表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
659/985

90 逃げる者と逃げられぬ者

「────────」


 ネネが飛び交わせていた水飛沫は、クリアにとって水の檻。

 それごと凍らせたスクルドの凍結は、空間をまるごと凍てつかせた。

 その中心にいたクリアに、防ぐ(すべ)などなく。

 彼女の左半身は、凍結し氷に覆われた。


「あぁッ────!!!」


 声にならない悲鳴を上げ、クリアは苦痛に喘いだ。

 辛うじて凍結を免れた右半身には炎が燻っており、せめてもの抵抗が窺える。

 瞬間的な凍結の中、僅かにまとった炎が辛うじて全身凍結を防いだのだろう。

 しかし残った右半身も冷気に焼けたのか、ピクリとも動かずただ悲鳴を漏らす。


 凍りついた左半身は周囲の凍結に吊られ、クリアは身動きが取れずにいる。

 白い息を荒々しく吐く彼女を、三人の魔女狩りが囲む。


「勝負あったな、クリアランス・デフェリア」

「……やって、くれたわね…………流石に分が悪かったか」


 冷ややかな目を向けながら静かに語りかけるスクルド。

 一気に氷点下まで下がった気温に身震いすることなく、涼しげな顔でクリアを見下ろす。

 そんな彼に、クリアは歯を食いしばった。


「やっぱり、今のままじゃダメか……なかなか本調子にはいかないわね……」

「…………?」

「こっちの話よ────仕方ないから、ここは大人しく退散してあげる」


 クリアがそう言うと、疑問の色を浮かべた三人を他所に、突如彼女の身を業火が包んだ。

 それは瞬間的に膨れ上がり、すぐさますっぽりとクリアを飲み込んでいく。


「逃すかッ!」


 そんな彼女に、シオンがすぐさま飛びかかった。

 しかし、その手が届くよりも早く炎がクリアの身を包みきり、そして忽然と掻き消えてしまった。

 後に残るものはなく、そこにあるのは虚空だけだ。


「クソッ! クリア、どこに!?」

「待て、H2。深追いは必要ない」


 周囲を見渡して消えた姿を追うネネを、スクルドが静かな声で静止した。

 その落ち着き払った声に、姉妹は苦い顔を浮かべる。


「しかしロード・スクルド。ここで彼女を逃しては後々困るのでは? それに、アリス様の身も……」

「確かにここで仕留められなかったのは惜しい。二度も逃すことも。しかし、あの状態ならしばらくは何もできないだろう。今は奴を追うより、やるべきことがある」

「そう……ですね」


 スクルドの冷静な判断に、シオンは自身の興奮を恥じた。

 私情で動かないと自分に言い聞かせておきながら、やはり昂る気持ちを抑えられていなかったと。

 左半身の自由を奪われ命辛々逃げ出した彼女に、何かできるとは確かに思えない。


 そう理解し気持ちを飲み込んで、シオンはネネに顔を向ける。

 彼女もまた気落ちした表情で、いつも以上の膨れっ面を姉に見た。

 しかし我が儘を喚くことなく、スクルドの意見に同意すると小さく頷いた。


「ただ、あの瞬間だけは何か違った……あの感覚は……いや、思い過ごしか……?」

「……? 何か仰いましたか?」

「────あぁ、いやなんでもない」


 眉を寄せ独り言ちていたスクルドは、シオンの問いかけに首を横に振る。

 スクルドの氷結が炸裂した瞬間、妙な違和感を彼は覚えていた。

 しかしあまりにも個人的な違和感だった為、彼はそれを口にしなかった。


「とにかく、厄介者が一人減った。姫殿下のご意志の元、この戦いを一刻も早く────」


 すぐに気を取り直して姉妹に向けて口を開いたスクルドだったが、視界の隅に映った姿に気付き、即座に魔法を放った。

 凍結が空中を駆け抜け、氷の壁となって真横を過ぎ去ろうとした人物の行手を阻んだ。


「おっと、びっくりしたなぁ。すり抜けは失敗か」


 そう気軽な口調で言葉を溢したのは、白い兎の耳を揺らすレイだった。

 場に乗じて三人の横を飛び去ろうとしていたレイだったが、スクルドの目を欺くことはできなかった。


「どこへ行くつもりだ」

「どこって、もう退散しようと思ってね。クリアちゃんには僕も手を焼いていたんだけれど、君たちが追っ払ってくれたからね」


 冷徹な問いかけに対しレイはニッコリと余裕の笑みを浮かべて、呑気な言葉で返した。

 敵同士がやり合ってくれて大助かりだと、そう言わんばかりに。

 その言葉を受けて三人は一斉に顔をしかめたが、レイは全く気にしない。


「クリアちゃんもいなくなったことだし、僕を阻むものはない。元々僕はここに来るつもりじゃなかったんだよ。だからさっさと立ち去らせてもらうさ」

「────待て」


 レイはひらひらと手を振って、目の前に張られた氷の壁を乗り越えようと身を翻した。

 しかし透かさず制止が飛び、レイは顔をしかめて溜息を突きながらスクルドに向き直る。


「君は争いを止めることにしたんじゃないのかい? 帰ろうとしている僕を止めなくたっていいじゃないか」

「去ることを阻むつもりはない。しかしお前はワルプルギスの要の一人だろう。ならば、仲間を引き連れて去ってもらわねば困る」

「そうきたか。参ったなぁ」


 静かな覇気と共に語られる言葉に、レイは苦い顔した。

 レイにとって自身の離脱と戦いの停止は別物だからだ。

 魔女狩りを押し留めるためのこの戦いを、目的を達せずに止める理由がない。

 寧ろ戦いを一刻も早く止める為、速やかにクロアと共に消えたアリスの元に合流する必要がある。


 しかしそれを説明する気も、そして必要もない。

 レイは更に溜息を重ねてから、スクルドを流し見た。


「因みに、拒むとどうなる?」

「力尽くでも連れ帰らせよう」

「なるほど。厄介なのに見つかっちゃったなぁ、まったく」


 クールな表情の中に揺るぎない意志を見せるスクルドに、レイは舌打ちをした。




 ────────────

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ