竦めて溜息をついた。
もちろんすぐに収まるとは思っていなかったし、徐々に落ち着いているのならば取り敢えず安心かな。
シオンさんとネネさんたちに任せっきりにしてしまって申し訳ないけれど、それも私が大元を止めれば済む話だ。
「……クロアさんから、どうして戦いを起こさなきゃいかなかったのかは聞いたよ。でもレイくんは、私をホワイトのところに連れて行って、この戦いをやめさせるってことでいいんだよね? 今更だけど」
「あぁもちろん。確かに状況が変わって戦いは避けられなくなったけれど、でもその被害を最小限にはしたいからね。君が彼女の元に訪れることで、もう戦いは続けなくて済む」
魔法使いに私を奪われまいとする為の戦いだと、クロアさんは言っていた。
だから、私がワルプルギスの元に来ればもう争わなくていいと、そういうことなのかな。
でもこの戦いは、ロード・デュークスの計画を阻止する為とも言っていたし……。
「あの、レイくん」
少し不安になって、私は身を乗り出してレイくんの顔を見た。
「一応言っておくけど、私、ワルプルギスに力を貸すことはできない、からね。魔法使いを滅ぼそうとする企みには……」
「……うん。わかってるよ。君にそんな無理強いをするつもりはない。君にはただ、来てもらえればそれでいいのさ」
それであのホワイトが納得するのか、それはイマイチわからなかったけれど。
でも爽やかに頷くレイくんを、今は信じるしかなかった。
もし万が一、ホワイトが私に助力を強要し、そして戦いの手を緩めないと言うのであれば。
その時は、力尽くでも抵抗するしかない。その覚悟は持っておかないと。
それからひたすらに、巨大過ぎる森の中をズンズンと進んだ。
生茂る身の丈よりも大きな草花を魔法で掻き分け、時には木の根を乗り越えて。
スケール感がおかしくなりそうなこの巨大な森は、当時の私の記憶と相違はない。
たださっきからそうだけれど、妙に薄暗くて重たい空気が蔓延っていることが、昔とは違うところ。
前はもう少し日の光がこぼれてきて、過ごしやすい森だったように思える。
もちろん、場所によってはこんな風にどんよりと怪しい雰囲気のところもあったけれど。
この不気味な雰囲気は、奥地にワルプルギスが、ホワイトが控えているからなのかな。
神殿へ行くと、レイくんはそう言っていた。ホワイトはそこにいると。
つまりそれは私の予想どおり、あそこが彼女たちの本拠地になっているということなんだろう。
かつて私が、レイくんとクロアさんと過ごしたあの場所が。
かつての私にとってこの森は、楽しい思い出の詰まっている場所だった。
摩訶不思議なことが沢山出て、毎日が驚きに満ちていて。
レイくんとクロアさんとの日々も、クリアちゃんと出会って遊んだ日々も、全部。
けれどこうして奥地へと目指している今のこの森の雰囲気は、そんな私の印象とは真逆のもので。
薄暗く怪しげで、不安に駆られるような重苦しさが全身を責めてくる。
その変化が、私には少し寂しかった。
けれど、そうこう言っている場合じゃない。
今は思い出に浸っている時じゃないし、目を向けるべきは別にあるんだから。
ホワイトと話をつけて、ワルプルギスを宥めることができれば、この空気もまた改善できるかもしれないし。
まぁ、彼女たちのせいだと決まったわけではないのだけれど。
そんなことを頭の片隅で考えながら、氷室さんとしっかり手を繋いで歩き続けて。
そしてようやく私たちは、木々の開けた場所へと辿り着いた。
そこは私がよく知る場所。
七年前の最初の一ヶ月間、ずっと過ごした場所だ。
広場のさらに奥には、白い石造りの神殿が聳え立っていた。
薄暗い森の中でも良く映える白い柱を何本も連ね、神々しさと同時に厳かを構える佇まい。
その外壁には松明が備え付けられていて、白い柱と壁を照らし、赤くチラチラと揺らめいていた。
その神殿を目にした瞬間、ゾワリと鳥肌が全身を駆け抜けた。
ドルミーレを祀っているというあの場所に、私の心が何かを感じた。
このモヤモヤ、ゾワゾワとした感覚は、私の中のドルミーレが何か思うところがあるからなのかな。
それをグッと飲み込んで、レイくんに付いて広場の中に進んでいく。
神殿の前には沢山の魔女たちが群がっている。
私たちの姿を見るとみんな一斉に息を飲んだり、楽しげな黄色い声を上げた。
向けられる沢山な視線にソワソワしてしまうし、不安がブワッと立ちこめる。
それを堪える為に氷室さんの手をしっかりと握ると、大丈夫だというように強く握り返してくれて。
それがとても心強くて、私は前だけを見ることができた。
神殿を守るように集っていた魔女の群衆が、レイくんと私の来訪によりさっと割れる。
神殿の入り口への一直線の道ができて、そして、その先に純白の姿が見て取れた。
一切の穢れのない純白の和服に身を包んだホワイトが、入口の階段の頂点に立ち、緩やかに私たちを見下ろしていた。




