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103 孤独に喘ぎ、愛を求め

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 クロアティーナは身寄りのない子供でした。

 物心ついた時には、彼女は王都の外れにある孤児院で暮らしていました。


 母親の顔も父親の顔も、血を分けた家族のことは何も知りません。

 クロアティーナという名も、実の家族から付けられたものか定かではありませんでした。


 物静かで大人しく内向的なクロアティーナは、孤児院の子供たちと仲良くすることも、親代わりの大人たちと打ち解けることもできず、いつも一人ぼっちでした。

 子供たちはポツリと俯く彼女を「薄気味悪い」と遠ざけ、大人たちは口数の少ない彼女を「何を考えているかわからない」と面倒がったからです。


 なので、クロアティーナに家族と呼べるものはいませんでした。

 肉親はもちろんのこと、孤児院の環境もまた、彼女には家族たり得なかったのです。


 孤児院の中ですら人とうまく関わらない彼女に、外へ出て友達を作ることなどできるわけがありません。

 そもそも彼女は、いつも隅で一人大人しく縮こまって、楽しそうに遊ぶみんなを遠目に眺めているような女の子。

 自らの足を伸ばし、新しい道に踏み込む勇気などなかったのです。


 だからクロアティーナはいつも一人ぼっち。

 家族はなく、友達もなく、誰も彼女と一緒にいてはくれませんでした。

 楽しくお喋りすることも、外を駆け回ることも、喧嘩をしたり助け合ったりすることも。

 何一つ他人と関わることなく、クロアティーナはいつも寂しく過ごしていました。


 いつもどんよりと物静かなクロアティーナ。

 そんな彼女にも、目を輝かせるものがありました。

 それは、孤児院の買い出しの手伝いで訪れる城下町で目にできる、裕福な人たちの社交の場です。


 煌びやかな衣装に身を包み、優雅にお茶を飲み、歌を歌い、華麗に踊る。

 一際彼女の目を引いたのは、淑女たちが身にまとうドレスでした。

 孤児院の姉たちの使い古しの服しか着たことのない彼女には、それは宝石のように映ったのです。


 そこは、彼女にないものだらけの空間。

 時折その光景を見かかるたび、クロアティーナの憧れは増しました。

 自分もあんな風に綺麗な服を着て、美味しいお茶を飲みながら、楽しくお喋りをしてみたい。

 時間を忘れて、歌って踊って、遊びまわりたい、と。


 けれど、それは彼女にとってあまりにも遠い夢でした。

 孤児院生活で裕福な暮らしができないのはもちろんのこと、そもそも彼女には時を共に過ごす人がいなかったからです。

 自分から声をかける勇気もなく、また誰も声を掛けてくれない彼女は、いつも一人ぼっちだったからです。


 それは歳を重ね、彼女が成長していっても変わることはありませんでした。

 むしろ年々彼女の内向さは増していき、一人でいる時間そのものが増えていきました。


 そして彼女が十八歳になったとある日、『魔女ウィルス』に感染したことで、他者との決別は決定的なものとなりました。


 元来他人と関わることが苦手で、薄気味悪がられ、面倒がられ、遠ざけられてきたクロアティーナ。

 そんな彼女が差別と嫌悪の対象である魔女になれば、もう誰も手を差し伸べる人などいませんでした。

 そもそも、誰一人として彼女に目を向ける人など、いなかったのだから。


 ただ人と関わるのが苦手だっただけ。

 それでも人の温もりが欲しかった。

 けれど魔女となった彼女には、もうそれを求める資格などなかったのです。


 ただ隅でひっそりとしているだけだったクロアティーナは、人々から疎まれ追い立てられ、そして魔女狩りから追われる身となりました。

 見向きをされないだけではなく、浴びせられる明確な拒絶と殺意。

 怨念のような負の感情だけをただただ向けられ、クロアティーナはいつも泣きながら逃げ回る日々を過ごしました。


 そんな日々をしばらく過ごしていた時、彼女はレイと出会いました。

 冷たい雨が強く降るとある日のこと。薄暗い路地裏で丸くなって泣いている彼女に、レイが手を差し伸べたのです。


 クロアティーナにとって初めての同胞。

 そして何より、初めて自分に目を向けてくれる存在でした。

 それ故に彼女は、何も考えずにレイについていくことを決めました。


 そもそも行く宛も帰りたい場所も、会いたい人もいない。

 何もないクロアティーナには、それ以外に選択肢はなかったのです。


 レイは彼女を南方の外れにある『魔女の森』に導きました。

 魔法使いの立ち入ることができない魔女の聖域であり、安寧の地であるその場所に。

 そこでクロアティーナは、レイと静かな日々を過ごすようになったのです。


 クロアティーナは初めて自らに手を差し伸べてくれたレイに、全幅の信頼を寄せていました。

 レイはそんな彼女に笑顔で接し、そして多くの時間を共に過ごしました。

 しかしレイの心は常に他に向いており、彼女の心を満たすものではありませんでした。


 生まれてこの方、長いこと孤独に喘いできた彼女にとって、共にいてくれる人がいるだけで大きなこと。

 しかし、初めてにして唯一の存在であるレイが自分のことを見ていないという現実は、彼女の孤独をより強くしました。


 それでもやはり、本当の一人ぼっちには戻れない。

 クロアティーナはレイと共に過ごし続け、やがてレイの目的に手を貸すようになりました。


『始まりの魔女』や『魔女ウィルス』のあらゆる話を聞き、そして多くの魔女を救いたいと願うその志に賛同して。

 クロアティーナはレイと共に、『始まりの魔女』の再臨を目指し、活動をするようになりました。


 そして彼女は、花園 アリスと出会ったのです。


『始まりの魔女』をその心に抱き、そしてその力を受け継ぐ少女。

 始祖を再臨させ、全ての魔女を救うために必要な幼子。

 ただそれだけだった少女との出会いが、彼女の全てを覆したのです。


 自分よりも一回り近く年下の、無垢な少女。

 健気に未知を楽しみ、健やかに駆け回り、純粋な笑顔を浮かべる少女。

 そんな彼女を見ていると、自らの心が解れていくのがわかりました。


 そして、少女が笑うたび、自分に駆け寄ってくるたび、どうしようもない幸福感で満たされることに気付いたのです。

 少女と向かい合い、語らい、笑い合い、抱き合い、共に眠り。

 そうしたささやかな日々が、堪らなく幸せだと感じるようになったのです。


 純真無垢で穢れのないアリスが、当たり前のように自然と自分に甘えてくる。

 楽しげに抱きついてきて、抱き返すととても喜ぶ。

 頭を撫でてやると笑顔になって、自分が潰れんばかりに腕を締め付けてきて。

 クロアティーナは初めて、他人に求められていると感じられたのです。


 アリスとの日々がこれまでの孤独を洗い流し、彼女こそがクロアティーナの全てとなりました。

 アリスとの満ち足りた日々は光輝き、暗闇に満ちた今までの日々をあっという間に掻き消したのです。


 アリスはクロアティーナにとって、闇を燦然と照らす太陽であり、希望であり、唯一の拠り所。

 クロアティーナはそんなアリスを堪らなく愛し、慈しみ、守り続けました。


 けれど、アリスは彼女の手を離れ、森を飛び出してしまいました。

 魔法使いの友を得て、国中を旅し、女王に立ち向かい、一国の主人(あるじ)となってしまったのです。

 隅に縮こまるちっぽけな女の手には届きようもない遠い存在に、あっという間になってしまったのです。


 それでも、アリスを引き戻そうとするレイを信じ、アリスが手元に戻る日々を夢見ました。

 しかしそれも、アリスが封印され失踪したことで泡に消えました。


 孤独の闇に包まれたクロアティーナの、唯一の光。

 アリスを失ったことで、彼女はまた一人ぼっちの寂しい日々に逆戻りしてしまったのです。


 けれど昔と違うことは、温もりを知ってしまったこと。

 あの安らぎ、幸せを知ってしまった彼女に、再び孤独を耐えることはできませんでした。

 なので彼女は、ワルプルギスとしてレイと共に、姫君アリスを取り戻す為動き出すことにしたのです。


 リーダーとしてホワイトが据えられ、魔女の同胞が増え、組織が大きくなっても、彼女の孤独はやはり癒えませんでした。

 アリスという深い愛を知ってしまった彼女には、それ以外のもので心を満たすことはできなくなってしまったのです。

 故に彼女は、ただただアリスのことを想い、愛することだけを原動力に動きました。


 そんなクロアティーナにはもう、レイが掲げる志も、ホワイトが導く理想も、どうでもよくなりつつありました。

 それは確かに素晴らしく、成せれば良いと思うけれど。

 それでも何より彼女にとってアリスが全てで、それ以外に優先するものなどなかったのです。


 それ故に、クロアティーナはただ一重にアリスを愛しました。

 孤独に乾く心を潤した、光と愛に溢れたその心を。


 けれど、クロアティーナは愛し方を間違えてしまいました。

 長らく孤独に蝕まれ、愛情の欠けらも注がれたことのなかった彼女には、人の愛し方がわからなかったのです。

 故にその想いは届かず、手は交わらず、届かない。


 ただ、愛して欲しかったクロアティーナ。

 ただ、愛していたいだけのクロアティーナ。

 一人が嫌で、誰かの温もりが欲しかっただけ。

 愛する人からの愛が欲しかっただけ。

 彼女の望みは、ただそれだけでした。


 けれど愛されたことのない彼女には、愛し方も愛され方もわからなくて。


 届かぬ想いは最愛の心と交わることなく、闇に沈んでいくのでした。




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