86 姫君の証
純白に煌めいた力と共に、私の声が広場に響いた。
全ての魔法を掻き消し、あらゆる戦闘行為が瞬間的に停止して。
この場、この瞬間だけ、私の叫びに多くの目が向けられた。
姫様だと、ポツリポツリと声が上がる。戸惑いの声や喜びの声。
五年もの間姿を晦ませていたお姫様の登場に、その場の多くの人が驚愕に包まれていた。
長いこと国を離れていた私が、本当に『まほうつかいの国』のお姫様なのか。それがハッキリとわからない人もいるかもしれない。
けれど、全ての魔法を屠った力と、この純白の『真理の剣』を目にすれば、いやでも信じられるはずだ。
これはかつて救国の姫君と呼ばれた、お姫様という英雄のシンボルだ。
私の姿、力、声、叫び。
周囲の多くの人がそれに注目し、僅かな静寂を生んだ。
魔法使いも魔女も関係なく、みんなが私に注目してくれた。
止められるかもしれない……!
そう実感を得て、続く言葉を叫ぼうとした、その時。
どこからともなく、礫の投擲のような攻撃が飛んで来た。
弾丸のような速度で飛来するそれは、明らかに魔法による攻撃。
咄嗟のことだったけれど、しかし一撃。
私はすぐに『真理の剣』を振るってそれを払った。
たったそれだけ。
けれど、そのたったそれだけが、場の空気を破壊してしまった。
静寂の中で私目掛けて投げつけられた攻撃は、この場の多くの人たちが目にした。
誰が姫様を攻撃したのだという疑心と怒りから始まり、みんなの戦う意志が再熱し出した。
私がここにいようと、何を叫んでいようと、目の前に敵がいることに変わりはなくて。
どよめきは怒号になり、疑心は敵意へと変わり。
眼前にいる敵という存在に、戦いの炎が燃え上がっていく。
止まりそうだった戦いは、あっという間に元通りになってしまった。
「そんな……! みんなダメだよ! 止まって!」
怒号と悲鳴、爆音と破壊音。
すぐさま先程と何ら変わらない戦乱へと逆戻りしてしまった周囲に向けて、私は目一杯叫んだ。
けれど、もう私の声は届かない。戦いを思い出したみんなは、目の前の敵を屠るのに必死だった。
「どうして!? 今みんなは確かに私を……」
「何者かによる工作でしょう。恐らく、魔女狩りの」
項垂れる私の肩を支え、シオンさんが苦い顔で言った。
確かに、今のは魔法使いによる魔法のように思えた。
この戦いを止めさせなくない人が、もしくは私に注目されたくない誰かが、私の邪魔をしたということ……?
「落ち込んでる暇はないよ、アリス様。それに、敵さんのお出ましだ!」
ネネさんに背中をバシンと叩かれてハッとする。
そうだ。一つひとつのことにくよくよしている場合じゃない。
そう思って顔を上げると、黒スーツに身を包む人たちが乱戦に紛れてこちらに向かってきているのが見えた。
ロード・ケイン配下の魔女狩りたち。
みんなの注目を集めたことで、私は害を成す人たちの目も集めてしまったんだ。
シオンさんとネネさんが即座に飛び出し、応戦する。
しかし先程襲撃を受けた時よりも明らかに数が多く、そしてまばらに迫ってくるせいで、二人の手をこぼれた人たちが私に飛びかかって来た。
私を殺したいのか、それとも有無を言わさず連れ去るつもりか。
各々魔法攻撃を放ちながら飛びかかってくる黒スーツたち。
サングラスの奥に潜む瞳は、明らかな敵に揺れていた。
「ッ…………!」
あの時私に攻撃をしてきたのはこの人たちかもしれない。
そんな思考が頭の中を駆け抜け、しかし頭を張ってそれを払う。
今は犯人探しをしている時じゃない。けれど、私の邪魔をするというのなら退いてもらうしかない。
放たれた全ての魔法を『掌握』し、そっくりそのまま当人たちにお返しする。
自らの攻撃を食らった黒スーツたちは、ダメージに怯みながらもしかし私への突撃を緩めなかった。
そんな彼らに、魔力を込めた『真理の剣』を振り回す。
魔法を掻き消す純白の斬撃が、波動となって黒スーツたちを飲み込む。
魔法による防御も相殺も、突発的な回避も許さない攻撃。
成す術のない彼らは、攻撃の直撃を受けて吹き飛んでいった。
「これじゃあ、止めるどころかどんどん酷くなってく……」
その後も時折戦いの中から飛び出してくる黒スーツの人たちを撃退しながら、私は焦りを隠せなかった。
シオンさんとネネさんは、私と同じように黒スーツたちの襲撃を捌きながら、みんなの戦いを止めるために動いてくれている。
けれど戦いは一向に治る気配を見せない。
私の存在は、私の叫びは、何の意味もなかったのかな。
ただ敵に自分の存在を露わにするだけの、無意味な行いだったのかな。
そう思いそうになってしまったけれど。
そんなマイナスな思考は、戦乱の中に現れた軍服姿の人たちを見て吹き飛んだ。
シオンさんたちと同じ黒い軍服を着た魔法使いたちが何人か、戦いを止めるように動き回っていた。
あれは、ロード・ホーリー傘下の人たちだ。
それによく見てみれば、魔法使いにも魔女にも、戦いに疑問を持って手を止めている人たちがいるようだった。
戦場を離れようとしたり、防戦に徹していたり。明らかにみんなと違い、戦いの意思を見せていない人たちがいる。
私の声は、誰にも届いていないわけじゃなかった……!
「姫殿下……!」
戦いを止めるために奔走し、それと同時に黒スーツたちを迎撃している時、ロード・スクルドが颯爽と私の元に駆けつけた。
ちょうど私へと迫っていた黒スーツたちを瞬間的に氷漬けにし、庇うように背を向けて前に立つ。
「ご無事ですか!」
「は、はい。ありがとうございます」
まさかロード・スクルドが助けに駆け付けてくるとは思わず、感謝と共に驚愕が声に出る。
そんな私に、彼は涼しげな笑みを浮かべながら目だけを向けてきた。
「あなたのお気持ち、ご意志はわかりました。私自身魔女を許容することは未だできませんが、その意志は汲むべきだと、そう思いました」
「な、なら……!」
「はい。こう入り乱れていては、私も部下に号令を届かせるのは難しい。しかし力尽くで止めることはできましょう」
轟音で満たされる広場の中で、ロード・スクルドの透き通る声はスッと耳に届く。
自らの立場の上で、私の気持ちを受け入れてくれたロード・スクルドの背中には、決然とした覚悟が映っていた。
「今、だけです。私が魔女を受け入れたわけではありません。あなたのご意志と、それに────いえ、それはいいでしょう────とにかく、この場のこの争いを止める。そのことには力をお貸ししましょう」
「はい。今はそれだけでも十分助かります。ありがとうございます」
ロード・スクルドは私に視線だけを向けたまま、けれどしっかりと頷いた。




